特集/シンポジウム 気候変動問題の最前線 in 東京 動き出した世界とこれからの日本基調講演② 気候変動リスクの総合管理とその対策について

2016年04月15日グローバルネット2016年4月号

特集/シンポジウム
気候変動問題の最前線 in 東京 動き出した世界とこれからの日本

今後気候変動による影響リスクは高まると予測されており、政府は昨年11月に「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定しました。また、12月には第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において、2020年以降の国際枠組みであるパリ協定が採択されるなど、国内外の情勢が大きく動き出しています。 気候変動問題の最新の動向を紹介するシンポジウムが東京で3月9日に開催されました(主催:環境省)。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の活動に直接携わっている研究者からの講演、そして気象予報士や高校生も交え気候変動問題の普及について話し合ったパネルディスカッションの内容を紹介します。

東京大学生産技術研究所 教授
沖 大幹(おき たいかん)さん

気候変動への対応策の失敗が潜在的影響の大きい世界的リスクに

毎年1月、スイスで開催されるダボス会議(世界経済フォーラム)で、グローバルリスクの潜在的影響と今後10年間に起こる可能性を分析した『グローバルリスク報告書』が公表されます。2016年版の報告書では、「大規模で不本意な移民」に次いで、「気候変動への緩和策・適応策の失敗」が最も潜在的影響が大きいグローバルリスクである、とされました。また、その次に「国家間紛争」が続き、気候変動への対策の失敗が国家間の紛争などの深刻な影響を及ぼす可能性も高い、と世界のリーダーたちも認識しています。

では、気候変動が起こって何がいけないのでしょう。気候変動の主なリスクとしてまず、命に関わる「健康障害」と「生計の崩壊」が挙げられます。小さい開発途上の島国などは海面上昇などにより土地の面積が変わり、それに対応できず生計が崩壊してしまいます。また、極端な現象により、電気・水の供給、保健・緊急サービスなどのインフラ網や重要なサービスの機能が停止し、その復旧には莫大な費用が掛かるでしょう。また、極端な暑熱期間による熱中症などによる影響はすでに出ており、脆弱な都市住民の死亡や罹病も懸念されます。さらに、温暖化、干ばつ、洪水、極端な降水による食料不足や食料システムの崩壊、海洋や陸域などの生態系と生物多様性、生態系サービスの喪失、そして農村・漁村部の生計や収入の損失などのリスクも考えられます。

また、「テロや移民問題も気候変動の影響だ」と関連付ける人もいます。昨年のCOP21開催前、英国のチャールズ皇太子が「パリの同時多発テロも気候変動のせいだ」という趣旨の発言をされましたが、根拠のない話ではなく、研究論文はすでに発表されています。

人為的な気候変動によって「豊かな三日月地帯」といわれるシリアなどで2007年から3年間、大干ばつが続きました。もともと半乾燥地帯で地下水を大量に使って非持続的な農業を行い、環境政策も不十分だったこの地域の農民は、干ばつにより仕方なく都市部に移り、それによって都市では社会的不安定性が増して内戦が起こり、移民が増大し、もしかするとその一部がパリでテロを実行したのかもしれない。いずれにしても、その仮説のもとになるのは、温暖化していなければ起こらなかったような干ばつが結果として社会の不安定性をもたらした、ということです。

IPCCも2014年に発表した第5次評価報告書(AR5)の中で「暴力的紛争は気候変動に対する脆弱性を増大させる」としています。つまり、気候変動が起こっても社会が安定していれば悪影響は少ないし、逆に社会が不安定であれば少しの気候変動でも被害は甚大に増幅されるのです。

さまざまな社会問題の解決にもつながる適応策

気候変動対策には緩和策と適応策がありますが、これまで主要な対策は緩和策で、省エネや大気汚染の緩和、エネルギーの安全保障など、現在の問題解決にも有効で損もしないので、「後悔しない政策」といわれてきました。

