特集 ミツバチと、生態系と農業を守るために~日本でも求められるネオニコチノイド系農薬の使用規制~ミツバチ保全で広がりを見せる欧米の企業・NGOの動き

2017年07月20日グローバルネット2017年7月号

一般財団法人国際貿易投資研究所 客員研究員
児玉 徹(こだま とおる)

10年ほど前から世界中で見られるようになったミツバチの大量死。その原因は日本でも広く普及しているネオニコチノイド系農薬であるといわれ、欧米を中心に使用を規制する動きが進んでいます。ハチミツ採取だけでなく、野菜や果樹の受粉に関わるミツバチの減少が及ぼす農業への影響は大きく、問題は深刻です。本特集では、すでに使用規制の強化を進める欧米の企業やNGOの最新の動向を紹介し日本で今後緊急に求められる対策と課題について考え、ミツバチの大量死に見舞われた養蜂家の現状と現場の声、都市養蜂や障がい者とともに取り組む養蜂などの新たな試みについて紹介します。

 

ミツバチの群の大部分が女王蜂や幼虫などを残したまま突然失踪してしまう現象、つまり蜂群崩壊症候群(CCD)は、2006年に米国各地で報告されて以来、欧州を中心にさまざまな国で報告されてきた。

CCDの報告を契機として、多種多様な農作物の生産に必要な花粉交配においてミツバチが極めて重要な役割を担っていることや、そうした需要に応じるためのミツバチの供給数が圧倒的に不足していることがニュースやドキュメンタリー映画で取り上げられ、世間の耳目を集めた。こうした事態に直面して欧米では、さまざまな主体が、CCDの原因として名指しされたネオニコチノイド系農薬の使用禁止に向けた活動のみならず、ミツバチを含む花粉媒介生物のための蜜源地帯の保全や持続可能な農業技術の普及、消費者への啓蒙といった幅広い課題に向けた活動を展開してきた(本稿で詳細は触れないが、こうした活動はニューヨーク、ロンドン、パリなどでの都市養蜂の活発化にもつながった)。

この点に関して、農薬規制に関する欧米政府の動きは日本のメディアでも取り上げられてきた。例えば欧州連合(EU)の政策執行を担う欧州委員会は、2013年12月から部分的に禁止しているネオニコチノイド系農薬の使用を全面禁止にする案を現在検討している。米国では、2014年にオバマ大統領がミツバチ減少問題の解決のためには官民の協力が不可欠であると指摘し国家レベルの対応を宣言した覚書に調印したが、その後も、依然として連邦レベルでのネオニコチノイド系農薬の禁止は実現していないが、2016年にメリーランド州議会が全米で初めて州レベルでネオニコチノイド系農薬の使用を規制する法案を可決した(2018年に施行予定)。

他方で、欧米における企業のCSR活動やNGOの動きは、その重要性にもかかわらず日本ではあまり知られていない。

米国のNGOの動き

2006年にCCDが報告されて以降、欧米ではさまざまなNGOが活発な運動を展開してきた。例えば米国では、約200万人の会員と約500人の弁護士を職員として抱える天然資源保護協議会(NRDC)や、100人以上の弁護士を職員として抱えるアースジャスティス(Earthjustice)が、米国環境保護庁(EPA)に対して強力なロビイングを展開し、ミツバチの受粉活動の重要性やCCDと農薬の関係性に関する調査情報を提供しながら、ネオニコチノイド系農薬を禁止するよう訴えてきた。同時に法廷闘争も積極的に展開してきた。NRDCは、CCDと農薬の因果関係に関する情報をEPAが非公開にしているとの主張に基づき2008年にEPAを提訴し、今年2月には絶滅が危惧されるマルハナバチの一種を連邦レベルでの絶滅危惧種リストに登録しなかったトランプ政権を提訴した。また、アースジャスティスは、ネオニコチノイド系農薬の一種であるスルホキサフロルの使用を認可したEPAを2013年に提訴した。

2014年のオバマ大統領の覚書に同調しながら、企業や政府とのパートナーシップ推進に力を入れてきたNGOもある。例えば、1997年の設立以来、花粉媒介生物の保全活動を推進してきたThe Pollinator Partnershipは、アーモンド生産者団体、ボーイング、食品大手のゼネラル・ミルズといった団体・企業とともに「Business for Bees -American Business Collaboration for Pollinator Conservation Action」というプロジェクトを立ち上げ、花粉媒介生物の保全を目的としたさまざまな活動を展開している。

