特集/シンポジウム報告 人間と地球のための経済 ~経済学は救いとなるか?~パネルディスカッション人間と地球のための経済

2016年06月15日グローバルネット2016年6月号

コーディネーター
国連大学サステイナビリティ高等研究所所長 竹本 和彦(たけもと かずひこ)さん

パネリスト
コロンビア大学教授 ジョセフ・スティグリッツさん
名古屋大学大学院教授 宇沢 達(うざわ とおる)さん
京都大学名誉教授 松下 和夫(まつした かずお)さん

特集/シンポジウム報告
 人間と地球のための経済 ~経済学は救いとなるか?

宇沢弘文教授 メモリアル・シンポジウム

故・宇沢弘文東京大学名誉教授の追悼シンポジウムが3月16日、国連大学で開かれました(主催:宇沢国際学館)。宇沢氏の教え子で、2001年にノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授の基調講演、ゆかりの人たちによる講演やパネルディスカッションの要旨を紹介します。要旨の作成にあたっては(株)東洋経済新報社のご協力をいただきました。

父・宇沢弘文の思い出 「風に向かって飛べ」

宇沢 最初に「風に向かって飛べ」という題で、父・宇沢弘文の思い出をお話ししたいと思います。「風に向かって飛べ」というのは、燃料を一番節約する飛行機の飛び方を示すもので、父がお世話になったケネス・アロー教授が大学院生時代に発見した事実です。Arrow-Hurwicz-Uzawaの傾斜法のもとのアイデアです(※ レオニード・ハーヴィッツ 米国の経済学者・数学者。1917 〜2008 年)。逆説的に聞こえるかもしれません。でも最大の抵抗を生む道のりが進むべき一番良い道だということです。私の父の生き方が、まさにその良い例だと考えます。

父は1928年に鳥取県で生まれ、東京で育ちました。数学を専攻した後、経済学に移り、日本の再建の一助になりたいという思いがありました。生命保険会社に勤務していた時に米国スタンフォード大学のケネス・アロー教授のもとに研究員として招聘されました。最初は、英語がうまくなく、アロー教授からは1週間に1度自分のところに来て話をしましょうと言われたようですが、英語がまだ下手だったので、これは何かを書かなければ説明ができないと考え、結局、1週間に1本論文を書くことになりました。しかし、画期的な論文を8本執筆した2ヵ月後にはアロー教授に少しペースを落としても良いかと聞いたそうです。

その当時の社会科学はまだ科学と言えるような状態ではなかったのです。一人ひとりの信条には素晴らしいものがあっても、さまざまなことを信じている人たちが集まった時にどのような行動が起きるか、どのようにしたら、そのような志が生かせるか。それを数理によって解析しようと、スタンフォード大学で、非常に小さなグループで、社会科学を数理的に理解するプロジェクトが立ち上がりました。まだまだ生まれつつある分野で、米国の西海岸のスタンフォード大学と東海岸のMIT(マサチューセッツ工科大学)のポール・サミュエルソン、ボブ・ソローのグループが精力的に研究を進めていた時代です。

パネルディスカッションの様子。左から、竹本氏、宇沢氏、スティグリッツ氏、松下氏

ヴェブレンの五つの本能

父は、ソースティン・ヴェブレンという経済学者にずっと関心を持っていました。彼が書いた論文は非常にオリジナルなので、理解することはなかなか困難ですが、簡単に説明します。ヴェブレンは五つの本能(instinct)を公準(postulate)としました。最初の本能はemulation(競争)ということで、相手の物差しを理解し、それを習得して理解し、打ち負かす、二つ目の本能はpredation(捕食)で、ほかの人たちが持っていたものを奪うということ。三つ目はidle curiosity(純粋な好奇心)で、idleとは怠け者ということではなく、車のアイドリングと同じで、目的を持たない好奇心ということです。4番目の本能はparental bentという仲間を大事にし、公益を重視する性向です。5番目はworkmanship(職人気質)で、完璧にするまで実行するということです。

例えば、銀行家は最初の二つの本能、競争と捕食の本能を主に活用します。そして、科学者あるいはエンジニアは、主として純粋な好奇心、公益、職人気質の本能が働きます。本来の形での企業(enterprise)は、エンジニアが純粋な好奇心に基づき、公益に基づいて社会貢献しようとして作った組織です。それが銀行家によって、市場シェアを重視する別の組織に変わってしまうのです。ヴェブレンの立場から見れば、市場経済というのは非常にすばらしい道具ではあるけれども、結局は競争と捕食という本能を拡大する傾向があります。われわれは皆異なる形質、性質を持っています。この五つの本能はいずれも必要なものですが、父の一番の関心事はこの五つの本能をバランス良く発揮できるような社会の成立条件です。彼が提唱した社会的共通資本を維持するためには、純粋な好奇心、公益、職人気質が中心となります。

