2020東京大会とサステナビリティ~ロンドン、リオを越えて キーパーソンに聞く第9回 ゲスト 澤田 陽樹(さわだ・はるき)さん(一般財団法人グリーンスポーツアライアンス代表理事)

2019年01月18日グローバルネット2019年1月号

聞き手:羽仁カンタ(iPledge代表、SUSPON代表)

「サステナブル」との出会い

澤田:2002年に大学の経済学部を出て、大手総合商社に入社して16年間、化学品グループにいました。東京での勤務のほか、台湾駐在、フランスのビジネススクールINSEADインシアード への短期派遣、ドイツ駐在と貴重な機会を経験しました。私の中で感覚が変わったきっかけは、フランスのビジネススクールで出会ったクラスメートたちが「日本のキャリア志向、社内で見るやつとは何か違うな」と思ったことです。例えば、どこに住んでいる、どんな車に乗っている、年収がいくらというような相対比較基準を一切感じませんでした。

もう一つ決定的だったのは、教授たち。毎回授業の最後に皆、同じことを言うのです。「何百万円もかけて会社から送られて来ている君たちは恵まれた人間だ。この経験を生かしてさまざまなところに転職するかもしれない。高い給料がもらえる企業に行くのも良いけれど、頭の片隅で考えてほしい、今、この恵まれた君たちの頭脳が本当に求められている場所はどこか。貧困、環境、格差など世界の社会課題の中で自分の関心があるどれか一つでもいいから頭の中に入れて自国に戻って取り組んでほしい」と。その後ドイツに3年住み、ヨーロッパの企業の雰囲気やそこで働いている人たちの世界観が変わっていくのを見ました。なぜそんなことにモチベーションを持つのか、最初はわからなかったです。私がそれまでいた世界は、より多く、より高く、その積み重ねの延長にボーナスや昇進があるという世界でしたから。

澤田 陽樹(さわだ はるき)さん
1978 年生まれ。京都大学経済学部を卒業し、2002 年三菱商事株式会社化学品グループ配属。国内での化学品事業を経験後、台湾三菱商事、ドイツ三菱商事等、世界の化学品事業で活躍。直近はドイツ三菱商事にてトレーディングビジネスの他、新規事業開発、新規スタートアップ・M&A 先評価発掘等を行う。2017 年三菱商事を退職し、一般財団法人グリーンスポーツアライアンス(GSA)を設立し、持続可能な新ビジネス創出に挑戦中。2018 年8 月国連Global Climate Action Head より活動に感謝状を受領。12 月には気候変動枠組条約COP24 Katowice High Level Event「Spotsfor Climate Action」に招待参加。京都スマートシティEXPO2018 や第6 回「スポーツ国際開発」国際シンポジウムで登壇。その他、講演等。

 

羽仁:ドイツ赴任時は何をされていたのですか?

澤田:ヨーロッパでの物品の販売、購買、事業戦略、新規事業開発、加えて所轄部署の人事管理まで、何でもです。新規ビジネス創出に取り組む中で、自身の従来の視点や価値観の枠の範囲とは異なる見方やアイデアを気付かせてくれる人や技術、プロダクトを見てきましたから、それが日本でグリーンスポーツアライアンス(GSA)を立ち上げたきっかけになっていると思います。見たもの、聞いたものが全部頭の中で混ざって化学反応が起きて、環境や健康、共生といったサステナビリティを基軸にした新規ビジネス創出という分野に入ってきたのです。