同じく花粉媒介生物の保全活動に古くから関わってきたXerces Societyは、米国農務省とゼネラル・ミルズとともに2016年にパートナーシップを形成。同パートナーシップに基づき農務省自然資源保全局とゼネラル・ミルズが5年間にわたり拠出する400万米ドルを用いて、Xerces Societyと同局が共同で生物学者を七つの州に派遣し、農家に対して花粉媒介生物の生態に順応した農業技術や環境保全方法を伝授している。

他方で、約600万人の会員を抱えるNational Wildlife Federationは、数十の環境NGOや公園関連団体とともにNational Pollinator Garden Networkという組織を2014年に形成した。同組織は、100万人近い園芸家と1万5,000近くの学校の庭園とのネットワークに基づきながら、花粉媒介生物の保全に取り組む公園・庭園の増加に取り組んでいる。

欧米企業のCSR活動

ミツバチの減少によって自社ビジネスに影響を受ける企業も、さまざまな活動を展開している。農産物から原料を調達する食品メーカーはその典型例だ。

例えばユニリーバは、2016年の同社WEBサイト記事において、欧州、米国、中国、日本などの国で発生したミツバチ減少問題に懸念を表明し、同社のブランド商品であるコールマン・マスタードの原料生産に従事する英国の農家とともにミツバチのための蜜源確保などに取り組んでいること、そして同社の別のブランドであるクノールの名前を冠したKnorr Sustainability Partnership Fundという100万ユーロ規模の基金を立ち上げ、蜜源の保全などを含む持続可能な農業に関連した多様なプロジェクトを支援していることを紹介している。

ネスレの英国・アイルランド支社は、2014年の同社WEBサイト記事において、環境NGOのThe Wildlife Trustsとともにサッカーコート250個分の野生の蜜源地帯を2015年までに新たに作り出す活動に従事していることを紹介している。

ミツバチの減少は、蜂蜜を成分とする美容商品を製造する企業にとっても重要な問題だ。LVMHグループの一員である香水・化粧品メーカーのゲランは、2014年の同社WEBサイト記事において、Brittany Black Bee Conservatoryという団体とともにフランス・ブリュターニュ地方のウェサン島に生息するミツバチの保全活動に従事していること、この活動を通して同社のスキンケアクリームに使われる特殊な蜂蜜を持続可能な方法で生産することに成功していること、養蜂家支援のプログラムも実践していること、これらの活動により2013年にフランスの環境省より表彰されたことを紹介している。

サプライチェーンに影響力を持つ小売業界も動きを見せている。米国では、2016年に小売大手のコストコが、今年5月にはウォルマートとトゥルーバリューが、契約農家に対してネオニコチノイド系農薬の使用を控えるよう促す方針を表明した。

英国では、セインズベリーが2006年より同社店舗の敷地内に養蜂箱を設置して野生ミツバチにすみかを提供する取り組みを行っており、現在ではそうした店舗は100以上に達する。マークス&スペンサーも、2013年に、Co-opやB&Qといった企業・団体などとともに英国政府に対してミツバチ減少問題に関する国家レベルの対処を求めている。

カギを握る社会的責任投資と消費者行動

ミツバチの減少問題については、一部の機関投資家からも懸念の声が出始めている。例えば金融大手のシュローダーは、2014年に「The Bee and the Stockmarket」と題するレポートを発行し、ミツバチなどの花粉媒介生物の減少は第一次産品の価格上昇をもたらし、関係する企業のキャッシュフローに影響を与えること、しかしこの問題に対する企業側の対応はまだ不十分であることなどを指摘した。

ただし、こうした声は投資業界ではまだ限定的だ。上述のようなCSR活動が広がりを見せていくためには、機関投資家が社会的責任投資を実践しながら企業への圧力を強めていくことが重要だ。

そして消費者による購買行動や投資・寄付行動が、ミツバチ保全に向けた企業やNGOの活動を後押ししていくことは言うまでもない。消費者への啓蒙については、政府やNGO、企業だけでなく、教育現場も責任を負っている。

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