一方、「気候変動が進行しても、不利益が生じないように社会の脆弱性を減らす」適応策は、貧困削減、農業開発、災害被害の軽減など、気候変動がなくてもやらなくてはいけないことで、さまざまな社会問題の解決につながります。皆が幸せで安心して楽しく暮らしたい。しかし、気候変動がその幸せを邪魔する恐れがあるのでわれわれは気候変動を抑えようとするのです。

もちろん、気候変動をもとから抑えるためには緩和策を進めなければいけません。しかし緩和策だけで2度目標を達成するのは簡単ではありません。そこで、「温暖化が多少進んでも、社会の安定によって影響や被害は減らせるのではないか」と、2007年に発表されたIPCC第4次評価報告書で専門家によって広く認識されるようになりました。そしてその後、日本でも昨年の11月に「気候変動の影響への適応計画」が閣議決定されたのです。

世界の各地域の主要リスクと適応策に必要な資金

気候変動によるリスクにはどんなものがあって、どんな適応策が考えられるのでしょう。AR5では、世界の各地域が深刻と思われる、リスクを三つずつ挙げ、それに対してどんな適応策が考えられるか、まとめています(下表)。

この報告書が発表されたとき、私はショックを受けました。私は学生の頃、日本はアジアモンスーン地域の一部の国なので洪水と渇水の両方が起こり得るけれど、欧米の都市は山にあり、居住地は高い場所にあるので洪水などの被害は考えなくて良い、と学びました。しかし今、欧州でも北米でも、気候変動による影響は徐々に出てきており、この30年くらいの間に洪水対策についても真剣に考えなければいけない状況になってしまいました。

また、パリ協定でも「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」という目標ばかりが報じられましたが、実はこの他に「食料生産を脅かさないやり方で気候変動の悪影響への適応能力を増大させ気候への靭性と低温室効果ガス排出開発を促す」という適応策と、「資金の流れを低温室効果ガス排出で気候に強靭な発展に向けた道筋に適合させる」という途上国にとって必要な資金についても書かれています。

AR5の第17章「適応の経済的側面」に途上国での適応策に必要な費用について触れられています。通信施設や道路、鉄道、ガスパイプラインなどの社会基盤に適応策を進めるにはかなりの費用が掛かります。また、沿岸域、水供給、農林水産業や人間の健康などもすべて合計すると、必要な費用は現在は年間500億ドル(5兆円)くらいですが、2050年には10兆円にも上るという推計があります(図④)。

そういう意味で、パリ協定で途上国の温暖化対策への資金支援について言及されたことは、大変意味があります。

新たに始まった緩和策・適応策の統合的戦略研究

2015年度、環境省の新しい研究プロジェクト「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(MiLAi)」が始動しました(図⑤)。気候変動リスク削減、経済発展、生態系サービス維持のバランスの良い達成を実現するためのプロジェクトで、被害額や投資額などの従来の経済的指標に加えて、主観的幸福度や生計資本といった指標なども勘案して多面的に評価し、効率的かつ効果的な緩和策・適応策について研究を進めます。

図⑤ 研究プロジェクト「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(MiLAi)」

具体的には、五つの個別テーマ①全体の総括と統合的戦略評価②生態系保全による緩和策と適応策の統合③気候変動に対する地球規模の適応策の費用便益分析④アジアのメガシティにおける緩和を考慮した適応策の実施事例研究⑤気候変動に対する地球規模の緩和策と適応策の統合的なモデル開発に関する研究、を実施して意欲的・効率的なプロジェクト運営を進めていきます。

日本のためにも重要な世界の安定と持続可能な開発の実現

AR5第2作業部会報告書政策決定者向け要約には「将来の気候変動への適応に向けた第一歩は、現在の気候の変動性に対する脆弱性や曝露を低減することである」と書かれています。将来を待つのではなく、現在のさまざまなリスクを低減することが気候変動の対策につながるのです。

気候変動問題の解決が究極の目的ではありません。私たちは日本そして世界の繁栄と、持続可能な開発を実現しようとしており、その大きな阻害要因になりそうな気候変動を最小限に抑えていく、そのために緩和策と適応策が大事なのだ、ということを心に留めて、皆さんの今後の活動につなげていただければと思います。

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