2020東京大会とサステナビリティ~ロンドン、リオを越えて キーパーソンに聞く第8回 ゲスト 高田秀重さん(東京農工大学 農学部環境資源科学科 教授)

2018年09月18日グローバルネット2018年9月号

聞き手:羽仁カンタさん(iPledge代表、SUSPON代表)

海を漂うプラスチックが起こす問題

羽仁:海を汚染するプラスチックごみが大きな問題になっています。世界経済フォーラムによれば、少なくとも毎年800万tのプラスチックごみが世界の海に流れ込み、すでに1億5,000万t以上が海中に存在しているとみられ、適切な対応が取られなければ、その量は2050年までに魚の総重量を上回ると推計されています。プラスチックによる海洋汚染はそもそもいつごろから始まったのでしょうか?

高田:海洋プラスチック汚染は、1960年にプラスチックの大量消費が始まったときから観測されていました。21世紀に入りマイクロプラスチック汚染として注目されるようになったのです。一つは生態系に侵入する可能性、もう一つは有害化学物質の海洋生態系での運び屋になっているということが、観測などから明らかになったのです。

高田 秀重(たかだ ひでしげ)さん
(高田さんのプロフィールはページ下部を御覧ください)

海に流れ込んだプラスチックはさまざまな海の生き物に取り込まれています。餌と間違えて、または餌と区別ができずに食べてしまうのです。海鳥だけでなく、ウミガメ、クジラ、魚、二枚貝など200種以上の海洋生物がプラスチックを摂食しています。消化管がプラスチックで詰まったり、栄養失調、消化管の内側がプラスチックで傷つけられるなど、物理的な障害が起こります。われわれが東京湾のカタクチイワシ64尾の胃腸を調べたところ、8割からマイクロプラスチックが検出されました。

羽仁:プラスチックを内蔵に含んだ魚介類を食べることで人間の健康にも悪影響があるのではないかという心配も出てきますね。

高田:プラスチックは人間を含めた生物が食べてもやがて排せつされるので、それ自体は人間や生物への影響はないと考えられています。しかし、プラスチックにはもともと添加剤として有害物質が含まれている場合があったり、海を漂う中で海水中から有害物質を吸着したりするのです。

私たちは、世界各国のボランティアや研究者に呼び掛けて、世界各地の海岸から海岸に落ちているプラスチックを送ってもらい、その中の汚染物質を分析するというプロジェクト「インターナショナル・ペレットウォッチ」を行っています。現在までに世界50ヵ国、200地点以上の分析を行っていますが、すべての試料から汚染物質が検出されました。大陸から100km以上離れた離島でもプラスチックが見つかり、高濃度の汚染物質を含んでいるプラスチックも観測され、人間活動がほとんど行われていない場所にも、プラスチックが汚染物質を運んでいることも明らかになりました。プラスチックは浮いて長い距離を移動するので、都市から遠く離れた場所へ汚染物質を運びます。海ごみは単なるプラごみではなく、有害化学物質の運び屋なのです。

羽仁:アホウドリやウミガメなどの野生動物がプラスチックごみを飲み込んで死んでしまうという映像はショッキングです。プラスチックによって運ばれる化学物質が人間や生き物に悪影響を与えているという証拠は出ているのでしょうか?

高田:まだ、それらの化学物質による影響は野外の生物では確認されていませんが、室内実験で魚に有害化学物質を含むプラスチックを食べさせると、肝機能障害や腫瘍が発生することが報告されています。実験の結果は将来への警告として捉えるべきだと考えています。

羽仁:海に流出しているマイクロプラスチックの発生源はどこなのでしょうか。

高田:海で観測されるマイクロプラスチックの起源は2種類あります。もともと5mm以下の粒子状に製造されたプラスチック粒で、製品の原料になったり、製品に配合されたりするものや、化粧品や洗顔料に入れられているマイクロビーズもこの仲間です。もう一つは使用後に海に流入したプラスチック製品が紫外線や熱、波などによって破砕・砕片化したものです。合成繊維の洗濯くずや食器洗いなどに使われるメラミン樹脂製スポンジもこのカテゴリーに入ります。世界中で生産されているプラスチック4億tのうち半分程度は、レジ袋やPETボトルなどの使い捨てのプラスチック製品として使われています。

