特集/持続可能な観光とは~観光業の発展と環境の保全を両立できる社会を目指してボラカイ・イニシアティブ~求められる島の環境保全

2018年08月20日グローバルネット2018年8月号

持続可能な観光・開発ソサエティ代表&CEO、アジア・エコツーリズム・ネットワーク理事
スーザン・サントス・デ・カルデナス

観光市場は、国際的にも生活水準の向上などに伴い、急成長しているが、世界遺産登録地や手付かずの自然の残る観光地では、大勢の観光客が押し寄せるマス・ツーリズムにより環境が破壊され、無計画な開発などによって生態系も破壊されています。本特集では、観光業の発展と環境の保全を両立させ、自然と共存する観光地を実現するために、今後どのような取り組みが求められるのか、国内外の取り組み事例も紹介しながら考えます。
フィリピン政府は今年4月26日、観光客に人気のリゾート地、ボラカイ島を、環境汚染が深刻化したとして閉鎖した。閉鎖は最大6ヵ月間の予定で、違法建築物の撤去や排水処理施設の整備など、環境の改善策を進める。また、タイ南部のリゾート地、ピピ島のマヤ・ビーチも観光客の殺到によるサンゴ礁の破壊など生態系への影響を食い止めるため、6月1日から4ヵ月間の予定で閉鎖された。
このように観光客の急増により環境負荷が極限状態となり、閉鎖に追い込まれるまでになってしまった東南アジアのビーチリゾートの状況について、ボラカイ島の事例を紹介する。

パラダイスのような美しい島、ボラカイ島

私は数々の旅行雑誌で「世界で最も美しいビーチ」に選ばれたこともある、美しいボラカイ島を1980年代後半に初めて訪れた。台風のシーズンに、マニラからプロペラ旅客機で1時間かけてパナイ島のカリボへ、そこからボラカイ島への玄関口であるカティクランまでさらに70km陸路を進んだ。それは地元の人も鶏も一緒の、エアコンも無い長く厳しいバスの旅だった。その時期、ボラカイ島は南西の季節風「ハバガット」に見舞われる。そのため、私たちは目的地のホワイトビーチとは島の反対側に位置するブラボッグに上陸しなければならず、ホワイトビーチまで、水牛の引くカートで荷物を運びながら、歩き続けなければならなかった。

当時、島には電気もエアコンもお湯の出るシャワーも無かった。しかし、島での滞在は何もかも純粋で、まるでパラダイスにいるような時間を過ごすことができた。

失われたパラダイス

それから2年後に、ボラカイ島の開発初期のリゾート施設で観光事業などの運営に携わるようになるとは想像もしなかった。私はその後10年間もボラカイ島で勤務した。しかし、島は人であふれ、過剰に開発され、生態系のバランスは崩れ環境は悪化していると嫌気が差し、2001年に島を離れた。その時には島で最初の3階建ての建物が建設され、ゴルフコースの建設も計画されていた。

私が初めてこの島を訪れてからちょうど21年が経った2010年までに、さまざまな形、大きさ、価格のリゾート施設が何百も造られ、私が最初に見た、かつての平穏で完璧なパラダイスの面影はすっかりなくなってしまった。

開発計画はホワイトビーチの美しい海岸線のことしか考えられず、島はトラックや三輪車で混み合うロッジやレストラン、バー、商店が無秩序に密集し、世界の気候変動リスクどころか、適切な建築規制や自然環境の価値・保全、生態系の保護はまったく考慮されていなかった。雨期に天然の集水域となる湿地帯はすべて消滅し、マングローブや森もほとんどが失われ、海の生物多様性を考慮しない過剰な開発により、ビーチが荒廃してしまったことは言うまでもない。

1980年代中頃のブラボッグビーチ(写真提供:Rene Thalmann) 現在のブラボッグビーチ(写真提供:Ocean Hour Philippines)

ボラカイ・イニシアチブがスタート

2010年4月、私はイベントのゲストスピーカーとしてボラカイ島を再び訪れ、持続可能なイベント・マネジメントについて講演した。そして、国際的な環境団体であるレインフォレスト・アライアンスに対し、国連世界観光機関(UNWTO)の沿岸海洋エコシステムのための持続可能な観光フレームワークを採用することを提案した。さらに、サステナブル・トラベル・インターナショナルと、当時フィリピン環境管理局が議長を務めていたコーラル・トライアングル・イニシアチブ、グローバル・サステナブル・ツーリズム・協議会(GSTC)から、持続可能性基準の適用に関する公的・民間ステークホルダーのトレーニングおよび能力強化のための支援も求めた。

このように、民間のステークホルダーからの自主的な努力や地元政府職員の政治的サポートを期待して、ボラカイ・イニシアチブの運営、実施、モニタリングに関する取り組みがスタートした。そして、環境天然資源省(DENR)と、当時新しく選ばれたばかりのアクラン州マライ(ボラカイ島が含まれる)の市長などが連携して第1回環境フォーラムが開催され、島の多様なステークホルダーに対し、イニシアチブが提示された。

ボラカイ・イニシアチブは当時、「ゼロカーボン・リゾート」、「グリーンホテルズ&クリーンブルー」などをパートナーとして、「サステナブル・ツーリズム」と「島の保全・社会的責任ガイドライン」という、ボラカイ島の公的および民間双方のセクターと取り組めるように策定された。グッド・ガバナンス、国連持続可能な開発目標(SDGs)、生態的固形廃棄物、水と廃水の管理、レジリエンス、災害の防止・管理を含む、コミュニティのための持続可能性の能力強化およびトレーニング・プログラムは通常、公的・民間ステークホルダー、地元政府機関、民間企業や地域コミュニティを対象に作られる。

しかし、このイニシアチブにとって極めて重要なのは、現行法や指令や条例に沿って実施するための地方自治体(LGU)の政治的意思と、国の機関、DENR、内務自治省(DILG)との連携である。俗に言うように、「問題を知れば、解決策がわかる」のであり、問題は政治的意思の有無なのだ。しかし残念なことに、持続可能な観光のポリシーとガイドラインに対する理解と協力は、当時大きく欠如していた。

大統領による島閉鎖の決断 持続可能な島を目指して

2018年4月、私たちは「観光客の多い繁忙期でもボラカイ島を閉鎖する」というドゥテルテ大統領の決定を評価した。島の素晴らしい自然資源は部分的でも守られ、うまくいけば元の状態に回復することもできるだろう。

政府機関、観光省(DOT)、DENR、DILGは、危機に瀕する島を「復活」させるために、連携しなければならない。ビーチ、湿地、マングローブ、森林などの破壊された沿岸海洋環境を回復するため、何よりもまずリゾート施設や非公式な移住者、建築不許可地域などに関する違法な行為を取り除き、生態系バランスを回復しなければならない。そして、ごみ処理施設を本土へ移転し、ゴルフコースなどすべてのリゾート施設が、汚水をそのまま海へ廃棄せず、再利用できるよう、廃水処理・リサイクル施設を建設するべきである。

重要なのは観光客の数でなく、島のクオリティーを向上させることである。私たちはGSTCの持続可能な観光基準を採用・実施するよう提案しているが、政府は今のところ、実施していない。

持続可能性に向けた島の旅はまだ始まったばかり。政府機関と地元政府の両者が国際的な持続可能な観光基準の採用に向けて緊密に連携するよう期待している。それが実現されれば、未来の世代ももちろん歓迎してくれるだろう。

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