いわゆる「サステナブル」という言葉との最初の出会いは、今でも鮮明に記憶しています。自分が担当していた商品が売れなくなってきて、お客さんに理由を聞いたら、「君たちのシステムはサステナブルではないから買えないよ」と言われたのです。今後3年間、値を10ドル下げたものを販売することを保証すると交渉してもノーでした。私は当初その意味がわかりませんでした。それまでの商売は、価格とブランドで安定力があるか、が決め手でした。つまり、サステナビリティとの初めての出会いは商社時代の自分の商売でした。このことを東京の上司に伝えた時には「意味がわからない」と言われました。「お前の営業努力が足りない。客の実情をつかんでいない。もっと客のところを回れ」と。そこから自らの説明責任も含め、サステナブルという言葉を彼らはどういう意味で使っているのか、サステナブルでなかったらなぜ物が売れないのかを考え、調べながら、すでに良好なビジネス関係を構築していた欧州パートナー企業に聞いて回りました。

ヨーロッパで化学分野の新規事業や新しいビジネスのシーズを探す中で、優秀な学歴で、私よりも若く、それなりの役職の人たちが、自分たちの技術や商品によって環境問題の改善やSDGs実現に貢献したいと言うのです。これを聞いて僕は商社マンとして、やばいと思いました。「10ドル安くしますから3年間買ってください」というわれわれの商売のやり方に対して、「こういうモノや技術を開発し、皆さんと提携しながら社会課題解決に貢献したい」と言って物売りをする。これは何か根本的なエンジンが違うと感じました。

羽仁: すでにその時点で、ヨーロッパと日本ではビジネスで持続可能性に取り組む姿勢が異なっていたのですね。

澤田:2014年にドイツに赴任してから1年少し経ってヨーロッパに慣れてきたころ、これはやばいと気付き始め、そこから社内でSDGsを基軸に据えた新ビジネス創出の必要性の提起を始めたり、サステナビリティを事業に落とし込んでいる技術や会社に目を付けた事業投資やM&Aの可能性を提案し始めたりしました。同様の視点で10個も20個も、30個も新ビジネス案を出していきましたが、力及ばず、ことごとくボツになりました。「サステナビリティは非常に大事なのは間違いがないのだけれども、それをビジネスにするのはまだまだ難しい」という評価でした。

澤田さん(左)、羽仁さん(右)

スポーツとサステナブルがつながる

そんな中で、スポーツを通じて、SDGsにある社会課題に挑戦すると同時に、持続的な経済効果の創出も実現する「ことづくり(ビジネス事例開発)」に取り組んでいる米国のNPO、Green Sports Alliance(GSA)に出会いました。スポーツがSDGsに取り組む社会変革・産業改革のリーダーを目指すことによって、地域やファンの気付きやエンゲージメントが膨らんでくるはずだと考えています。

例えば2018年の8月に、アディダスとマイアミ大学、クリエイター集団のパーレイ(Parley)が、海洋プラスチックをテーマに「Defenders of the deep – Introducing University of Miami × Parley 」(https://www.youtube.com/watch?v=ssXXA_hCCDQ)という動画を作りました。海洋研究で有名なマイアミ大学のアメリカンフットボールチームのディフェンス陣が「俺たちは海を守るぞ」と訴えています。パーレイは、循環経済や脱炭素社会をテーマに活動するクリエイター集団で、海洋プラスチックごみをユニフォームに使ったものをアディダスと共同開発し、大学のチームに提供して世の中にアピールし、海洋プラスチック汚染についての気付きを世の中に起こしていこうという事例です。地域の社会課題や世界の共有課題に取り組むことをセンス良く見せていくのが肝です。

羽仁:スポーツの世界に何かを持ち込むという話には共感します。僕は最初からそれを狙って今の活動をしていると思います。1991年にアメリカから帰国し、この活動を始めたのは94年。その3年間に日本の環境問題を知ろうといろいろな問題に取り組んでいる人に会いに行きましたが、皆、地味で、言っていることは正しいけれども、活動内容が楽しくないと感じました。街中で下を向いてごみを拾っていても、誰とも目を合わさない、おしゃべりもしない。一人で何かをやって気持ちが良いという自己満足ではなくて、多くの人をダイナミックに巻き込んでいく力が必要だとアメリカで教えられました。僕は音楽が好きで、高校の時にバンドをやっていました。音楽は人を引き付け、人をつなぐ力を持っている。一方で、音楽は人にきっかけを与えたり、発奮させたり、行動を促す力があるだけで、音楽そのものには何の力もないのです。だから、音楽とコラボして、人々にやるべき事を促し、持続可能なライフスタイルへ導きます。澤田さんのおっしゃるビジネスの世界での無駄、または価値のないことに実は価値がある。僕にとっても活動をやるときには、面白い・楽しいというキーワードは大切です。スポーツの持つ力と音楽の持つ力は、よく似ていると思うのです。

