特集:パリ合意によって世界の温暖化対策はどう変わるのか~2020年以降の新たな枠組みを考える自然エネルギー100%の実現に向けて〜パリ合意を受けて日本が目指すべきエネルギー政策とは

2016年02月15日グローバルネット2016年2月号

自然エネルギー財団 常務理事
大野 輝之(おおの てるゆき)

「パリ協定」成立の背景にある自然エネルギーの拡大

2009年の気候変動枠組条約第15回締約国会議(COP15)の挫折から6年、昨年、2015年末に開催されたCOP21は、世界の平均気温上昇の抑制目標として、産業革命前と比較して2℃を大きく下回ることを決め、さらに努力すべきレベルとして1.5℃目標も掲げた。  

そして、これらの目標の実現に向けて、今世紀後半には実質的に温室効果ガスの排出をゼロにすることを「パリ協定」に盛り込んだ。温室効果ガスの大部分を占める二酸化炭素(CO2)の排出をゼロにするためには、化石燃料を燃やし続けるわけにはいかない。  

なぜ、このような画期的な協定の成立が可能になったのか。その背景については、米国と中国の果たした役割、とりわけオバマ政権のリーダーシップの大きさなどさまざまな指摘がある。本稿では、COP15からの6年間で、世界各地で自然エネルギーの拡大が進んだこと、そしてそのコストが大幅に安価になり、温室効果ガス削減対策のハードルが下がってきたことを指摘したい。  

典型的なのは太陽光発電である。COP15が開催された2009年末、世界全体で設置されていた太陽光発電は23GW(2,300万kW)にすぎなかった。それが昨年末には、230GW(2.3億kW)を上回るレベルに達した。6年間で、世界の太陽光発電設置量は10倍化したことになる。一方、同じ期間にコストは75%低下している。  

本年1月12日、米連邦議会で8年間の任期中最後となる施政方針演説を行ったオバマ大統領は、自然エネルギーのコストが大幅に低下し、経済的なメリットのあるものになったことをこう強調した。  

「7年前、われわれは米国の歴史上最大のクリーンエネルギーへの投資を行った。その結果はこうだ。アイオワからテキサスまでの平原で、今や風力発電は、汚れた排ガスを出す従来型の火力発電(dirtier, conventional power)よりも安価になっている。アリゾナからニューヨークまでの屋根で、太陽光発電は年間数千万ドルもの電力料金を節約している。そして、石炭産業よりも多くの労働者を雇用している。しかも、この仕事は平均よりも良い賃金を支払っているのだ」  

自然エネルギーが安価になってきているのは先進国だけではない。インドにおいても、太陽光発電のコストは、すでに輸入した石炭を用いる火力発電より安価になっている。  

温室効果ガスの削減方法として、世界は省エネルギーだけでなく、自然エネルギーへの転換を経済的なメリットを得つつ行うという確実な手段を手にしたのだ。

世界は自然エネルギー100%へ向けて動き出した

「脱化石燃料のためには、原子力の活用もある」という議論もあるだろう。しかし、原子力は安全性の確立、放射性廃棄物の最終処分地・貯蔵場所の確保という点で未解決の課題を抱え、コスト高という弱点からも逃れられない。詳しく触れないが、ここでは原子力大国のフランスでさえも、現在75%の電力を供給している原子力の割合を2030年に50%まで減らし、代わりに自然エネルギー電力を40%まで増加させることを、昨年夏に制定した法律で決めたことを紹介しておこう。ベクトルの方向は、フランスにおいても原子力依存の低下、自然エネルギーの拡大に向かっているのだ。  

欧州での自然エネルギーの拡大をけん引してきたドイツは、2015年、ついに3分の1の電力を自然エネルギーで供給するに至った。陸上、洋上の双方で風力発電の導入が進み、自然エネルギーのシェアを前年に比べて、なんと5ポイントもいっぺんに引き上げ、33%という記録的な水準に到達した。  

