特集/シンポジウム報告WISE FORUM 2016
~にっぽんの未来を考える3日間~:2日目「生活・教育」柳沢 幸雄さん

2017年03月15日グローバルネット2017年3月号

フェアウッドを使って家具製品を生産・販売するワイス・ワイス(本社:東京都渋谷区)が昨年創業20周年を迎え、10月26 ~ 28日に「WISE FORUM 2016 ~にっぽんの未来を考える3 日間~記念シンポジウム」を開催しました。「真の豊かさとは?」を全体のテーマとし、「環境・フェアウッド」「生活・教育」「社会・経済」の三つの分野について、それぞれの第一人者・専門家が講演し、会場の参加者と議論を繰り広げました。本特集では、その3分野の基調講演の内容をご紹介します。本シンポジウムの記録映像や資料はこちらよりご覧頂けます。(2016年10月26~28日、東京都内にて)

2日目「生活・教育」

未来を創るのは子供、それとも大人?

開成中学校・高等学校校長
東京大学名誉教授 工学博士
 柳沢 幸雄(やなぎさわ ゆきお)さん

労働生産性が低い日本

日本は労働生産性が非常に低いといわれています。OECD34ヵ国のうち21番目。G7に加わっている先進国7ヵ国の中で一番下です。つまり一生懸命働いているのに、努力の割には生み出している富が少ないのです。

しかし、私たちは皆勤勉で、一生懸命働いています。日本の物づくりは世界一、とくに職人技は素晴らしいと誰もが信じています。そして、手順が決まっていて繰り返しやっている定型の仕事はきめ細かく、合理的で無駄がなく、非常に生産性が高いです。

では、なぜ日本の労働生産性がこれほど低いのか。それは、「非定型の仕事の生産性が極めて低いから」なのです。非定型の仕事というのは、一つずつ判断しながら進める仕事で、物事を決めるのに多くの人数を使うために労働生産性が低くなります。欧米なら一人で決められることを、日本は3人、場合によっては10人で決める。一つのことを一人で決めた場合の労働生産性が1だとすると、10人で決めれば0.1でしかないのです。

その原因を考えると、日本型経営の特徴として一時期もてはやされた「終身雇用」と「年功序列」という雇用形態にぶち当たります。

労働生産性を高めるために終身雇用とFA制を提案

年功によって、誰でも意思決定に関わることができるのが年功序列制です。多人数が意思決定に参加するので、生産性が低いです。そして意思決定に対する責任者が不明確です。つまり年齢とともに責任あるポジションに就くので本人にはあまり自覚がなく、リーダーシップが欠如するとともに、多くの人が関わることによって冒険ができなくなり、前例を踏襲して物事が決まっていきます。

ここ20年の間、日本のGDP(国内総生産)は増えていません。GDPが増えない代わりに、国の借金である国債が増えました。この借金はこれからも残ります。最近、オリンピックに関連して「レガシー(遺産)」という言葉をよく耳にします。さまざまな競技団体が東京オリンピックを契機として、レガシーを残すことが大切だという議論があります。しかし、われわれは間違いなくレガシーとして多額の借金を次の世代に残している。それはわれわれの世代、あるいは次の世代が返していかなければいけないのです。

そのような状況下で、終身雇用と年功序列制度が非定型の事柄に関する労働生産性を低めていることが明らかになってきました。そこで、私は終身雇用制とフリーエージェント(FA)制を組み合わせると少しは良い方向に向かうのではないかと提案したいと思います。

日本の労働者の身分は手厚く守られています。その結果として適材適所に人を配置することができない。なおかつ年功序列制なので、皆、同じ場所での昇進を期待しています。しかし、この20年間の日本の経済状況を見ると、多くの会社がつぶれたり買収されています。

そこで日本の社会の労働生産性をもう少し高め、しかも安心して仕事もできるよう考えると、決められた形や手順で物を作る、あるいは指示されたことを実行するような定型業務について、終身雇用制を維持すればよいのではないかと考えています。そして同一労働・同一賃金とすれば、失業はせず、終身雇用は維持されます。

一方、野球で、所属チームとの契約を解消し、他チームと自由に契約を結ぶことができるFA制のように、前述の定型業務の終身雇用契約を解消し結果責任を負い、それに見合った報酬を得て、意思決定業務に関わった人が、その結果次第で俸給もその後の処遇も変わるという形にすれば、責任感が強くなり、少人数で責任を負って決定することになる。そういう形を作り上げることによって、日本の労働生産性を高めることができるのではないかと思うのです。

「三無の世界」を生きる未来の子供たち

では、借金というレガシーを背負わせている次世代に対し、われわれはどう対応していくべきか。子供に対する親の最も基本的な望みは何かというと、「親の寿命が尽きても自立できるような力を身に着けてもらいたい」ということです。

次世代を担う子供たちがこれから過ごす世界というのは、10年後には細かく指導してくれるような先生はいない、20年後は技術の革新によって今は存在しないような職業に就いているかもしれない、さらに30年後には年功序列の習慣もない。このような三つの「ない」世界、「三無の世界」を生きることになると思うのです。

