日本の未来に魚はあるか?~持続可能な水産資源管理に向けて第5回 グローバルなサプライチェーンに隠された海の人権問題

2017年05月15日グローバルネット2017年5月号

国際環境NGO グリーンピース・ジャパン
小松原 和恵(こまつばら かずえ)

普段自分が口にする魚が、誰が・どこで・どのように捕ったものか知っていますか? ひょっとするとその魚、違法に捕られていたり、倫理的に問題があったりするかもしれません。

私たちの食卓を彩る魚介類の裏側には、グローバル化し、とてつもなく複雑に絡み合ったサプライチェーンが広がっています。近年、海外での報道により、日本でも東南アジアを中心とした水産業界における奴隷労働や人身売買などの人権問題に注目が集まっています。日本は、アメリカ・欧州連合(EU)・中国と肩を並べる魚介類の輸入大国。例外なく日本にもその社会的責任が問われています。

国内では魚離れが進み、消費量は減少傾向にありますが、日本は変わらず世界有数の魚介類消費国です。とりわけ、クロマグロやウナギの多くは日本で消費されており、その過大な消費が大きな要因となって、これらの魚が国際機関によって絶滅危惧種に指定されてしまったことは、目をそらしてはいけない事実です。

過剰漁業に端を発するさまざまな問題を解決するには、政府・企業・消費者のすべてが責任を認識し行動に移すことが必要不可欠です。しかし、スーパーや回転寿司店など、絶滅危惧種が至る所で販売されている日本の現状を見ると、どうもこの問題が他人事として捉えられている感が否めません。

世界中の海で野放しにされている悪質な漁業

世界の海、とくに公海は監視の目が届かないことから、環境・社会犯罪が見過ごされる無法地帯となっています。漁業における人権侵害は世界全体の問題であり、多くの場合、違法・無報告・無規制に行われる漁業(IUU漁業)など別の犯罪にも関与しています。国連は、世界の水産物の最大で約31%がIUU漁業に由来すると指摘しており、国内消費のおよそ半分を輸入に頼る私たちも無関係ではありません。

日本の海でも、必要な承認を得ずに太平洋クロマグロを捕ったり、漁獲量に関する報告を偽ったりと、相次いで不正が発覚しましたが、これらもまさにIUU漁業です。

遠洋マグロ漁業と洋上転載、人権問題とのつながり

東南アジアの水産業界において、深刻な人権問題がまん延していることは有名な話ですが、グリーンピースは、とくに遠洋マグロ漁業を問題視しています。遠洋マグロ漁船は、漁獲した魚を洋上で運搬船へ移し(洋上転載、写真)、代わりに食料や燃油を補充することで、数ヵ月から数年の間にわたり港に戻ることなく、監視の目が届かない遠洋で漁を続けます。それ故、洋上転載を行う漁船はIUU漁業や人権問題の温床となり、違法に捕られた魚がサプライチェーンに紛れ込むことになります。2015年に行われた洋上転載のうち40%が公海で実施されたと推定されていることから、洋上転載を利用したIUU漁業の実態がわからないばかりか、麻薬・武器・野生動物の闇取引などの組織犯罪との関与も懸念されています。

グリーンピース・東南アジアによる調査レポート『Turn The Tide(日本語版『変化の波』)』では、洋上転載と人身売買・強制労働とのつながりを明らかにしています。タイの遠洋マグロ漁業では、安い労働力を確保するために、カンボジアやミャンマーからの移民が人身売買されることが常態化しています。そして、乗組員は遠洋で漁船に拘束され、まともに賃金を支払われず、時には1日20時間もの労働を強制され、働きが悪ければ暴行を受けます。栄養失調や過労、虐待によって命を落とす乗組員もたくさんいます。

タイ・ユニオンと日本とのつながり

グリーンピースは、タイの水産業界で絶大な影響力を誇る世界第3位の水産会社かつ世界最大のツナ缶製造会社タイ・ユニオンに対し、2015年10月よりキャンペーンを実施しています。人権問題や破壊的な漁業をサプライチェーンから排除するよう求めた署名活動には、世界中から50万人以上が参加しました。

タイ・ユニオンは効率的にマグロを捕るための人工集魚装置(FADs)を使用して捕る必要のないサメやウミガメなども多く混獲して犠牲にし、強制労働や人身売買などの組織的な人権問題にも関与しているとして、消費者の非難の的になってきました。

同社の主力製品はツナ缶ですが、主な輸出先はアメリカ(39%)とEU(33%)で、日本の割合はわずか6%です。そのためタイ・ユニオンの製品は、日本の消費者にはなじみがないかもしれませんが、マグロ製品全体においては、日本はアメリカやオーストラリアと並ぶトップ3の輸出先に入ります。同社にはペットフード部門もあり、その最大の顧客はペットブームに沸く日本です。また、1992年に日本有数の商社である三菱商事と、日本最大のツナ缶会社であるはごろもフーズが同社とビジネス提携をしたことで、世界企業へと成長を遂げました。

ペットフード業界に大きな変化

問題のある魚を食べているのは人間だけではありません。2015年、ペットフード業界大手のネスレが、奴隷労働に由来する魚と知りながらもタイ・ユニオンから提供された原料を使用しキャットフード「ファンシーフィースト(Fancy Feast)」を製造・販売したとして、アメリカの消費者が集団訴訟を起こし、社会的に大きな問題となりました。グリーンピースは、同じくタイ・ユニオンから原料の魚を調達しているペットフード大手のマースに対し、2016年12月に「Cats vs Bad Tuna」キャンペーンを開始。人権侵害に関与している疑いのある同社のサプライチェーンの浄化を求めてきました。

今年3月には、国際的な世論の高まりを受け、ネスレとマースが、人権侵害に関与し違法に捕られた水産物をサプライチェーンから排除する方針を発表しました。ネスレはそのサプライチェーンにおけるすべての洋上転載を禁止することを、マースは同社のサプライチェーンにおける洋上転載を確認し、サプライヤーの対応が不適切な場合には洋上転載に由来する水産物の使用を停止することを約束しました。これにより、2社に水産物を供給するタイ・ユニオンは、人権侵害やIUU漁業の根絶に向け、洋上転載の取り締まりを含むサプライチェーンの浄化を求められる形となりました。

太平洋で洋上転載を行う東南アジアのマグロ漁船

解決のカギは、サステナブル・シーフード

このように、日本で消費される魚介類が違法漁業や人権問題と無縁であることは非常に難しくなっています。これらの問題を排除するためには、政府や管理機関による規制管理だけでなく、水産物を取り扱うすべての企業が自社のサプライチェーンを浄化する必要があります。

しかし、グリーンピース・ジャパンが毎年実施している、大手スーパーマーケットの魚介類の調達方針を調べるアンケート調査の結果を見ると、その取り組みは十分ではありません。サプライチェーンの浄化のカギとなるのは、魚介類商品が店に並ぶまでに経由してきた流通・加工過程、そして実際に魚を捕った漁船に至るまでのすべての旅路をさかのぼり明らかにできること(トレーサビリティ)と、必要な情報が得られる体制(透明性)です。そして最も重要なのは、私たち消費者が、海にも人にも配慮をした責任ある方法で調達された魚介類「サステナブル・シーフード」を食べたいと声に出すことです。今回グローバル企業に起きた変化は、一人ひとりの消費者が地道に訴え続けた結果に他なりません。世界の水産業・消費市場の主役である日本が、重い腰を上げ、持続可能な漁業のために動き出す日を世界中が待っています。

タグ: