特集/シンポジウム 地域から考える気候変動問題 in 熊本 将来の影響に適応するために地球温暖化と水害、その対策

2016年03月15日グローバルネット2016年3月号

九州大学名誉教授
小松 利光(こまつ としみつ)さん

特集/シンポジウム
地域から考える気候変動問題 in 熊本
将来の影響に適応するために

政府は昨年11月末に「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定しました。気候変動への適応策を強化し、地域の特性に踏まえた対策を講じることが重要です。気候変動問題を考えるシンポジウムが、熊本市で1月に開催されました(主催:環境省、共催:熊本県)。気候変動による影響と適応、そして近年九州地方でも増えている大雨による水害とその対策に関する講演とパネルディスカッションの内容を紹介します。

災害外力と防災力

強い雨や台風など、災害を引き起こす力のことを「災害外力」といいます。昔、人類は科学技術もインフラもなかったので防災力は低い状態でした。一方、災害外力は変動しながらもほぼ一定値だったので、両者の間には大きなギャップがありました。災害が襲ってきてもほとんど抵抗できませんでしたが、当時の人は経験に基づき知恵を働かせて災害から生き延びてきました。

明治以降は、近代科学技術を使ってインフラを営々と整備し、防災力を高めてきました。しかし災害というものは必ず起こるのです。今、気候変動によって災害外力は急激に上昇し、それに対して防災インフラの老朽化や急速な高齢化などにより防災力は下がりつつあるのではないでしょうか。そうすると大きなギャップが再び生じ、昔と同じような状況になるでしょう。しかし最近の大きくなった災害外力は人類が経験していないので、経験知が役に立たないため、予期せぬ状況が起こる可能性があり、もっと始末が悪いのです。

防災面から見ると、CO2の排出抑制など、災害外力の上昇を抑えようというのが緩和策で、それだけでは足りないので防災力を引き上げようと言うのが適応策です。この差をできるだけ小さくするため、緩和策・適応策の両方が必要ということになります(図②)。

図2 災害外力と防災力の関係

様相が変わってきた近年の水・土砂災害

自然災害はAll or Nothing(全てかゼロか)の性格を持っています。豪雨災害により堤防が切れるか、切れないかで、被害があるか(All)ないか(Nothing)に分かれます。土砂災害も同様で、土石流など災害が起きなければ被害はほとんどありませんが、ひとたび起きると大災害になります。

災害現場には、固有の閾値(限界値)があり、災害外力がそれ以下だと被害は軽微ですが、超えると甚大な災害が起こるのです。

気候変動によって災害外力が上がるということは、容易に閾値を超えることになり、今後加速度的に災害が増える可能性があります。

近年の大規模水・土砂災害の特徴は、災害外力が防災力を大幅に上回る例が頻繁に起こるようになってきたことです。インフラが対応できなくなって社会の脆弱性が現れてきているといえるでしょう。

さらに、水・土砂災害は以前とは様相が異なり、最近の洪水災害では水だけでなく、土砂や流木などに対する対策も必要になってきています。水・土砂災害は従来、山の表層崩壊によるものが多かったのですが、近年は深層崩壊が増加しています。これは、地震により深くえぐれ、50~100m規模の深さで斜面が崩れ、大量の土砂が谷に落ち天然ダムが作られ、そこに雨が降ると上流側に水が貯まって、最後は天然ダムを乗り越えるようになる。そうするとどんどん浸食され、一挙に崩壊して下流の市街地を襲い、大惨事となるのです。地震だけでなく、大雨により深層崩壊が起きることもあります。

表層崩壊であれば発生個所が被害を受けるだけですが、深層崩壊となると、大量の土砂を生産するため、発生個所の直下で大規模な被害を引き起こします。そして形成された天然ダムが崩壊すると段波が下流を襲って大惨事を引き起こすだけでなく、大量の土砂は川の中に残って河床を上昇させます。堤防は相対的に低くなり、従来の河川計画が成り立たなくなるため、災害発生場所以外での対策も複合的に考えなくてはならないのです。

災害外力の増大に伴い今後求められる順応的対応策

国土交通省は「減災」を推進し始めました。減災において最も大事なのは人の命です。「自助」「共助」「公助」という言葉があります。自助は自分の命は自分で守る、共助は自分だけで守れない命を皆で助け合って守る、そして自助・共助ではどうしようもない部分を国や自治体が守るというのが公助です。

数年前、内閣府の防災関連の第一線の担当課長にそれぞれの割合について尋ねたところ、自助70%、共助20%、公助10%という答えが返ってきました。つまり、防災というのは役所や政府がやってくれるものではない、自助・共助が大事であるということを私たちは認識しなければならないのです。

