シンポジウム報告 気候変動によるリスク―私たちはどう立ち向かうか―(その1)<基調講演>アジアにおける気候変動の影響とリスク 第5次評価報告書の知見

2017年11月15日グローバルネット2017年11月号

気候変動は、すでに存在しているリスクを増幅し、自然および人間システムにとって新たなリスクを引き起こし
ています。さらに、貧困や、内戦などの暴力的紛争のリスクにも間接的に影響を与える可能性も指摘されています。
このような気候変動によるリスクについて考えるシンポジウム「気候変動によるリスク―私たちはどう立ち向かう
か―」が9月13日に東京・千代田放送会館にて開催されました(主催: 環境省・外務省・国連広報センター)。その
内容を11月号と12月号に分けてご紹介します。
 今月号では、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の副議長による基調講演を中心に、パネルディスカッショ
ン登壇者によるプレゼンテーション内容の一部をご紹介します(2017年9月13日東京都内にて)。

IPCC副議長
テルマ・クルーグさん

IPCCが想定する四つのシナリオ ~問題の原因なら解決の担い手に

下の図は、IPCCが作成した中で私が最も素晴らしい成果だと思うものです。気候変動によって見られる現象は、人為的活動によって影響を受けているということが明らかになりました。私たちが問題の原因であるのなら、解決の担い手にならなければならないと思うのです。

図 人為起源のCO2 の年間排出量(出典:IPCC 第5 次評価報告書 統合報告書)

この図は非常に重要性が高いです。1950~2012年に観測された人為的な発生源からの排出量が示され、その後の排出量の変動を予想しています。これから私たち人間が進んでいくべき経路を選択できることがわかります。

IPCCはモデル開発に集中的に取り組んでおり、そのベースとなるのがシナリオです。人口規模、経済活動、ライフスタイル、エネルギー消費、土地利用パターン、技術、気候政策などを考慮した上で、将来がどういう展開になるか、シナリオに盛り込みます。

IPCCは四つのシナリオを想定しています。一つは緩和がかなり大きく行われ、66%の確実性でパリ協定が一つの目標として掲げた気温上昇2℃未満の範囲内にとどめるシナリオです(RCP2.6)。それには多大な努力が必要となります。もう一つはこのまま生活を何も変えずに続ける無策のシナリオで(RCP8.5)、かなり大きな気温上昇が予想されます。その間に二つの異なるシナリオがあります。

最も厳格なシナリオ(RCP2.6)の場合、今世紀末までに平均気温上昇は平均1℃(0.3~1.7℃)と予測されます。一方、無策のシナリオ(RCP8.5)では、平均3.7℃(2.6~4.8℃)と予測されており、極めて恐ろしいシナリオといえます。

東アジア地域についての情報

第5次評価報告書(AR5)のアジアに関する章(第24章)では、アジア地域を六つのサブリージョンに分けました。51ヵ国をカバーしており、日本は東アジアに含まれています。

すでに観測されている影響や予想される影響、結論の裏付けとなる情報量など、サブリージョンごとに異なります。とくに北部、中部、西アジアでは多くの分野において情報が不十分であるとされています。その理由としては、情報にアクセスできない、またはアクセスできたとしても十分ではない、ということが挙げられます。つまり知識のギャップによって結論を導き出せないという状況です。

一方、東アジアは情報が多くそろっており、観測されている影響および予想されている影響いずれについても結論を導き出すことができています。

分野別では、人間の健康、安全保障、貧困、生活について予想される影響については最も情報が整備されていないので、次回の評価報告書(AR6)では改善できればいいと思っています。

また、東アジアについて情報が不十分な分野は、淡水資源、とくに水の供給と、食料生産システムと食料安全保障です。

気候変動の影響を最も受けやすいアジアの沿岸の低地に住む人々

一方、アジアで気候変動の影響を最も受けやすいリスクにさらされているのは、AR5では、沿岸の低平地(氾濫原)に住んでいる人たちであるとしています。これはアジアの都市人口の半分に相当します。海面上昇によって、例えば熱帯サイクロンの影響を大きく受けることになりそうなのは沿岸の低平地です。たとえサイクロンの発生頻度が今と同じでも、海面上昇の影響により沿岸の低地の人たちが大きく影響を受けることになり、アジアの人口の9割以上がサイクロンのリスクにさらされていることになります。

2070年代までに資産が価格変動リスクにさらされることが最も予想される20都市のうち13はアジアの都市です。気候変動によって沿岸の生態系にもさまざまな影響が出ることが予想されており、陸域、淡水、海洋生物種の地理的生息区域、移動、回遊パターンなどの変化も予想されます。

農業分野に大きな影響~AR6では各地域の適応策の評価も

アジアの人口の58%が農村部で生活し、そのうち81%は農業で生計を立てていますが、雨や地下水に依存しないと十分な水を確保することができない状況です。人口増やかんがい農業、工業化、生活水準の向上による一人あたりの消費の増加などは、アジアの多くの国で水不足を招きかねない要素となっています。東アジアの雨不足と水資源の過剰利用による水不足は、社会経済、農業、環境に悪影響を与えているといわれています。

