日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第5回 マグロの資源管理のお手本ここにあり―青森県・深浦 

2017年08月17日グローバルネット2017年8月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

青森県ではマグロ漁というと下北半島の大間の一本釣りが有名だが、実は同じ青森県でも日本海側にある深浦町の方が水揚げが多い。最近の太平洋クロマグロ(本マグロ)の漁獲割当問題では、国内の他のブロック(漁業区)が割当枠をオーバーしている中、漁法や漁期を工夫して実績を上げている深浦町の資源管理が注目されている。世界一の消費国である日本のマグロ漁の実情をもっともっと知りたいという願いを胸に、目指せ! 青森県一のマグロ漁の拠点、深浦町。

マグロ漁獲量は県内一

早朝、宿泊先の弘前から西の日本海側に向かった。事前に調べると深浦への近道として世界遺産の白神山地の北側を走る白神ラインという道路の存在を知った。白神山地は屋久島とともに日本で初めてユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録され、自然保護に関心を持つ者にとって聖地。ブナの巨木や白神岳を展望できるというが、レンタカー会社のWEBサイトに「未舗装、未整備で危険。迂回してください」という警告文とともに、谷底で腹を見せている車の画像が……。訪れた5月中旬はまだ冬季閉鎖中で結局走行はできず。

日本海側の海岸線は事前にインターネットのグーグルアースの衛星写真で確認した。漁業が基幹産業であることを示すように漁港が点在している。海岸を走る国道101号線沿いには「千畳敷海岸」や海の中で日本海に沈む夕日が見られるという「黄金崎不老不死温泉(こがねさきふろうふしおんせん)」といった観光スポットがあるが、いずれもそばを通り過ぎただけで、さらに南下して十二湖まで足を伸ばし、車の窓越しに景色を堪能した。

この日の訪問先である株式会社あおもり海山の加工センターは、深浦町の中心地から少し離れた内陸側に入った林の中にあった。取締役営業部長の野呂英樹さんと加工センター長の堀内淳さんに深浦のマグロ漁について説明してもらった。

かつてのマグロ漁が衰退し、深浦でマグロが再び捕れるようになったのは15年ほど前からで、同じように大間も20年ほど前からという。驚いたのは定置網に入った魚は7~8割は逃げるという事実だ。

マグロ加工販売のあおもり海山は、親会社でマグロの仲買をしていた総合建設・水産事業を営む株式会社ホリエイが3年前に地元の振興のために設立した。最新の冷凍施設を備えた加工センターでは地元の従業員約20人が働いている。

現在、扱っているマグロは深浦産のものが中心で、ホリエイが水揚げしたものを加工センターに運んで冷蔵室で熟成させ、うま味であるアミノ酸を引き出す。サク(柵)状態に切断すると-55?℃で急速冷凍、真空パックし冷凍庫に保管する。漁獲時期に関係なく冷凍加工して通年の安定供給に取り組んでいる。トン単位で加工する大規模な施設は日本海側では唯一の施設。津軽半島や大間など県内の他地域で捕れるマグロも加工している。

深浦町でのマグロ漁は海の中に網を仕掛けて、入り込んだ魚を捕らえる定置網漁。日本海側から津軽海峡を通り、太平洋側へ移動する途中で捕らえる。

定置網は、1,600m×500mの巨大なものだ。沖合い2?㎞以内に設置する。1基で2億円もかかるので、資本力のある企業でないと難しいという。

定置網の漁獲シーズンは5月から8月にかけて。8月以降ははえ縄、一本釣りのマグロを扱う。ホリエイの漁獲量は、ブリ、タイ、サワラ、マグロが主なところ。マグロは80tで最も多いのはブリの800t、次いでタイ200t。取材の1ヵ月後に上京し、会社が卸している居酒屋チェーン店「四十八漁場(よんぱちぎょじょう)」を訪ねたが、あいにく入荷がない時期だった。

徹底した資源管理の実施

太平洋クロマグロは資源量が激減し、国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定している。その資源量を回復させるため、国際機関の中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)は2015年、30?㎏未満の小型魚の漁獲量規制を導入。日本には上限は4,007?t(2016年7月から2017年6月末まで)が割り当てられた。ところがこの枠は今年4月に上回ってしまった。

今シーズンの想定外の豊漁や、他の魚種を捕る定置網にマグロが入り込む混獲が原因だとされる。さらに密漁などの違法もある。全国6ブロックのうち深浦のある第6ブロックだけは割当量の半分程度にとどまっている。ホリエイや地元漁協などが漁を早く切り上げたり、回数を減らしたりする対策が効を奏した。

割当量の超過分は、翌年分から差し引かれるとともに、水産庁はクロマグロに総漁獲可能量(TAC)制度を適用して上限を超えて漁を続けた漁業者に懲役や罰金を科すなど規制を強化する。小さいマグロまで捕って定置網漁ができなくなると死活問題になる。

ホリエイは東京海洋大学などの研究グループと共同研究して定置網の一部に逃避口を設けたり、網目を大きくしたりして小さいマグロを逃がしている。

インタビュー中に何とも都合がいいことに、マグロ漁獲規制をテーマにしたNHKの「くらし☆解説」というテレビ番組を一緒に見ることができた。前日に取材があったそうで深浦町のマグロ漁の映像もあった。

漁獲枠を守れない理由として、ホリエイの取締役でもある野呂さんは、高価なマグロに誘惑されて自制心が働かなくなることを指摘する。しかし「うちのような法人形態の漁獲であればルールを守ることができます」と自信を見せる。

資源を大切にするホリエイと、あおもり海山の経営は徹底しており、サクにして残った副産物、頭(カマ)などは冷凍して販売し、以前は捨てていた頭蓋骨や背びれなども粉末(飼料、肥料のほか、だしやペットフードなどの原料になる)にする業者に販売している。1匹当たりの廃棄率は50%程度とされるが、ここでは10%ほどしかない。

過疎から地域守る使命

インタビューを終えると深浦町を散策した。古くから栄えた港町は、立原岬(作家五木寛之のペンネーム)作詞『旅の終りに』(歌:冠二郎)に出てくる「北の港の小さな酒場」があるような雰囲気。上方と蝦夷地を結ぶ北前船の交易で栄えた歴史を伝える「風待ち舘」で復元船を見終えると、受付で売っていた「ふかうら雪人参」の缶ジュースを味わった。雪の下から収穫される有名なニンジンの味はフルーティーで甘かった。

観光案内所のあるJR五能線の深浦駅に立ち寄ると、「夕陽のまち深浦町」のパネルが目を引いた。

こんなに魅力のある町も例に漏れずに人口減少、過疎が進行している。「若い人を町に定着させたい」。野呂さんの言葉を思い出すと、地元ファーストのホリエイの存在が頼もしい。深浦町ではニジマスを養殖する大規模な事業化も進んでいるという。地元に軸足を置いた、たくましいビジネスモデルを期待したい。

時間にせかされて次の取材地、鯵ヶ沢へ急ぐ。ご当地グルメ「深浦マグロステーキ丼」(マグステ丼)には出合えなかったが、途中で買った大根にサケを挟んだ飯寿司(いずし)を頬張ると、「うまいでがんす!」。その土地を訪れて得る発見の数々。地域おこしのヒントはまだまだありそうだ。

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