環境ジャーナリストの会のページ取材はチリツモ

2018年08月20日グローバルネット2018年8月号

日刊工業新聞社 記者
松木 喬(まつきたかし)

7月25日、愛知県内の染色工場を取材した。湯気がもくもくと立ち上る設備が並び、屋内なのにかげろうが見えた(見えた気がした)。

時間は14時。屋根は強烈な日差しを受けているのだろう。薄い天井から伝わる輻射熱と湯気で蒸し暑い。サウナは大げさだが、浴場にいる感覚だった。

染色には熱を必要とする工程が多く、ボイラーでガスを燃焼させて大量の蒸気を作り、工場のあちこちにある設備で利用している。沸点に近い熱々のお湯も使う。作業員は半袖を肩までまくり上げ、タオルを首に巻いている。体の前に送風機を置いていても汗は止まらない。

見学しながら「“明日から脱炭素化だ”と言われたらどうなるだろう」と考えた。染色工場はガスを使えなくなり、蒸気も熱湯も作れなくなる。操業困難となり、酷暑に耐えて働く従業員は生活ができなくなる。

再生可能エネルギー導入に賛成だし、化石資源に頼らない社会も目指すべきだ。しかし急速に脱炭素へかじを切ると社会や産業は混乱するだろう。専門家は構造変革による大打撃を「移行リスク」と呼ぶ。そのリスクを分析して示し、ダメージを和らげて脱炭素社会へ移行する道筋は、議論されているのだろうか―。

そんな偉そうな思考は、見学するうちに忘れていた。暑さのせいではない。取材の目的である省エネの取り組みを聞き、感心ばかりしていたからだ。

「チリツモ」(ちりも積もれば山となる)を合い言葉に、小さな省エネ施策でも実践しているという。設備メーカーに頼らず、社員がアイデアを出して実現した施策も多い。

その一つが水の再利用だ。蒸気から液体に戻った水、洗浄に使った熱湯などを集めて再利用する設備を持っている。それを工夫し、熱い水、ぬるい水と水温別に分けて回収するようにした。再利用先を振り分けるためだ。

高温の水を必要とする工程には回収した熱い水を送る。蒸気や熱湯にするために加熱に費やすエネルギーを減らす狙いだ。冷めたお湯を沸かし直すよりもボイラーのガス代はわずかなら減る。それでも7年、8年と続けると元が取れるという。まさにチリツモ。他にも自力で省エネ改造した設備があり、日本の製造業のたくましさを感じた。

そのうち自分たちで熱を使わない染色設備を開発してしまうのでは!? なんて思った。省エネであり、涼しく、働きやすい職場になるはずだ。設備メーカーも熱レスの設備を開発できたら売れるだろう。脱炭素社会への移行で生まれるビジネスチャンスだ。

翌26日、都内でLIXILと国連児童基金(ユニセフ)の記者会見に出席した。企業と国連機関がパートナーシップ締結って珍しいのでは。そんな気がして、会見前から内容が楽しみだった。

冒頭、締結の背景についてユニセフ事務局次長から説明があった。世界では23億人が完全に衛生的なトイレを使えない状況という。野外排せつは水質を悪化させ、不衛生な水が原因となった下痢などで1日800人の子どもが死亡している。

ユニセフは子どもたちの健康のためにトイレを普及させたい、LIXILは途上国にもトイレのマーケットを創出して衛生改善に貢献したい―両者の思惑が一致し、パートナーシップが結ばれた。

ユニセフが途上国政府にトイレの重要さを訴え、LIXILが低価格なトイレを提案するという役割分担だ。

この会見を振り返り、日本企業も社会課題解決をビジネスにする戦略が磨かれてきたのだと感じた。「本業でSDGsの目標6(水の衛生)達成に貢献する」なら、宣言できる企業は少なくないはず。それがSDGsの本家である国連機関とタッグを組むと説得力も増す。社会への貢献度が大きく、事業成長もしそうな予感がした。

話があちこちに行ってしまい申し訳ないのですが、この原稿の締め切りが7月26日。執筆を引き受けたもののネタがなく、25日、26日の取材の感想を書いて原稿を埋めました。強引にまとめると、取材も「チリツモ」ということ。一つひとつの取材を積み重ね、ブームに流されただけの記事は書きたくないと思っています。

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