もし今ここに父がいたら、恐らくこう言うのではないかと思います。父は市場経済を批判する者としてよく知られていましたが、市場経済は優れたツールの御多分に洩れず、諸刃の剣であり、注意深く扱わなければならないと。そして、市場経済は、放任すべきものではなく、評価、税、価格付けを考えるときには、どのような行動が誘発されるかを予測し、どのような行動を誘発したいのかが大事であると。

父は、この50年間で大きな進歩があったと考えていると思います。われわれの経済に対する理解は飛躍的に深まっています。これからも希望を失わずにその時々の重要な問題に取り組んでいくべきだと言うでしょう。

パリ協定の政治的・経済的実現性

松下 スティグリッツ先生は先ほどの講演の中で、TPPは環境にとっても、パリ協定の実施においてもマイナスになるとおっしゃいましたが、どういうことを意味されているのでしょうか。

スティグリッツ 私は、パリ協定を実施するのは政治的には可能だと思いますが、政党の一つが気候変動自体を否定している米国に協力させるのは当初から不可能だと思っています。ですから、まずグローバルな政治経済というものを変えていかなければいけません。世界の国々が炭素の価格付けに合意をし、すべてに国境税を課し、このグローバルな協定に入っていないものはグローバルタックスを課せられる。そうなれば、それがインセンティブとなって、他の国々もそれに追随するでしょう。

それから、TPPというのは、私たちの生活をもっと難しいものにすると思います。TPP協定で、ISDS(投資家と国との間の紛争解決)が話題になります。ISDSでは、企業は、規則が変わると、その国を訴訟に持っていくことができるのです。炭素の排出規制により収益が減れば訴訟になるかもしれないのです。そうなると、気候変動の規制を通過させるのは難しいです。これはTPPの中の一番重要な規定の一つです。関税は、もうすでに非常に低いのです。米国は、グローバルな合意で、環境や医療、金融、安全性などに関しての規制は設けないという協定を結んでもらいたいのです。

私はエコノミストとして、良い貿易協定は結んでいいと思うのですが、TPPは貿易協定ではなく、投資に関する協定なのです。つまり、それは政府の力をさらに弱体化させる。環境や経済、医療、安全性を改善させようという政府の試みをくじくものなのです。そして、炭素に関する規制など環境上の規制の妨げにもなります。

炭素価格の設定

パリ協定の政治的実現性は、企業が炭素価格を取り入れるかどうかにかかっています。多くの企業がすでに炭素価格の導入を始めています。興味深いことに石油会社の中にもすでに掘削のために炭素価格を導入しているところがあり、排出規制に適応しようとしています。各国政府や企業は、いずれ炭素価格が導入されることを考えるべきだと思います。私は、炭素税が実現性があり、炭素価格を導入するインセンティブを与える重要な方法だと考えています。またキャップ・アンド・トレード方式(排出総量に上限を設け、過不足分を取引する方式)の採用もあります。

宇沢先生が関心を持っておられた平等性についてですが、グリーンファンドの導入はまさに必要です。途上国支援のための大気安定化基金と統一された炭素価格を設けた方が良いと思っています。国によって価格が違うと、そこで恣意的に物事が変わり、汚染産業が炭素価格の低い国に移転します。これは良いことではありません。ですから、高い共通の炭素価格を設けることが必要だと思います。グリーンファンドの利用に当たり、貧しい国々には補償という形で公平さを維持しなければなりません。

竹本 ここからは会場からコメントやご質問をお受けします。

国境での課税

質問1 スティグリッツ教授は炭素税や国境での課税の重要性を述べています。私は、今度の米国大統領選で、TPPに反対する候補が勝ってほしいと思っているのですが、候補者の中には、20%ぐらい関税をかけると言っている人もいます。20%関税をかけたら、実は気候変動対策としては極めて有効な対策になり、米国の財源も上がるような気がするのですが。

スティグリッツ 私が国境を越えた税金と呼ぶのは、炭素税に同意しない国のための国境税です。国際的な貿易協定の下では、補助金を与えることは違法となっています。もし政府が労働者にお金を支払えば、それは助成金になります。しかし、国際関係では、そのような助成金に対し、それを相殺するような措置を取ってもいいということになっています。企業が大気を汚染しながら、それでお金を払わされない、あるいは賃金を払わない、などは皆、助成金と同じことになります。ですから、私が言いたいのは、助成金のようなものを相殺するための税金です。企業が汚染しているのに、そのコストを払わせない政府・国などに対し、国境で税金を払わせるということで、非常に狭義な意味のものです。そうした隠れた助成金に対しては、貿易の協定には、相殺関税というものが許されています。そういう規定の中で、私たちは本当に実施できるようなメカニズムを持ってグローバルな協定に対応することが必要です。

米国の大統領選の話がありましたが、米国は繁栄の共有がなされておらず、社会的に持続可能ではなかったのです。米国の平均所得は25年前とほぼ同じで、底辺の90%は3分の1世紀にわたってほとんどゼロ成長で、社会の底辺にいる10%の人たちの現在の最低賃金は、60年前、つまり1955年1月時点よりも低いのです。繁栄の共有がされてきていないため、社会的には持続可能ではないのです。だからこそ、一部の選挙民には不満がたまっており、それがトランプ候補の人気につながっているともいえます。個人的には民主党候補に当選してもらいたいと思っていますが、そうなれば、繁栄の共有という原則に基づく新しい経済モデルが構築されるでしょう。