世界との情報ギャップの大きい日本では「自然エネルギー100%」という目標は、まったく夢物語のように思えてしまう人も少なくないだろう。しかし世界の先進的な国や地域では、2030年にはもう電力の40%、50%を自然エネルギーで供給することを法律や政府の計画で決定し、そのために必要な取り組みを着々と進めているのだ。これらの国や地域の未来展望は、当然ながら2030年が最終着地点ではない。まさしく「パリ協定」が決定した今世紀後半の脱炭素化を目指して、その中間地点として2030年を捉えている。  

米国の州を例にとれば、ハワイ州が全米で初めて電力の100%を2045年までに自然エネルギーで供給することを決め、カリフォルニアとニューヨークという巨大州が2030年までに50%という目標を決めている。

日本が目指すべきエネルギー政策は

日本でも「パリ協定」の成立を受け、気候変動対策に関する検討が国の審議会で始まっている。政府は、この春までに「地球温暖化対策計画」を策定するとしている。この計画が直接的な対象とするのは、2030年度までの削減計画であるが、大切なのは、今世紀後半には温室効果ガスの排出を実質的にゼロにするという「パリ協定」の目標に沿った内容とすることである。政府が2012年4月に策定した「第4次環境基本計画」においても、2050年までの80%削減目標を定めている。  

日本政府の2030年度削減目標の前提となるエネルギーミックスは、この時点での自然エネルギーを電力では22~24%しか見込まないというものだ。このエネルギーミックスでは、原子力で電力の20~22%を供給することを目指しており、自然エネルギーと合わせて44%を「非化石電源」で供給することが政府の目標となる。当面の再稼働の是非は置くとしても、今から15年後に老朽化の進む原子力発電で電力の2割余を賄うという計画の非現実性が、年を追うごとに明らかになってくることは確実だろう。  

政府の2030年温室効果ガス削減目標を達成するためにも、自然エネルギーが、より大きな役割を果たすことが必要になるのは間違いない。そして2050年とそれ以降を展望すれば、自然エネルギー拡大の意義はいっそう明白になる。  

自然エネルギー100%への道筋の中では、エネルギーの効率化を徹底し、必要な消費量を減らすことももちろん重要だ。日本では国も経団連などの業界団体も、「日本の産業は省エネをやり尽くした『乾き切った雑巾』のような状態だ」と主張してきた。しかし、エネルギーミックスの策定に向けて経済産業省が設置した「省エネルギー小委員会」に提出された資料では、ボイラーの配管などに用いられる断熱材の劣化により、「我が国の製造業のエネルギー消費の10%以上になる大きな損失」が生じている、という驚くべき指摘がされている。一体どこが『乾ききった雑巾』なのだろうか。同じ「省エネルギー小委員会」の資料では、1990年以降、欧米各国のエネルギー効率の改善が日本を上回って進んでいることも示されている。直ちに利用可能な省エネ技術が活用されていないのだ。  

CO2排出量の多い石炭火力などから自然エネルギーへの転換を進めるためには、排出量に応じて「炭素価格」を付けるカーボンプライシングを導入することも必要だ。地球環境を破壊する人為的なCO2の排出には、汚染者負担原則(PPP)が適用されるべきだ。カーボンプライシングの代表的手法の一つであるキャップ&トレード(排出量取引)制度は、日本が導入に背を向けている間に、欧州だけでなく、米国の主要州や、さらには韓国、中国までにも拡大してきている。脱化石燃料への戦略を明確にし、その一つの手段として「炭素価格」を設定することは、低炭素・脱炭素技術の開発を促進し、新たな経済成長を可能にする。  

自然エネルギーにおいても、省エネルギーにおいても、その促進のための政策の導入という点では、日本は世界の後進国になってしまっている。しかし豊かな自然資源、技術力、企業とその人材という点では、本当は大きなポテンシャルを有している。今必要なのは政策の転換である。

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