今、2020東京大会もあり、音楽よりスポーツの方がパイは大きいと思うのです。音楽にワールドカップはないけれど、スポーツはワールドカップだけでなくオリンピックまである。スポーツの場合は直接自然環境が影響するので、スポーツが環境問題に取り組み始めると、問題を人に伝え、解決に近づくのが早いのではないかなと思っています。

商業主義とスポーツは本来、別のもののはず。スポーツは、一人ひとりがつらい状況で自分との戦いの中で努力の末に、試合に出て素晴らしいパフォーマンスをするのだから、本当はピュアなものだと思うのです。商業主義によって消費文化とスポーツが今、一緒になってしまっています。

スポーツや音楽の持つ力

澤田:スポーツは、勝敗があって盛り上がり、エンターテイメントになって価値が付く。GSAでは「グリーンスポーツ」を「新しいスポーツへのアプローチ」と位置付けています。グリーンは決して環境だけではありません。例えばグリーンパーティー(緑の党)は資本主義でも共産主義でもない第三の道という意味があります。

 ただ、日本のスポーツでは、1%の勝者から出てくる価値しか数値化されていない面が強いのではないかと私は思っています。スポーツでは99%は負けるのです。例えば、 スポーツファンが楽しんでいるのは、勝ち負けではなく、すがすがしい負けっぷりであることもある。日本のGSAとしてはこの99%の価値を可視化していきたいと思っています。日本ではより多くの方が属している99%側のスポーツの持つ力を数値化できるのではないかと思っています。

羽仁:その99%には、例えばどんな価値があるのですか?

澤田:勝敗以外のものを重視している人たちと組み、その人たちが欲しいものを作ることによってさまざまな価値が出てきます。また、プロのスポーツチームが地元産業と、とくに環境技術やSDGs実現につながるものを巻き込んだプロジェクトを進めることもその一つです。GSAでは、アイスホッケークラブの東北フリーブレイズと地域を巻き込んだグリーンプロジェクトを進めています。アイスリンクやアリーナなどの施設の運営費を下げる、あるいは収入を増やしていくことに結び付いていく形を考えているところです。

米国のアイスホッケーのチーム、ミネソタ・ワイルドが行ったキャンペーン「This is Our Ice」では、「ノーアイス、ノーホッケー(氷がないとホッケーはできない)」とうたっています。ミネソタ・ワイルドは勝敗ではないところにある価値をレバレッジしながらチームと地域と自然をつなげています。今までの1%は競技力に基づく価値づくり、それに対して今後は課題解決力をスポーツの新たな価値とするのが99%です。勝敗に関係のないさまざまなことに取り組むことで価値を出していく可能性が、とくに日本では大きいと感じています。

スポーツ業界はもがきながら新たなスポーツの果たす役割を考えているのです。社会の方向性や企業との関心ともマッチングする、これはマーケティングではなく、新しいマーケットメイキングといえるのではないでしょうか。

羽仁:1998年から僕たちは音楽イベントで「ごみゼロナビゲーション」という活動に取り組んでいて、ごみ袋に企業広告を入れています。ごみ箱やごみ袋に企業は社名を載せたくないはずだし、それまではごみ袋に広告を付けるという概念はなかった。これはマーケットメイキングなんだと思います。

