INSIDE CHINA 現地滞在レポート~内側から見た中国最新環境事情第38回 VOC汚染排出賦課金徴収の動き

2016年12月15日グローバルネット2016年10月号

地球環境研究戦略機関(IGES)北京事務所長 小柳 秀明
研究員 黄 堅

中国独自の汚染物質排出賦課金「排汚費」制度

中国では1979年に制定された環境保護法(試行)(1989年に正式施行、2015年に改正法施行)の時代から汚染物質排出賦課金に当たる「排汚費」の徴収制度を設けて、試行錯誤を重ねながら汚染物質を排出する企業などから排出量などに応じた賦課金を徴収してきた。日本にはない中国独自の制度である。そして、排汚費の徴収対象となる汚染物質も時代の変遷とともに新たな物質を追加してきた。また、排汚費の単価(単位汚染物質排出量の金額)も増額してきている。現在、排汚費徴収対象の主要な大気汚染物質としては、二酸化硫黄、窒素酸化物、一酸化炭素、塩素ガス、塩化水素、フッ化物、一般粉じん、煤じん、水銀、鉛など数多くある。水質汚染物質や廃棄物なども当然徴収対象になっている。

2013年初めから顕在化した激甚大気汚染の原因物質として微小粒子状物質(PM2.5)が注目されると、その対策に全力が注がれたが、最近ではPM2.5生成の主要な原因物質の一つである揮発性有機化合物(VOC)の対策に重点がシフトしつつある。そして、VOCも排汚費徴収対象にする動きが出ている。

一部地域で試行的にVOCに係る排汚費徴収開始

2015年6月18日、企業のVOC排出削減を促進し、VOC汚染抑制技術を高め、生活と生態環境質を改善するため、財政部、国家発展改革委員会および環境保護部は合同で「揮発性有機化合物排汚費徴収パイロット事業規則」を制定した。これを受けて早速、北京市、上海市などではVOCに係る排汚費徴収を試行すると発表した。今年5月末時点で、全国で10の省レベルの地方政府がVOC排汚費徴収の試行実施を明らかにしている(表)。パイロット事業なので当然各地方における実施方法は異なる。

表 VOC排汚費徴収パイロット事業試行実施省市

2015年 9月  北京市
12月 上海市、江蘇省、安徽省
2016年 1月  湖南省
3月  四川省
4月 天津市、遼寧省、浙江省
5月  河北省

国が定めたこの規則では試行対象業種をVOC排出量が多い石油化学工業と包装印刷業の2業種に限定したが、一方で、各地方政府は現地の実情に基づき試行対象業種を追加することができるとした。このため、北京市では自動車製造、電子工業、家具製造の3業種を追加した。また、上海市では、塗料インク製造、船舶製造、自動車製造、家具製造、電子工業、工業塗装、工業塗布、医薬品製造、ゴム製造、木材加工の10業種を追加した。 以下でこれら2市の対応事例について少し詳しく紹介する。

北京市のVOC排汚費徴収制度

北京市は2015年9月15日に「揮発性有機化合物排汚費徴収基準に関する通知」を公布した。この通知では、同年10月1日から石油化学工業、包装印刷、家具製造、自動車製造、電子工業の5大業種の17小分類業種においてVOC排汚費を徴収すると定めた。この5大業種は工業分野における主要なVOC排出源であり、その排出量は全市VOC排出総量の約80%を占めている。対象企業は約2,000社になる。

排汚費の徴収に当たっては、汚染排出者のVOC排出抑制対策の実施状況に応じ、徴収単価を差別化している。VOCクリーナープロダクション審査に合格し、かつ排出濃度が北京市の定める排出限度(排出基準値)の50%以下で、当該月に環境保護部局から環境汚染に関する処罰を受けていない者の徴収単価が最も低く10元/kgである。一方、排ガス処理設備を設置しない、または排ガス処理施設を適切に運転しない、もしくはVOC排出基準を超過して排出したなどの環境汚染行為(違反行為)があった場合の徴収単価は40元/kgと最高額になっている。その他の場合の徴収単価は20元/kgである。このように優良企業と規則違反のある不良企業の間に4倍の格差を設けている。

さらに同通知では、排汚費徴収関連法規命令に違反した場合は、環境保護部局が「排汚費徴収使用管理条例」(国務院令第369号)などの法令に従い、期限を定めた納付命令、過料、操業を中断しての是正命令などの措置を取るとしている。また、その他の汚染物質に係る排汚費と同様に一括して北京市財政の排汚費特別資金に納入され、汚染排出企業などの汚染防止対策に用い、企業の継続的な排出削減を奨励するなど使途などについても定めている。

上海市のVOC排汚費徴収制度

上海市でも北京市に続いて2015年12月21日に「上海市揮発性有機化合物排汚費徴収パイロット事業実施規則」を制定し、VOCに係る排汚費の徴収を開始することとした。

上海市が指定したパイロット事業の対象業種は以下に記すように3段階に分けて拡大していくようになっており、最終的には上述の12大業種(71の小分類業種)の約2,000社が対象になる見込みである。北京市や他の地方と比べて徴収対象業種は幅広く、上海市の工業系VOC重点排出業種をほぼすべてカバーしているのが特徴である。

第一段階では、国が指定した二つの重点業種に加え、塗料インク製造、船舶製造、自動車製造の計5業種(13小分類)が対象となる。これら5業種のVOC排出量は市内工業排出総量の70%を占める。2015年10月1日にさかのぼって起算し、徴収単価は10元/㎏である。

第二段階は2016年7月1日から開始し、工業塗装、工業塗布を加えた計7業種(53小分類)が対象になり、市内工業排出総量の80%を占める。徴収単価は15元/㎏に上がる。

第三段階は2017年1月1日から開始し、家具製造、電子工業、医薬品製造、ゴム製造、木材加工を加えた12業種(71小分類)が対象になり、市の工業VOC重点排出業種と重点企業がほぼ全部対象となる。徴収単価は20元/㎏に増額する。

その他、北京市と同様に企業の自主的環境改善を促すために、市が定めた「上海工業VOC対策プラン」が要求する排ガス処理を実施し、排出濃度が排出上限値の50%以下で、かつ、当該年に環境保護部局から処罰されたことがない場合は、排汚費徴収額を半分に減じること、逆に同プランの要求する排ガス処理を実施せず、あるいは排ガス処理設備の稼動異常またはVOC排出基準を超過して排出したなどの環境汚染行為があった場合には、排汚費徴収額を2倍にすることにしている。上海市環境保護局では、この規則の実行により2017年末には上海市の工業VOC排出総量は50%以上減少すると予想している。

その他江蘇省など8省市では、国の指定した2業種について排汚費を徴収する措置を進めている。

環境保護税制定の動き

最後に、排汚費徴収制度と密接な関係のある環境保護税制定の動きについて簡単に紹介しておきたい。

かねてより環境保護税法制定の動きがあったが、昨年6月に国務院法制弁公室が法案を発表し、今年に入って初めて全国人民代表大会(全人代。日本の国会に相当)で法案の審議が開始された。9月3日には全人代から法案に対するパブコメを求めている。この法案の骨子をざっくりといえば、今まで環境保護法に基づく排汚費として徴収していた汚染排出賦課金に代えて法に基づく環境保護税として徴収しようとするものである。徴収の仕組みは基本的に今までの排汚費徴収制度を引き継ぐ。この法案では今のところVOCは徴収対象になっていないが、パイロット事業の成果を見ていずれ正式に徴収対象になるものと思われる。

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