フォーラム随想交雑したニホンザルの殺処分をめぐって

2017年05月15日グローバルネット2017年5月号

自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎

今年の2月末、千葉県・房総半島の高宕山自然動物園で飼育されていた164頭の「ニホンザル」のうち、57頭が特定外来生物のアカゲザルとの交雑個体であることがDNA鑑定により判明し駆除された。このことが、動物園を所管する千葉県富津市から発表されると、交雑が起きたのも元をたどれば人間の落ち度によるもので、駆除という殺処分はあまりにむごいとの批判が新聞の投書欄などに寄せられた。

房総半島の丘陵部には、古くからニホンザルが生息している。ニホンザルは、全国6ヵ所で生息地指定の天然記念物であり、「高宕山のサル生息地」は1956年に国の天然記念物になった。当時、T-1~T-4と名付けられた四つの群れがおり、その中のT-3群が、高宕山に毎日通った地元の篤志家によって餌付けされ、高宕山自然動物園で飼育されることになったのである。

アカゲザルは、自然状態ではアフガニスタンから中国南部に分布している。房総半島には、戦後になって南端の地域に観光施設の集客のために導入された。ところが1960年代に、飼い切れなくなった施設から多くの個体が放されたか逃げ出し、野生化したのである。

ニホンザルもアカゲザルも、若いオスが群れから離れ単独で生活する習性を持っている。交雑が起きた高宕山自然動物園では、メスのニホンザルが、おりの老朽化した部分から園外と出入りし、近くまで進出していたオスのアカゲザルと交尾したと考えられている。

高宕山は私にとって懐かしい所である。ニホンザルの生態を研究していた友人の誘いで、1970年代によく訪れたからである。その頃、房総半島ではニホンザルが増え、畑の作物や果樹が食べられる被害が問題になり始めていた。

私の友人たちは、農業被害への影響を明らかにするためにも、サルの群れの遊動域と摂食パターンを把握しようとしていた。私たちは、調査対象のT-1群のサルたちを観察しようと、群れが山の中をすばやく移動するのを必死に追いかけたのを思い出す。

私が驚き、今でも鮮明に覚えていることがある。1972年に、群れの中に尻尾の長い子ザルを見たのである。ニホンザルは尻尾が数㎝と短いのに対し、アカゲザルは体形や顔立ちはよく似るものの、尻尾が25~30㎝と長い。私が見た子ザルの尻尾の長さは、アカゲザルの半分くらいであった。

殺処分の問題に戻ろう。

最近、よく話題になる外来種の問題は、その種が本来の分布圏ではない日本の環境に人為的に移され、もともと生息していた在来生物種の生存を脅かすことにある。

ニホンザルの場合は、それだけでは済まない。ニホンザルは、近縁のアカゲザルおよびタイワンザルと交雑可能、すなわち繁殖力を持つコドモを産めるのである。異種間交雑は生物種の消滅に直結し、長い進化の過程で形成された生物多様性の根幹を成す、「種内の遺伝的多様性」「生物種の多様性」「生態系の多様性」を危険にさらすことになる。

高宕山自然動物園の交雑個体の殺処分は、生物多様性の保持のためにやむを得ない判断であった。一方で、国や地方自治体が交雑個体の殺処分を行う時、十分に社会的な合意を得る必要性を感じた。

日本にはいい手本がある。20年ほど前、紀伊半島南西部の観光施設からタイワンザルが放され、野生化して数を増やしニホンザルとの交雑も確認された時、和歌山県は県民からアンケート調査で合意を得て、交雑個体を安楽死させることを決断したのである。

さらに重要なことがある。サルに限らず、ペット動物の飼育をひと度始めた者は飼育を放棄してはならない。ペット動物を自然に放すことが自然に帰すことにならないことを、私たちは社会全体で共有しなければならないのである。

私はペット動物遺棄のニュースに接するたびに、高宕山で見た子ザルを思い出すのである。

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