国際機関の担うべき役割

質問2 気候変動に関する国際的枠組みを作る際、国連などの国際機関がどのような役割を担うべきか、ご意見をお聞かせください。

スティグリッツ 国連は今回のCOP21の交渉では非常に中心的な役割を果たしました。気候変動は国際的な問題で、国連はそのような問題に取り組むために作られた国際組織です。ですから今後も、国連は中心的な役割を果たすでしょう。気候変動問題は、われわれが現在直面している最も大きな問題の一つなのです。

松下 私自身も国連に少し勤め、また国際交渉に参加したことがありますが、一般的に言って、気候変動に関しては、気候変動枠組条約の事務局が果たす役割は非常に大きいのです。国連や気候変動枠組条約のミッションに基づいて、事務局として各国の合意が求められるように動きます。ただし国連は主権国家の集合体なので、主権国家がどう動くかが重要です。パリ協定が曲がりなりにも合意できた背景には、主要なプレイヤーであった米国と中国が首脳会談で事前に一定の合意ができ、それがほかの国に対して前向きなインセンティブを与え、議長国であったフランスが巧みな外交努力をし、各国の意見をできるだけ取り入れて合意に結びつけたという背景がありました。

ですから、基本的には、各国が国内でどういうイニシアティブをとるかが鍵で、パリ協定も、各国が今後どういうアクションをとるかに関わってきます。それを決めるのは各国の有権者であり、日本の場合なら、日本政府に対して国民が積極的な対策を求めていくということが必要になってきます。

サステナブルな成長

質問3 宇沢先生の主張されたことでは、サステナブルということが一番大事なことなのではないかと思うのですが、日本ではアベノミクスという形で、日銀のゼロ金利など、経済的に発展する方向でやっていきたいということが社会的には多数である一方で、地方では人口消滅という危機感を抱えています。そのような国内的な課題とサステナブルな成長との調和についてどのように考えていったらいいのでしょうか。

スティグリッツ 金利がマイナスになるということと、日本の成長についていろいろな質問が出ています。マイナス金利が意味することは資本コストが非常に低いということでもあります。したがって、投資は行うべきです。グリーンへの投資、炭素削減への投資は今行うべきであって、気候変動対策に向けてさまざまな投資をしていくべき時期です。

成長を考える時、成長そのものが目的ではなく、どのような成長を遂げていくのかを考えなければなりません。グリーンな成長を遂げるために投資を行い、グローバルな環境を改善できれば、それは良い成長になります。

もし成長することによって人口の下半分の生活が改善するのであれば、これもまた重要な種類の成長ということになります。人口の中で大きな部分を占める人びとの今の生活が中流社会の生活ではないということです。例えば、米国では非常に多くの人が貧困に苦しんでいて、これは日本も同じでしょう。きちんとした基盤を設けて、生活水準を改善していかなければならない。必要とされている成長というのは、繁栄の共有ができるような成長であって、十分に成長が遂げられることによって貧困層の生活が改善することが必要です。

松下 地域がどれだけ持続可能に発展できるかというのは、最終的には地域の人的資本や自然資本がどれだけ継続的に地域にサービスを提供できるかにかかっています。そうすると、人口が減少しても、再生可能エネルギーや、地域の人が雇用される産業を興す、地域の中で資金と資源を循環させる仕組みを作る、などその地域ごとに応じた適正な形で、地域で人と物と資源を循環させる仕組みを作っていくことが大事だと思います。政府は、そういった動きを支援する仕組みを作る必要があると考えます。

今回スティグリッツ先生は安倍首相に国際金融経済分析会合の最初の外国の有識者として呼ばれて来られました。消費税は先送りした方がいいと助言したということだけが報道されていますが、実は消費税よりは、むしろ環境税、炭素税を導入すべきで、企業減税をするよりは研究開発に対する助成をすべきだと言われたようです。

単にアベノミクスで経済の規模を大きくして、株価を上げて、輸出を増やして円安にすればいいということではないのです。プラネタリーバウンダリー(地球の境界)の中で、いかにして人びとがより持続的に安心して生活できるか。スティグリッツ先生は、理論経済学者として活躍された後、クリントン政権における経済諮問委員会委員長をされ、世界銀行で副総裁として現場に赴き途上国の実態を見てこられて、現実の人びとの生活を直視して、具体的な提言をされています。宇沢先生とスタイルは違いますが、理論的な分析に基づきながら現実の人びとの生活を見て、より良い経済のフレームワークを作ろうとされている、その一端を本日お聞きすることができて、大変よかったと思います。

竹本 本日は、宇沢先生の専門的な業績を共有しながら、今日的な課題に対しても挑戦をする議論ができたのではないかと思います。ありがとうございました。

(2016年3月16日東京都内にて)

タグ:, , ,