羽仁:日本ではごみの分別に熱心な自治体なども多いので、使い捨てのプラスチックでもリサイクルしていれば大丈夫と考えている人が多いですね。

高田:例えばPETボトルのリサイクル率は85%前後と、ここ数年変わっていません。つまりリサイクルされない15%前後の一部は海や川など水環境に出ていっていることになります。さらに新しい製品がPETボトルで販売されるなどPETボトルの絶対量が増えてしまうと、リサイクルされないものも増えます。東京・荒川の河川敷に大量のPETボトルが漂着している光景も目にされています(写真)。これは意図的に捨てられたというよりは、使用後のPETボトルがゴミ箱からこぼれて地面に落ちたり、風で飛ばされたり、カラスなどにいたずらされ道路に散乱してしまい、雨が降ると洗い流され、川を通じて海に流れ着いているものです。

荒川河川敷を占領するペットボトルごみ(写真提供:高田秀重氏)

羽仁:回収されても再びプラスチックに戻されるのではなく、食品や飲み物の包装に使われるプラスチックは焼却処分されているものも多いです。

高田:日本で行われているプラスチックのリサイクルのうち6割がサーマルリサイクルと呼ばれるもので、熱回収がされているだけ。海外ではこれをリサイクルとは呼びません。この「サーマルリサイクル」は、石油から使い捨てプラスチックを作り、1回使ったきりで燃やして二酸化炭素(CO2)を排出してしまっていることになり、温暖化としても大きな問題です。

羽仁:回収された物の処理の問題ということでは、日本は中国に廃プラスチックを輸出していました。今年の1月に中国が廃プラの輸入をやめた後、どうしているのでしょうか?

高田:輸出先を中国からタイやマレーシアなどの東南アジアに変えました。中国や東南アジアなど海外に持っていった結果として日本の周辺の海域でプラスチックの漂っている量が他の海域よりも30倍も多いということが起こってしまっています()。日本から見て黒潮の上流に位置する東南アジアでは、そもそもそれほどごみの処理能力があるわけではなく、自分の国のごみを処理するのに手一杯なので、そこに日本から新たにごみを押し付けられると、当然あふれてしまう物が出る。あふれた物は川を通じて海に流れ、強い太陽光により劣化してマイクロプラスチックになり、それが黒潮の流れに乗って日本にやって来ています。

図 世界の海を漂流するマイクロプラスチックの分布(出典:高田・山下,海洋と生物,2014)

羽仁:自分の国から出たごみを他の国に押し付けて自分たちの身の回りから見えなくして問題を解決したと思い込んでいたら、海のプラごみという形で戻ってきたということですね。

プラスチック対策でも遅れる日本

羽仁:このまま私たちがプラスチックを使いたいだけ使っていけば、海を漂うマイクロプラスチックが増えることは間違いない。欧州連合(EU)では、将来起こるかもしれない影響にあらかじめ対応すべきだという予防原則に基づいて、一部の使い捨てプラスチック容器などの使用を禁じる方針を打ち出しました。また、ルワンダなどアフリカだけでも25ヵ国、世界で50ヵ国以上がレジ袋の使用を制限する厳しい対策を取る中、日本ではほとんど野放しとなっています。

高田:焼却・熱回収一辺倒で来てしまったことのツケが出ているといえます。パリ協定の批准が遅れたことと同様に、プラスチック対策でも日本は世界に取り残されています。日本でも、使い捨てプラスチックを減らすための国レベルでの取り組みが必要です。そのためには、まず環境省や経済産業省など行政のイニシアチブが必要です。

一方で、企業活動はグローバルになっていて、日本で作った物がヨーロッパに行くし、ヨーロッパの物が日本に入って来るという時代です。ヨーロッパのあれだけの市場でプラスチックそのものが使えないとなると、日本にも当然影響が出てくると思います。そして、脱プラスチックがトレンドなんだと消費者、中でも若者が気付き始め、多少高くてもプラスチックを使っていない物を選ぶようになれば、流れが変わるのではないかなと思います。NGOの活動もそれを後押しすべきだと思います。

羽仁 カンタ(はに かんた)さん
(羽仁さんのプロフィールはページ下部を御覧ください。)

羽仁:僕が代表を務めるSUSPON(持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPOネットワーク)では、東京2020大会を持続可能な大会にしていくため、市民サイドからさまざまな提案を行っています。これは2020年以降の日本や世界での持続可能な社会づくりにレガシーとしてつなげていくという大きな狙いの下に進めている活動です。その提案の一つとして、運営から出てくるごみを減らすために、リユース食器の使用を組織委員会や東京都に提案を行っています。お話を伺って、海のプラごみの問題もSUSPONの中で取り上げていくべきだと感じています。

高田:小池百合子東京都知事は海ごみに対する関心が高いと聞いています。東京湾に近い場所で行われる競技やイベントもあるので、海ごみの問題は東京2020大会に向けて考えていくべきだと思います。リユースカップの素材には何を使われているのですか。

