あすの環境と人間を考える ~アジアやアフリカで出会った人びとの暮らしから第4回/タダから始める家畜飼養 ―南インド、タミル・ナードゥ州の事例―

2015年12月15日グローバルネット2015年12月号

総合地球環境学研究所 
宮嵜 英寿(みやざき ひでとし)

私は気候変動が起きた際に、小規模農民の農業と生業にどのような変化がもたらされるかを明らかにするため、タミル・ナードゥ農業大学のジェガディーサン・ムニアンディ助教とともに南インド、タミル・ナードゥ州南部の農村において現地調査を実施しています。

タミル・ナードゥ州は北西モンスーンの影響を強く受けるため、雨季は9月中旬から12月初旬の3ヵ月未満しかありません。雨季の降水量は600~1000㎜で、半乾燥-サバナ地帯に分類されます。そのため、年々の降雨パターンは大きく変化します。同地域は、溜池灌漑システムという雨季の雨を溜池に貯水しながら農耕に利用する地域と、天水のみに依存する地域に2分されます。溜池灌漑システム地域では十分な貯水量が得られれば水稲作が行われ、天水農耕地域では、モロコシやトウジンビエなどの雑穀栽培が行われてきました。

この地域の人びとは、農耕以外に家畜飼養も行い生計を立てています。大家畜(ウシやスイギュウ)と中家畜(ヤギやヒツジ)とニワトリなどを飼育しています。大家畜・中家畜ともに家畜自体の販売に利用されますが、大家畜から得られる牛乳の販売がとくに農村世帯の収入に影響を及ぼしています。

農家による牛乳の販売

大家畜を所有する農家は牛乳屋さんと契約を結びます。牛乳屋さんといっても彼らは仲買人で、農村で新鮮な牛乳を購入し、それを牛乳加工業者へ販売したり、町のお菓子屋やお茶屋(牛乳と水で紅茶を煮出し砂糖を加えた飲み物、チャイやミルクコーヒーを販売しているお店)へ販売したりします。牛乳屋さんは、朝夕の2回、契約している農家を訪れ牛乳を集荷します。彼らの多くは牛乳缶を積んだバイクで契約農家を回り、牛乳を集荷します(写真1)。牛乳の水増しや不純物の混入を防ぎ、品質と安全性を保つため、搾乳は牛乳屋さんの手によって行われます(写真2)。搾られた牛乳は農家の目の前で計測され(写真3)、ノートに記載され、代金は15日ごとに支払われます(写真4,5)。

写真1:牛乳缶を積んだ牛乳屋さんのバイク

写真2:牛乳屋さんが自ら搾乳を行う

写真3:農家の目の前で牛乳が計測される

写真4:牛乳の量を記録する牛乳屋さん

写真5:牛乳の量が記録されたノート

写真6:お茶屋さんに貼られたチャイとコーヒー値上げの貼り紙

写真の農家は1日およそ10Lの牛乳を販売していることがわかります。牛乳は1L当たりおよそ27ルピー(1ルピー≒2円)で販売できるので、毎日270ルピー(≒540円)の収入を得ていることになります。写真の農家は2頭の雌ウシを所有しているので、子ウシの出産時期にもよりますが、1頭の雌ウシからおよそ270円の日収が得られることがわかりました。

国連が発表した「ミレニアム開発目標報告2014」によると、1日1.25ドル(約150円)未満で暮らしている極度の貧困層が最も多いのはインドで、全体の3分の1を占める3.9億人でした。とくに、農村部の貧困率は50%にも及びます。そのため農村部における貧困削減は重要な課題であると考えられています。このことから、ウシの牛乳から得られる収入は、農家の家計にとって非常に重要であることがわかります。

農家と牛乳屋さんとの関係

2014年1月に実施した農村での聞き取り調査から、この地域では2000年以降、降雨量の減少から溜池灌漑システムの衰退に拍車がかかり、作物の生産性が不安定な天水農耕に依存する世帯が増加していることがわかりました。作物の生産性の減少は家計の不足をもたらし、それを補うために農村部から都市や海外への出稼ぎ労働者が増加していることも判明しました。その結果、農村部での労働人口不足が生じ、家畜の世話をするものがいない世帯は家畜を手放したため家畜を所有する農家世帯が減少しています。一方で、都市部の人口増加に伴い、牛乳の需要は増加しています。このような状況は、牛乳の価格の上昇をもたらし、2014年11月には多くのお茶屋でチャイとコーヒーの値上げを知らせる貼り紙が貼られました(写真⑥)。

このように牛乳の需要が増えていることから、牛乳屋さんはより多くの牛乳を集荷するために、より多くの農家と契約を結ぼうとします。牛乳屋さんとの契約でユニークな例は、金銭の貸借があることです。農家は現金が必要になった際に、牛乳屋さんから現金を借り、その返済方法として日々の牛乳の売上金から天引きしてもらうのです。つまり、農家は日々の暮らしの中で負担をかけることなく、ウシが生産する牛乳が借金を返済してくれるという方式です。これは牛乳屋さんにとっても農家との契約の継続というメリットがあるためよく耳にします。

私が最も感心させられたのは、大家畜を購入できない農家が雌ウシの購入資金を牛乳屋さんに立て替えてもらう例です。先にも述べましたが、雌ウシを所有し牛乳を販売することは、農家の家計の助けになります。牛乳屋さんにとっては、この方法で新規契約が獲得でき、借金を返済している間、契約を長期継続できるため一石二鳥なのです。

気候変動への適応

農家は気候変動がもたらす溜池灌漑システムの衰退により天水依存農耕に移行し、その結果、作物の生産性は脆弱になり、家計の不足が生じるようになりました。また、牛乳屋さんは市場経済変動の中で需要を満たすために、さらなる契約が必要になりました。そこで、農家と牛乳屋さんは共存関係を作り出すことで変動に対して適応していることがわかりました。

ここでは農家と牛乳屋さんの共存関係を例として挙げましたが、気候変動などの環境の変化やグローバリゼーションを含む市場経済変動に対する適応、あるいは対処戦略のための共存関係はさまざまなところでみられます。例えば、作物の生産性の安定化のためには、適切な土壌肥沃度管理が必要で、そのために農家が牧畜民に耕地内での家畜の野営を依頼し、耕地へ家畜糞が投入されるようにする農家と牧畜民の共存関係があります。そこで、このような共存関係を視野に入れつつ環境問題の解決に資する枠組み提案の可能性を探ることが、今後の気候変動に適応するためには大切であると考えています。