日本を含む7ヵ国の13~29歳の若者を対象に内閣府が実施した意識調査によると、「自分自身に満足しているか」という問いに対し、「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と答えた日本の若者は半数以下でした。一方、欧米ではほとんど80%を超えています。また、「自分には長所があると感じているか」という質問についても、「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」と答えた日本の若者は70%以下で、最も高いアメリカは93%の若者が自信を持っているという結果でした。つまり、日本の若者の自己肯定感や自信は際立って低いのです。

年齢層別で見ると、20~24歳の自己肯定感が極めて低く、自信についても、やはり20~24歳は60%という結果でした()。20~24歳というのは、教育期間を終え、社会に巣立つ年齢です。

日本の教育では、なぜこの時期に自己肯定感や自信が極めて低い「巣立ちのミスマッチ」が顕著に表れるのでしょうか。ニートやフリーター、引きこもりなど、教育機関と実社会との間の連結にミスマッチを起こしてしまった人たちの現状とその理由を考えると、彼らは教育期間中、周囲と同じ色に染めて自分を目立たせないことで異質性を排除し、競争を回避してきたのではないだろうか、ということがいえるでしょう。競争のない社会はある意味ユートピアかもしれませんが、選ぶ自由があるからこそ競争が発生するのです。多くの人が選択したい分野では、当然競争は激しくなり、それによってそれぞれの居場所が決まっていく。つまり、「同質性の世界」というのが教育機関であり、これが社会とうまく連結されていないのではないでしょうか。

ミスマッチをなくすためにどうしたらいいのか。自分を目立たせないことで異質性を消し、競争を回避してきたような状況から脱却し、それぞれの得意分野で競争すればいいのではないでしょうか。

自立して人生を生きていけるよう親離れ・子離れを

では、子どもが自立して人生を生きて行けるようにするためには何が必要なのか。とくに中学生段階で重要なのは「親離れ・子離れ」だと思います。

子どもはある年齢から自然と親離れを始めます。自分がちゃんと生き残るためには、親が元気なうちに親から離れて自立できるよう準備をしなければいけない、という動物の摂理、本能なのです。しかし、子離れというのはなかなか難しいのです。人間以外の生き物は、子どもが自立するころに親が死んでしまうので、本能でなく、必然として親が子供の自立を促します。しかし、幸いなことに人間の寿命は長く、子供が親離れを始めてから、場合によっては100年近く生きるかもしれません。ですから、親は死なないからこそ、本能でも必然でもなく、意識して子離れをしなければいけないのです。

しかし、このように意識しても、とくに愛情が優先しがちな異性の子供からの子離れは難しいと思います。その時には親は自分自身の親離れの経過を思い出してみると、子離れと親離れの問題を意識的に解消することができます。

若者の自己肯定感と自信を育むために、垂直比較で具体的に褒める

日本の若者の自己肯定感と自信を育むためにはどうしたらよいか。例えば中学・高校生の時代から自分で選択し、判断し、実行する、という社会における意思決定の手順を経験させればいいでしょう。子供は経験不足なので、自由に振る舞い、自分で行動していると思えるよう親が仕向けてやればいい。これは大人の行動様式なので、大人の社会へスムーズに順応することができるようになります。

その具体的な仕向け方として私が提案するのは、「垂直比較で具体的に褒める」ことです。何より褒めることが大事です。若者の93%が自信を持っているアメリカの人々は、状況に合わせていろいろな言葉を使い分けて徹底的に具体的に褒めます。amazing、 awesome、brilliant、clever、cool、elegant、enoughなど、いろいろな種類の褒め言葉があるのです。一方、日本には「ばかだなあ」など、けなし言葉はたくさんあります。つまり日本はけなす社会であって、アメリカは褒める社会なのです。

やはり、褒められると自信が湧き、やる気になります。ですから、子供の過去と今を比較して、進歩した点、努力した点を具体的に褒めれば、子供は無理なく自身の素質に合わせて伸びていきます。同時に親の持つ価値観を子供に伝えることもでき、子供も自信を持てるようになるのです。

第35代アメリカ合衆国大統領のジョン・F・ケネディは、1961年1月20日の就任演説で「アメリカ市民の皆さん、国があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが国のために何ができるかを考えようではありませんか」と述べました。私は皆さんにこのように訴えたいと思います。「日本の大人の皆さん、次世代があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたが次世代のために何ができるかを考えようではありませんか」。

今の社会を作っているのはわれわれ大人です。そして大きな国債というレガシーを作ったのもわれわれです。こういう事実を忘れることなく次世代を育てる、そのためにはわれわれ自身が自らの責任を自覚し責任をきちんと負う、という行動をとることが、この閉塞状況にある日本を変えていく一つの大きな方法だと思うのです。

柳沢 幸雄(やなぎさわ ゆきお)さん: 開成中学校・高等学校 校長、東京大学名誉教授、工学博士

1947 年生まれ。東京大学工学部化学工学科卒業。

71 年システムエンジニアとして日本ユニバック(現・日本ユニシス)に入社。74 年退社後、東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻修士・博士課程修了。ハーバード大学公衆衛生大学院准教授、併任教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授を経て2011 年より現職。著書『東大とハーバード 世界を変える「20 代」の育て方』(大和書房)『なぜ、中高一貫校で子どもは伸びるのか』(祥伝社新書)など。

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