羽仁:リユース食器はこれまでのところポリプロピレンで作られたものが主流なのですが、生分解性のプラスチックや別の素材の検討を始めたところです。

高田:2020年に向けてやはり脱プラスチックに取り組むべきですね。

私たちの大学でも今年のオープンキャンパスではPETボトルをアルミボトルに変えることにしました。世の中の仕組みを一遍に変えることは難しいとは思いますが、ある線を越えればメジャーになるので、それまでNGOががんばることが大事じゃないかなと思います。

まずは使い捨てプラスチック使用削減から

羽仁:実際のところプラスチックがかなり重宝されてきた流れの中で、アルミや鉄、ガラスなど別の素材に変えていく以外にマイクロプラスチックによる海洋汚染問題の解決策はありますか。

高田:われわれが使い過ぎている使い捨てのプラスチック、それを減らしていかなければこの状態は解決できないのです。

海へのマイクロプラスチックの流入を減らすためには、海岸のプラスチックごみの清掃回収活動は重要です。海岸での強い日差しと高温により、海岸でのプラスチックの細片化、すなわちマイクロプラスチックの生成が進むと考えられているので、マイクロプラスチックの生成源の海岸のプラごみ除去、清掃活動は大事です。しかし、それだけではマイクロプラスチック汚染は解決しません。海へ流入するプラスチックは陸上での私たちの暮らしの中から出てくるプラごみなのです。

容器包装を中心として、不必要に使い捨てプラスチックが使われています。使い捨てのプラスチックを減らしていくだけでも、プラスチックによる環境汚染を抑えることができます。アメリカの一部の州やEU諸国では、レジ袋の禁止や削減が法制化されました。日本でも使い捨てプラスチックを減らすための行政的な取り組みが必要です。また、何でもプラスチックで包むという過剰な包装から脱却し、持続的な流通システムを作ることも必要です。昔に戻り、不便な暮らしをしようと言っているわけではありません。不必要に使っているプラスチックを減らしましょうと言っているのです。さらに、現在の技術を使えば、木や紙に機能を付加して、不便さを感じることなく使うことも可能です。紙や木などのバイオマスを上手に使う技術や代替技術の開発も大事です。

羽仁:PETボトルなどプラスチックを製造するメーカーやPETボトル飲料を販売する企業が、この問題により積極的に取り組んでいく必要があります。消費者が便利な物を求めた結果が、今の大量消費社会をつくったと企業側は言いますが、僕はそう思っていません。商品を開発する側の企業にとってより便利なものを製造しているのであって、消費者が求めたわけではないと思っています。

日本は、包装大国と言ってもいいくらい、すべてのものが包装されており、商品の購入後、その包装はほとんどがごみになります。イタリアでの包装をしない店(写真)や、米国の自宅から容器を持って来て購入できるスーパーのように、日本でも消費者が賢い選択ができる店が広がることを願っています。

イタリアではあらかじめ容器に入れずに販売をしている店がある。これはハチミツの量り売り。
(写真提供:羽仁カンタ氏)

世界的なプラスチックごみ削減の動きに、日本の産業界がどう答えていくのか。消費者が削減を求める時代に変換させていきたいですね。

(2018年6月22日、東京農工大にて)

高田 秀重さん
1959年、東京都生まれ。東京農工大学農学部環境資源科学科教授。理学博士。82年、東京都立大学(現首都大学東京)理学部化学科を卒業。86年、同大学院理学研究科化学専攻博士課程を中退し、東京農工大学農学部環境保護学科助手に就任。97年、同助教授。2007年より現職。日本水環境学会学術賞、日本環境化学会学術賞、日本海洋学会岡田賞など受賞多数。世界各地の海岸で拾ったマイクロプラスチックのモニタリングを行う市民による科学的活動「インターナショナル・ペレットウォッチ」を主宰。

 

羽仁 カンタさん
国際青年環境NGO「A SEED JAPAN」を1991年に創設、2014年にNPO iPledgeを立ち上げ、若者の本気を引き出す持続可能な未来を創るプロジェクトを多数展開し、誰もが対等な参加型市民社会の創造を目指し活動している。全国の野外音楽フェスティバルでのごみを削減する「ごみゼロナビゲーション」活動を24年以上継続している。年間30本のイベントで100 万人以上の来場者に向けて、約2,000人のボランティアが参加し195日間の活動を行っている。2014年からオリンピックの環境対策を行う調査を開始し、2016年に「持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPO ネットワーク(SUSPON)」の代表に。

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