日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第10回 漁業への理解深める食堂「万祝」―千葉県・銚子漁港

2018年01月16日グローバルネット2018年1月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

キーワード:「水揚げ量日本一」、「未利用魚」、「マグロ」、「キンメダイ」

三方を海に囲まれた千葉県は、日本屈指の漁業県である。外房の銚子沖では寒暖流が混ざってプランクトンが多く、好漁場。銚子漁港は古くから沿岸、沖合、さらに遠洋漁業の拠点港として栄え、水揚げ量6年連続日本一を誇る。下調べして漁港の第一卸売市場にある海業支援施設「万祝」を取材のターゲットにした。銚子市漁協直営の食堂で、住民や観光客に港に水揚げされた新鮮な魚を食べてもらい、魚や漁業の現状への理解と、資源の有効利用を訴えているという。

競り風景が見学できる

漁港取材に備えて前日泊まったのは、銚子半島先端にある犬吠埼近くの宿。早朝に宿をたち、灯台のそばから太平洋に昇る日の出を拝んだ。岬に立つと、一回り人間が大きくなったような気分になる。思い出したのは作曲家弦哲也が作詞、自ら歌った『犬吠埼~おれの故郷~』(五木ひろし作曲)。歌の歌詞が目の前の壮大な景色に重なった。

この後、半島を走る銚子電気鉄道で16分。銚子駅に着くとレンタサイクルを使って万祝に向かった。店に入って店長の内山真吾さんにあいさつすると、「ちょうど市場でマグロの競りが始まったようですよ」と教えてもらい、第一卸売市場の別の入り口から市場へ。そこには100㎏程度のメバチマグロやカジキマグロなどがずらりと並び、競りの真っ最中だった。

マグロの競り風景

以前、東京の築地市場で見たような冷凍物ではなく、生マグロ。尾ひれの部分を切って切り身のサンプルを確認した仲買人らが入札し、電光掲示板に落札者が表示される。その様子を2階の見学用回廊から小学生が歓声を上げながら見守っている。廊下の一角には水揚げされる魚やさまざまな漁法を紹介する展示もあって、市場の目玉コースとなっている。

銚子漁港の水揚げ高は27万5,577t(2016年)で、内訳はサバが6割、マイワシが3割を占める。三つある卸売市場のうち第一卸売市場はマグロ類を扱い、第二はイワシやサバ、第三は底引き網などのヒラメ、近海サンマ、キンメダイなどと扱う魚種が決まっている。

第一卸売市場の建物は老朽化して改築を検討していた最中に東日本大震災で一部が崩壊し、建て替えることになった。2015年に完成し、延べ床面積7,300m2、衛生的に魚を扱えるよう床や排水などに配慮した高度衛生管理型の最新設備がそろう。見学コースからは、すぐに万祝へたどり着ける。店は銚子市漁協直営店(営業時間は午前8時から午後3時まで。火曜定休)で44席あり、海側の窓の外は港の風景が広がる。

魚と漁業知ってもらう

店の肩書「海業支援施設」は行政のネーミングで、店にある説明書は、魚の消費増加、漁師の生活向上、安定した魚の供給などを目的にしていることを紹介し、最後に「魚が何年もかけておいしく成長し、たくさんの人の手に渡りここまで来たことを忘れずにいてください」と訴えている。

内山さんは、東京の外食チェーン会社から出向して店長3年目。コンサルタントの役目も果たす。「週末は行列ができます」と食堂の好評ぶりにほほ笑む。銚子で水揚げされた魚を調理して出しており、人気メニューの丼物には「まいわい丼」や厳選素材を集めた海鮮丼がある。

未利用魚を使うのは、海業支援施設の趣旨に沿ったものだ。魚の名前が知られていなかったり漁獲が少なかったり、あるいは傷がついて「商品」として扱われない魚を有効に利用する。「売れない魚は扱わない」とされる流通段階の慣行に挑戦する試みでもある。内山さんによると、知られていないだけで、食べるとうまい魚は多いという。例えばサメ類やヒゲソリダイの名前を挙げる。ヒゲソリダイは関東などでは、なじみがない魚だが、味は非常に良く、刺し身や揚げ物など多くのメニューに使えるという。

内山さんは「以前は海のことや魚市場のことはそれほど詳しくはなかったのですが、店長になってから魚の仕入れもし、市場で漁師さんと言葉を交わして現場のことを理解できるようになりました」。さらに新鮮な魚のおいしさを知り、「料理だけしていたらわからなかったことが多いですね。漁業者とは違う魚の見方で漁業の大切さを訴えるようになりました」と振り返る。

自主的に資源管理対策

食事の用意ができるまで広い漁港を探索することにした。銚子漁港は水揚げした魚の加工施設、流通施設が整っていることが特徴で、関連の建物が密集している。万祝から電動アシスト自転車で利根川河口沿いを進み、第二、第三卸売市場を回った。途中には江戸時代に沖で遭難した犠牲者を慰霊する千人塚もあった。

第二市場には水揚げがなく、先の第三市場に着くと、ちょうど近海物がたくさん競りにかけられていた。銚子漁港には約200種類の魚が水揚げされるといわれ、ヒラメ、タイ、ガザミなど多彩だ。そんな中で鮮やかな赤色のキンメダイを見つけた。目が金色に光ることからキンメダイと呼ばれる。太平洋側では北海道の釧路以南の沖合の水深200~800mに生息する深海魚。名前とは異なりタイの仲間ではない。体長は50㎝ほどになり、白身で脂が乗った上品な味わい。関東では古くから煮付け魚として親しまれてきた。近年はそのおいしさが全国に広まり高級魚となっている。

銚子のキンメダイは、築地市場でブランド魚「銚子つりきんめ」として知られる。後で調べると、キンメダイ漁については早くから資源管理対策が講じられていることがわかった。1987年ごろから漁業者間の申し合わせによる漁具数や針数の制限を実施し、90年には地元沖合底引き網漁業者の操業自粛など、地域で自主的に資源保護活動を行ってきた。さらに後には1都3県(東京、千葉、神奈川、静岡)で太平洋南部キンメダイ資源回復計画実施へ進んだ経緯も知った。

キンメダイ

万祝に戻ると、未利用魚を使った一日8食限定の「まいわい御前」を味わった(税込み1,570円)。この日は台風の影響で近海物の入荷がなく、秋サケのちゃんちゃんホイル焼き、スズキとタコの刺し身、天ぷらという内容。正確には未利用魚といえないかもしれないが、毎日工夫を凝らしている意気込みが伝わってきた。

少し前に第三卸売市場で見たケース入りの大量の未利用魚を思い出した。市場の隅にあったケースには、いろんな魚が無造作に投げ込まれていた。競りにかけられない魚、つまり低利用・未利用魚といわれるものだ。こうした魚をおいしく食べることは「もったいない」精神にかなうことだ。

銚子でも地元の漁業者は減少、高齢化が進んでおり、漁業者と消費者の間にいる内山さんたちのような食のプロが漁業振興をアピールする意義は大きい。今後さらに万祝の知名度が高まり、市場見学コースと相乗効果でもっと多くの来訪者を呼び込むことが期待できそうだ。万祝の入り口の表示が地味に感じられたので「思いっ切り派手にしても違和感はないと思いますよ」と、竹内さんに改装リクエストをして店を後にした。

窓から港が見える万祝の店内

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