日本の未来に魚はあるか?~持続可能な水産資源管理に向けて第2回 東京五輪「おもてなし」にふさわしい魚とは?
②望まれる漁業改善プロジェクト

2016年11月15日グローバルネット2016年11月号

Ocean Outcomes 日本プログラムディレクター 
村上 春二(むらかみ しゅんじ)

国際オリンピック委員会によってロンドン五輪以降導入された運営指針「サステナビリティ」は五輪において重要なテーマであり、大会にて優先的に提供される水産物はMSC認証※1(天然)もしくはASC認証※2(養殖)水産物との流れが構築されている。このような流れの中で、2020年に開催を控える東京五輪において日本がどのようなグローバル・リーダーシップを発揮するのか大きな注目を集めている。

持続可能な漁業を取り巻く現状

現在、国内でMSC認証を取得したのは北海道のホタテ漁業、京都のアカガレイ漁業、そして宮城県のビンナガマグロとカツオ一本釣り漁業の3漁業が存在し、ASC認証については宮城県のカキ養殖漁業が存在する。なお、ロンドン五輪より流れとなっている持続可能な水産物を優先的に提供する風潮は日本国内漁業者にも徐々に知られてきており、日本漁業の持続可能性の向上に対し機運が高まっている一方、現状の国内MSC/ASC認証水産物の供給量では大会において十分な供給量が確保できない可能性も課題の一つと認識されている。そのため、MSC/ASC認証取得水産物の調達だけではなく、持続可能な漁業を目指し漁業の改善に着手する漁業者からも調達することは、日本漁業の持続可能性の向上の底上げとなり、より多くの漁業が持続可能な漁業に近づくこととなるため、今後日本において重要で有意義な取り組みと考えられる。

漁業改善プロジェクト(FIP)

現在、世界の総漁獲量のうち約10%がMSC認証取得済みと報告されている。その現状で世界の水産資源問題を包括的に解決するためには、残りの約90%について持続可能な漁業を目指し改善することを促す仕組みが必要と考えられる。 そこで紹介したいのが「漁業改善プロジェクト(FIP)」である(下表)。これは漁業者、水産関連企業、流通業者、第三者機関(NGO)などの利害関係者が協力し、漁業の持続可能性の向上に取り組むプロジェクトである。正式に「漁業改善プロジェクト」と公言するためには、Conservation Alliance for Seafood Solutions(持続可能な水産物を実現するために立ち上げられた環境団体の連盟)が作成した「FIPガイドライン」に沿ったプロセスが必要である。 

漁業改善プロジェクト(FIP)とは? ~市場と連携する持続可能な漁業への取り組み
事前審査 ・MSC基準と対照
・第三者機関が審査=独立性の確保
計画 ・具体的なステップや時間枠を組み入れた計画の作成
・利害関係者間で同意形成
情報発信 ・審査結果、計画などを情報開示=透明性の確保
市場との連携 ・漁業関係者と流通ビジネスがつながる機会
・市場での差別化
進捗状況モニタリング ・進捗を半年ごとに確認
・情報開示

まずは①MSC認証基準に基づき各漁業の現状を審査する事前審査を第三者機関が実施し、どこに課題があるのかを特定する。②そして課題を解決していく上で関与が必要と考えられる漁業関係者、地方自治体、地域研究機関、流通や市場における利害関係者を特定し、課題を解決・改善する具体的な期限やステップを含む計画を漁業者と共同作成し、どこから改善を進めていくかについて同意する。その後、③透明性を確保するためにプロジェクトの詳細情報(漁業関連情報、利害関係者、審査結果、改善計画など)をWEBサイトなどで公開する。なお、④改善計画の進捗状況を確認するため、定期的に進捗状況モニタリングを実施し、その情報の公開と改善内容の見直しや調整を行う。 

厳格な国際基準に基づき、審査プロセスなどを含む情報を公開することで厳格性と透明性を担保し、第三者機関と協働することにより独立性を確保することにつながる。自信を持って国際基準に基づいて漁業を改善し、持続可能性の達成を目指していると発信することが可能となる。

持続可能な水産物市場

米国や欧州市場において、水産関連企業がこのような漁業の持続可能性の向上に取り組む漁業者から積極的に調達することは、一般的な調達基準となっている。例えば世界最大の小売企業ウォルマートは2006年に取り扱う水産物はすべてMSC認証水産物のみにすると公表したが、2011年、彼らは調達方針の見直しをする必要があった。その背景には彼らの需要を満たすに十分なMSC認証を取得した水産物供給量が存在しなかった、という事実があった。そこで同社は調達方針を「MSC 認証取得か同等の認証エコラベル取得、もしくは公的な漁業改善プロジェクト(FIP)」へ改訂し、責任ある行動を伴う調達水産物の枠組みを広げることを決断した。 

これは単に店頭に陳列する“責任ある水産物”を増やすという目的だけではなかった。ウォルマートは、水産資源を利用している責任ある企業として、持続的な水産資源の利用に貢献することで、資源の減少というリスクの軽減および長期的に安定した水産物の供給の確保を目指した。さらに水産企業に限らず、水産資源に依存する地域漁業者に対しても有益であるという合理的な理由から決断を下したのだった。加えて、積極的に MSC認証基準に基づき漁業の持続可能性の向上に取り組む漁業者から調達することが世界における水産資源問題に対する効果的なアプローチであり、そして何よりビジネスとして必要不可欠な取り組みと考えているからである。 

このようなウォルマートの調達方針は取引先である主要な水産物の買い付け企業に対して大きな影響を与えることとなった。例えば、大手水産卸売企業であるGorton’sはこのような調達方針を掲げたウォルマートとビジネスを継続するため、同様の条件で水産物を調達し供給する必要性が生まれ、それは最終的に取引先である漁業者に対し大きな波及効果を生み出し、漁業の持続可能性の向上へとつながった。 

2006年頃から始まったこの動向により、現在北米市場においては持続可能な水産物の市場価値は115億米ドルに達し、その90%以上の市場シェアを占めるとされる大手主要小売業者25社のうち約3分の2の企業がFIPに対し積極的に調達すると公約している。なお、企業と漁業者が連携し、水産資源の持続可能性の向上に取り組むことは、一つの共通認識となりつつあり、2012 年から2015 年の間でFIPに取り組む漁業者は約 3倍に増加し、水産資源の回復に貢献しているだけではなく、それらを調達する多くの水産関連ビジネスの繁栄のため、責任ある企業としてのリーダーシップを発揮している。

オリンピックを見据えたFIPの今後

日本は水産物の消費国、漁獲国、そして輸入国として国際的な水産資源問題に大きく関与しており、日本における変化は世界的な問題に影響すると考えられる。世界の漁業のうち約90%が「過剰漁獲状態にある」「漁獲拡大の余地のない状態」と評価され、日本においても水産庁の資源評価をみると、評価対象魚種(52魚種84系群)の約80%は「低位」「中位」と評価されており、漁業資源の回復とそれを持続的に維持する管理や取り組みの強化が必要と求められる。 

東京オリンピック・パラリンピックは、国際的な日本のリーダーシップが試されるとともに、サステナブルなレガシーを世界に発信する重要な契機となるだろう。大会において、独立性、透明性、厳格性を担保した第三者機関と協働し、持続可能な漁業を目指し国際基準に基づき改善を行う漁業から積極的に水産物を調達することができるのか。水産資源問題に貢献し、自信を持って幅広い水産物を提供する「おもてなし」ができるのか、注目される。

※ 1 持続可能な漁業でとられた水産物の認証制度
※ 2 環境と社会に配慮した責任ある養殖水産物の認証制度

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