対策としては、かんがいにおける節水技術の向上、貯水池の整備、水の生産性の向上、作付けシステムの変更、水の再利用など、水資源管理の向上が挙げられます。

そして、東アジアの大部分、または南アジア、東南アジアがさらされている気候変動の累積的なリスクは非常に高くなっており、気候変動が気温や降雨量に与える影響はこの地域の食料生産、食料安全保障にも影響すると予想されています。

第4次評価報告書(AR4)では、気候変動が作物の収量減少につながるとしていましたが、AR5ではこれを一歩先に進め、地域または作物によっては生産性の向上も実現し得ると結論付けており、マイナス面だけでなくプラス面も報告されています。

さらに、海面上昇は耕作可能面積の減少につながり、多くの地域で食料供給が減り、とくに稲作に影響するとしています。これまで作物の育種や植え付け時期の調整、水の管理、作物の耐病化などさまざまな適応策が提案・実行されてきましたが、これらの適応策がどれだけ効果的かということに関する研究は、AR5においてはあまり進んでいないため、アジアでは多くの適応策が実施されているものの、その実効性に関する評価は十分ではありません。そのため、AR6では気候変動の地域的な側面に焦点を当て、知識ベースを充実させ、それぞれの地域における適応策の実効性についても評価したいと考えています。

基調講演で話をするテルマ・クルーグさん

アジアにおける気候関連災害リスク

アジアは2000~2008年、世界で最も多く気候関連の災害に見舞われ、世界全体の27.5%に当たる、大きな経済損失を受けています。

死亡リスクは人口規模に比べれば下降傾向をたどっていますが、洪水による死亡リスクはアジアに集中しています。

気候変動リスクを管理するためには適応策と並行して緩和策も進める必要があります。各国政府には地方自治体の適応の取り組みを調整し、脆弱な人々を守り、経済の多角化を支えていく役割が期待されています。また、情報、政策、法的枠組み、財政面の支援も進めていかなくてはなりません。

一方、地方自治体と民間セクターは、緩和においても不可欠な役割を果たすと認識されています。地域、世帯、市民社会への適応の取り組みについて技術を高め、リスク情報を管理し、資金を提供するという役割が期待されています。

AR5には、二つの主要なメッセージが含まれていました。一つは温暖化の程度が悪化すると、深刻で広範に及ぶ不可逆的影響が発生する可能性が高まるというメッセージ、二つ目は気候変動のリスク全体は気候変動の程度と速度を抑制することで軽減できるというメッセージでした。緩和策は気候変動の程度も速度も軽減し、ある一定の気候変動のレベルに適応するために必要な時間を、何十年というスパンで増やしてくれる可能性を秘めています。つまり、緩和策を遅らせれば遅らせるほど将来に向けてのレジリエントな経路のオプションを減らしかねないということです。

気候変動による追加的なリスク水準

将来の気候変動リスクについて、IPCCは五つの懸念理由を特定し、評価しています。その中でも固有性が高く脅威にさらされる「システム」のリスクが最も懸念されます。たとえ気温上昇が1℃にとどまったとしても、これらのシステムは脅威にさらされるとしています。

また、二つ目は熱波や豪雨、沿岸域の氾濫などの異常気象で、もうすでに、ある程度発生している中程度のリスクであり、1℃の気温上昇でリスクの度合いは高くなります。三つ目は影響の分布で、均等ではないということです。最も脆弱で打撃を受けるのが、貧困地域社会に住んでいる人たちです。2℃上昇するとリスクは高くなります。四つ目は世界全体で総計した影響で、生物多様性が失われます。1~2℃上昇するとリスクは上昇し、3℃上昇すると大幅に失われます。

そして五つ目は突如の不可逆的な変動を巻き起こす大規模な特異事象であり、3℃上昇するとリスクは大幅に高くなります。海面上昇で不可逆的な変化が起きる氷河溶解などが含まれます。

新たな評価報告書AR6~希望を与えてくれる作業

今回の来日前に出席してきたカナダ・モントリオールで開かれたIPCC第46回総会において、AR6を構成する三つの作業部会(WG)の報告書とともに、統合報告書の章立てが承認されました。これから各章について専門家の推薦および任命作業が始まります。

私はAR6はこれまでIPCCが発表してきた報告書の中でも最も野心的なものになると思っています。また、AR本体に加えて、①1.5℃の気温上昇に関する特別報告書(2018年9月)②海洋と雪氷圏に関する特別報告書(2019年9月)③土地関連(砂漠化、土地劣化、食料安全保障など)の特別報告書(2019年9月)の三つの特別報告書と温室効果ガス排出量推計方法のガイダンス:2006年版インベントリーガイドラインの改良(2019年5月)が予定されています。新たな報告書の作業は希望を与えてくれるものであり、新しいサイクルで、一層コミュニケーションが改善するよう期待しています。

科学は複雑で難しいです。しかし、IPCCの作業に関わっている皆さんの協力を得て、科学者だけではなく、一般市民の皆さんや各国政府に対して今まで以上に気候変動のメッセージを伝え、より効果的に政策決定ができるよう願っています。

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