環境研究最前線~つくば・国環研からのレポート第31回 福島支部が進める災害環境研究

2017年12月15日グローバルネット2017年12月号

地球・人間環境フォーラム
山田 智康(やまだともやす)

福島支部が進める災害環境研究

2011年3月に発生した東日本大震災(以下、大震災)から6年がたちました。東北地方太平洋沖地震の揺れと津波は北海道から関東に至るまでの広範囲に激甚な被害をもたらし、加えて東京電力福島第一原子力発電所事故による広域放射能汚染という災害は史上例のないものです。その復興は道半ばにありながらも着実に前進し、また復興支援のためさまざまな研究活動も行われています。

今回は福島県三春町に2016年に開設された国立環境研究所(NIES)福島支部を訪ね、設立の経緯とともに、被災地において大震災からの復興に貢献する災害環境研究の最前線を取材しました。お話を伺ったのは、支部全体の研究を総括されている大原利眞(おおはら としまさ)さんです。

福島支部の立ち上げまで

福島支部は、2016年4月に開設されたNIES初の地方組織です。その開設には、環境問題を専門とする公的研究機関として大震災からの復興に貢献していくという強い意思が込められています。

「大震災直後から、個々の研究者が自発的に調査研究を開始しました。未曽有の環境問題が発生したという共通の問題意識を持ち、研究者としてできることは何かと自問しての行動でした」と大原さんは当時のNIESの様子を振り返ります。続いて、広域大気汚染研究の専門家として「大気汚染物質が大気中に広がり、やがて地表面に沈着するというシミュレーション手法を、原発事故によって大気中に放出された放射性物質に適用しました」との端緒を話してくれました。大震災直後は茨城県つくば市にあるNIES自体が被災したこともあり、すぐには計算を始めることができず、結果を公表したのは厚生労働省(厚労省)の「水道水における放射性物質対策検討会」(2011年4月25日)が最初です。このシミュレーション計算がきっかけで、現在まで福島に関わることになったそうです。

大震災直後はボランタリーベースの研究でしたが、やがてNIESへの行政からの期待も本格化していきます。2011年11月には総額12兆円の震災復興補正予算が成立しましたが、その中で環境省からの委託研究「災害・放射能と環境に関する研究」が開始されました。これによって予算面での支援体制が整い研究が加速していきます。また大震災からの環境の回復・創造に向けた環境創造センター(仮称)の整備費用も補正予算内に盛り込まれ、センター設立に向けた動きも始まりました。2012年度に入ると、環境基本法改正(6月)により放射性物質が環境汚染物質の対象となり、福島復興再生基本方針の閣議決定(7月)、福島県環境創造センター(仮称)基本構想の決定(10月)といろいろな方針が決定していきます。この基本構想により、NIESが環境創造センターの設立運営に関わっていくことが明示されました。

センター設立には福島県、日本原子力研究開発機構(JAEA)、NIESの3機関が参加することとなり、それぞれの特長を生かしての連携・協力が期待されています。放射性物質の計測技術ではJAEAが先進的で学ぶところが多く、一方「被災地において放射性物質に対する心配が無くなった先に、人々が将来にわたって安心して暮らせる環境を創るための環境創造研究は、NIESが主体となって進めています」と大原さんはNIESの役割を強調します。まさに国内外の英知を結集して被災地復興と環境創造に貢献するためのトロイカ研究体制が整えられたといえます。こうした経過を経て、2015年8月に環境創造センター本館が、次いで2016年3月に同センター研究棟が完成し、4月にNIES福島支部が研究棟内に開設されました。

災害環境研究とは

災害環境研究は東日本大震災を契機に始まったと思っていましたが、NIESにおける災害環境研究の萌芽は大震災前からあったようです。その理由は近年、地球温暖化の進行によると考えられる大型台風や豪雨がもたらす水害、そして各地で起こる地震といった、大規模自然災害が多発していることです。大規模災害が起きると、災害廃棄物の環境中での適正な処理、あるいは化学物質漏洩や生態系変化のモニタリングなどのように、平時では必要のない緊急対応的な手法が求められます。一方で、豪雨などの危険を伴う自然現象に対して緩衝機能を果たすべき生態系が劣化していることが、災害の大規模化につながっている可能性もあります。災害と環境は密接に関係するという問題意識のもとで所内の議論を進めていたことが、大震災直後に速やかに研究を始動できる礎となったのです。

現在では、放射性物質により汚染された地域の環境回復を進める「環境回復研究」、環境と調和した被災地の復興まちづくりを支援する「環境創生研究」、東日本大震災をはじめとする災害への対応の経験や技術を生かして将来の災害に環境面から備える「災害環境マネジメント研究」を3本柱として災害環境研究が体系化されており()、つくば市のNIES本部とも連携しながら進めています。

図 災害環境研究の枠組み 環境回復研究は引き続き重要ですが、次のフェーズである環境創生および災害環境マネジメント研究に重点が移りつつあります

福島支部と災害環境研究の現在

現在の福島県では放射性物質によって汚染された廃棄物の処理が進みつつあります。また除染が実施されたこともあって、環境中の放射線量は事後直後に比べて低減しています。それに伴い避難指示が段階的に解除され、インフラや公共サービスの整備が進められています。福島支部では被災地の状況や要望に対応して、環境回復研究と環境創生研究を重点的に進めています。大震災によって破壊された環境を回復し、地域産業を創生して、人々が安心して暮らせる地域社会を作ることが今後の福島県にとっての最重要課題です。大原さんは環境創生研究の意義を「環境に配慮した持続可能な地域社会を新たに創るチャンスでもあります」と強調します。この研究成果は、これからの日本を持続可能な社会にシフトさせていくためのモデルケースとなるのではないでしょうか。

福島支部を開いた最も大きな成果は、「地元の住民や関係者とのコミュニケーションが進んだことだ」と大原さんは言います。福島支部を含む環境創造センターは、数多くの見学視察などを通して研究成果を伝える場となっています。地元で採用された職員とともに働き、地元に暮らすことで、現地の状況をよく知ることができます。研究者が各地を訪ねての出前講座も回数を重ねています。従来、科学者の仕事は科学的真理の追究に重きが置かれていましたが、大原さんは「いかに研究成果を社会に還元できるかが問われている」と言います。福島を拠点に行う災害環境研究はその典型といえ、非常に面白く、また重要な研究の場であるとの言葉が印象に残りました。

大原さんへの取材後に、環境創造センター内で一般に無料で公開されている交流棟(コミュタン福島)を訪れてみました。迫力のある映像とわかりやすい実験装置や模型を使って、放射線や福島の現在と未来について解説されていました。われわれ一人ひとりが災害からの復興を支えるとともに、環境を守り育て、科学を学ぶ意識を持ち続けることが未来につながると感じました。

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