共助というのは地域コミュニティや自主防災組織、自助は懐中電灯を用意する、避難路を確認しておく、日頃の近所付き合いなどのちょっとした備えです。1995年の阪神・淡路大震災の時にがれきの下から助け出された人の85%以上は警察や自衛隊などではなく、隣近所の人に助けられました。つまり、隣近所とは良い人間関係を作っておかないといけない、自助・共助は極めて大事なのです。

このように災害外力が上がっていくという変化の時には順応的に適応策を考えていかなければなりません。防災力を高めるのも、小刻みに災害外力の上昇に適応していくのです。温暖化が進行すると災害外力は上がりますが、それに対して必要な適応策を決定・実施し、さらに温暖化が進行したら再び評価して適応策を考える、これを良い形のサイクルにしていけば、防災力も段階的に高めていくことになるのではないかと考えます。

変化の時代には柔軟でダイナミックな対応ができる適応策が必要です。順応的適応策のためには、固定的な技術ではなく、周辺の自然環境と調和し、柔軟で調整可能な技術でなければなりません。必要であれば後戻りも可能な技術、効率的で経済的な技術、積み重ねが可能な技術が求められています。

温暖化適応策としての穴あきダムの活用

防災分野で公助が成すべき適応策としてはまず、高潮や、ゲリラ豪雨対策や車社会への適応、土砂・流木対策などの新しい技術が必要です。伝統的対応(先人の知恵)も必要です。そして環境教育と一緒に地域教育、学校教育などで防災教育も行い、一人ひとりの意識を高めていかなければなりません。さらに、隣組や会社、学校などでの人間のネットワークであるSocial Capitalの構築のために人への投資も今後は公共事業として考えるべきだと考えています。

気候変動により洪水が増えると、川の流量が増えて堤防を超え、土手や土の堤防であれば決壊し、大災害に至ります。私は「穴あきダム」が解決策であると考えています。国土交通省は「流水型ダム」と呼びます。これは普通のダムとは違い、ゲートがなく、穴が河床と同じ高さにあり、常に開いています(図③)。水は穴を通って下流に流れているので土砂も魚もそのまま通過し、水はたまりません。その穴はそれ程大きくありません。

図3 治水専用穴あきダムの概略図
左が通常時、右が洪水時

通常のダムは水をためた状態にしておくため水質が低下するなど、さまざまな問題が出てきます。しかし穴あきダムは普段は水もためず何の仕事もしないで、洪水が発生し水が大量に流れてきたら、穴から流せる分だけ下流に流す、それ以上流れてきたら受け止めてためてしまう、つまり、環境に悪影響を与えない、環境に優しいダムなのです。

今後深層崩壊の増加が予測されますが、下流部に穴あきダムがあれば天然ダムが崩壊して急速に大量の水が流れてきても受け止めてくれるのです。

私は、今は巨大コンクリートダムを建設する時代ではないと考えています。オーストリアには「アースフィルダム」というコンクリートではなく、土を盛った堤体のある小規模ダムがたくさんあります。草が生え、ただの丘にしか見えません。自然と一体化し、自然に溶け込んでいるのです。しかし、ひとたび雨が降るとダム上流部に水がたまり、そこがダムであることがわかります。

私は、このような小規模ダムを平地部ではなく山間部に複数造り(流域貯留)、小規模ダムのネットワークにより洪水を抑えるような仕組みを考えています。

車社会での温暖化適応策

2009年に中国・九州北部で発生した豪雨により、福岡市郊外で車が流され、水があふれ出た用水路に落ちて運転中の女性が亡くなりました。これをきっかけに私は冠水時の自動車通行の危険性について実験しました。

車は鉄でできているのでぶつかれば人間より強いですが、水には弱く、容積の割に軽く、中が空間であるため、水に浮いてすぐに流されてしまうのです。水深が低くて流速も遅ければ安全なのは当然です。水深も流速も大きければ危険とわかるのですが、運転者はそれがどの程度がわかりません。周囲が教えてあげなければいけないのです。そこで、私は場所ごとに、危険水位を超えると通ってはいけないことを示すような警告灯の設置を提案しています。

真の美しい国を目指して 賢者になって安心・安全な国を

日本は美しい国だと思います。しかし美しい国というのは見た目だけではなく、しっかりとした生存の備えがある、危機に強い国、絶望的な状態の時にも温かさを感じられる国、さらに誇りとなる伝統・文化をきちんと伝承している国、それで安心・安全な国でなければならないと思っています。

米国の社会学者チャールズ・クーリーの「明日は何とかなると思うのは愚か者。今日でさえもう遅すぎるのに。賢者は昨日のうちに済ませている」という名言があります。防災に関してはとくにこの言葉が当てはまると思います。皆さんには是非、賢者になっていただきたいと思います。

※ 天然ダムが崩壊した時、ダム上流にたまっていた水が一挙に流れ出し、壁のように切り立った状態で下流に押し寄せること

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