NSCニュース No. 160 2026年3月「トランプ国家安全保障政策等による不確定な情勢の中、企業の戦略はどうあるべきか」
2026年03月16日グローバルネット2026年3月号
NSC 勉強会担当幹事
(株)Sinc 統合思考研究所所長・首席研究員
川村 雅彦(かわむら まさひこ)
米国の国家安全保障戦略とサステナビリティ
昨年12月、米国の「国家安全保障戦略」(以下、新戦略)が公表された。トランプ氏の価値観や世界観を色濃く反映し、外交・軍事面だけでなく世界経済にも多大な影響を及ぼす。
それでは、企業はどのように考え、どのように対応すべきか。今年1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)でのカナダ・カーニー首相の演説と地経学(=地政学×経済安全保障)から、その方向性を考えてみたい。
【世界秩序を破壊する米国新戦略】
◆自国の利益しか考えない新戦略
新戦略は「米国第一」を再強化する内容で、自国だけの短期的な実利の最大化を図る。南北米大陸を含む「西半球」を自国の縄張りとして軍事力の行使も辞さない(ドンロー・ドクトリン)。
冷戦後秩序の結果、米国優位性の基盤である中間層と産業基盤が空洞化したと認識する。それ故、世界中のサプライチェーンを国内回帰(製造業の復権)するために、関税で「取引」する。
◆新戦略は筋書き通りにいくのか?
関税で外国製品を締め出せば、米国内の生産量は増え、雇用が生まれる、とする。実際はどうか。この1年で雇用自体は増えたが、増えたのはAI分野で、製造業では減った。移民制限で人手不足が労働集約産業を圧迫しているからだ。
しかし、この2月、トランプ大統領が多用してきた「相互関税」を違憲とする連邦最高裁の判決が出た。これまでのようにはいかないだろうが、当面は混乱の中で不確実性はなお高い。
◆サステナビリティとは相いれない
新戦略は、米国自身が主導してきた戦後の世界秩序(民主主義や人権などの価値観を含む)、そして冷戦後のグローバリズムと自由貿易体制を自ら崩壊させるものである。
米国の巨大な市場を背景に、トランプ氏には軍事力・経済力中心のハードパワーしか見えておらず、かつて米国が持っていた世界が信頼するソフトパワーを無視・否定している。
また米国は、国益に反するとして、パリ協定から離脱しただけなく、WHOやユネスコを含む66の国際組織・条約・協定から脱退する。これは、地球規模のサステナビリティ課題の解決とは根本的に相いれない。
【救いはカーニー首相演説か】
◆米国の反多国間主義を批判
カーニー首相(元イングランド銀行総裁、TCFD創設を主導)が行った演説『原則維持と現実主義』が注目されている。「ルールに基づく国際秩序」は終わったと明言し、米国の多国間主義に背を向ける姿勢(対話より取引、理念より力)に危機感をあらわにした。「カーニー・ドクトリン」と名付けられ、混乱の時代に一つの航路を指し示す演説として、欧州では評価が高い。
◆「中堅国」は結束し行動せよ!
カナダのような「中堅国」は、人権や主権、連帯、持続可能性などの一貫した価値観を掲げて、大国間の対立に対抗するべく、結束して強靭な世界を築くことが重要だと呼びかけた。
演説後は起立拍手に包まれたという。なぜか。国家にも企業にも訴える言葉があふれていたからだ。例えば、「世界秩序は元に戻らない」「貿易・決済・供給網・生産・販売が覇権国に飲み込まれる」「テーブルに着かなければ、メニューにされる」など。
【日本は地経学的能力の向上を】
◆“武器化”する経済
米国は、軍事・経済・技術で中国との厳しい覇権競争を演じている。AIと量子技術での主導権獲得のために、半導体の輸出規制と重要鉱物の輸入は相互に取引カードとなっている。
世界の相互依存関係は深まる中で、自由貿易を旨とするWTO原則に基づく従来型のグローバル化が終わり、「経済が武器化する時代」に入った、と見るべきだろう。
トランプ関税は地経学的パワーの行使に他ならない。が、日本はこれまでも中国からレアアースをはじめ、さまざまな「経済的威圧」を受けてきた。
◆日本の持つ地経学的素地を活用
今後もモノ・サービス・カネ・ヒトの国際移動は拡大し、グローバル・サプライチェーンは厳然として存在する。
軽々には言えないが、日本は国としても企業としても、受動的ではなく、能動的なルールメーカーになることが肝要ではないか。これは「ルールに基づく世界秩序」の再構築を意味する。
日本は地下資源には恵まれないが、人材・技術・資本そして「環境」という地経学的な素地を持つからである。