さらに今、中国で同じことを始めています。中国の音楽イベントで中国の若者を育てて、彼らがリーダーシップを発揮して中国のオーディエンスに対してごみの分別を呼び掛ける。中国の人たちのライフスタイルは良くなってきているけれど、日本の20年ぐらい前の状態で、ごみの分別もきちんとされていません。ごみの分別は政治的ではないから、僕は扱いやすいと思っています。今の話を聞いて、音楽の力を使って中国の伝統文化の支援を日本の企業に呼び掛けるというのが形になるのかなと思いました。音楽イベントをやるのですが、ライフスタイルの変革のきっかけを日本企業に支援してもらいながらやりたいと思っています。

澤田:音楽業界やスポーツ業界には事業存続の資金獲得のために新しい役割を考える努力があり、一方でモノが行き渡り著しい人口増を見込めない先進国で新しいビジネスモデルの創出にビジネス界も努力をしている。もう一つは社会の要請として、従来の大量生産・消費・廃棄の在り方の是正という流れがあります。いろいろな内外環境や各ステークホルダー間の努力がある中で、欧米では「事づくり」をしながら新しいマーケットの創出に具体的なアクションを起こしていることに、私は危機感を感じたのです。われわれも同じ土俵に立っておく必要があるだろうし、また、英語でいう「サステナビリティ」の分野は、日本は世界に引けを取らず、リーディングポジションを取れると思っています。日本各地から技術を持った企業がどんどん出てくると思うのです。一緒にムーブメントをつくっていきたいと考えています。

SDGs実現につながる「事づくり」

羽仁:東京大会とその先に向けて何を実現していきたいとお考えですか?

澤田:いろいろな団体や人々とSDGs実現につながる「事づくり」に取り組み、一つでも二つでも良いので実現させる。それが東京だけでなく、京都で一つ、金沢で一つ、福島で一つ、というように続くのがドリーム・ビジョンです。東京大会そのものの中だけでなく、地域でも起こしていく、それこそが前回の東京五輪から50年経った日本が世界に本当に見せるべき日本の質の高さではないかな、と思うのです。

 例えば、50年後に振り返った時に、2020東京大会は、すごくクールでおしゃれなものやイノベーティブなプログラムがあったのだけれど、「実はコストカットも兼ねてたんですよ」と言えるのが、本当の豊かさで、そのようなものがSDGs実現を基軸にした新ビジネス創出ではないかと思っています。ただし、コストカットのためにやるのですよと言うと、楽しい雰囲気がさみしくなるので、楽しくワクワクドキドキしながらスポーツの興奮の中でうまくやれる「事づくり」を考える必要があると思っています。多方面の団体が参加するSUSPON(持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPOネットワーク)でそのような「事づくり」を協同して考えられればいいと思っています。

(2018年10月24日東京都内にて)

■グリーンスポーツアライアンスとは
 一般財団法人 グリーンポーツアライアンスは米国Green Sports Alliance(GSA)の日本法人として2017年12月に設立された。米国GSAは、2010年、マイクロソフト社の創設者の一人であるポール・アレン氏によって設立された非営利型法人。創立8年となり、メンバー団体(プロ・アマのスポーツチーム、学生チーム、スポーツリーグ、スタジアム・アリーナ等の運営管理団体、協賛企業、NPO/NGO等)は600を超え、加盟リーグ組織は17団体となっている。  グリーンスポーツアライアンスでは、持続可能な社会の構築を目指して、スポーツに関わるあらゆる関係者(クラブチーム、球場等の施設、関連企業、行政等)に、スポーツによる「SDGs実現」(社会課題解決)への挑戦と、それを継続させ得る「経済効果の創出」を両立・推進させる事例プログラムを提案、プログラムに手を挙げるスポーツ分野の関係者、産業分野の関係者、行政分野の関係者などの連携を作り上げ、プログラムの実現を目指す。スポーツによるSDGs実現への取り組みが、社会変革・産業革新の呼び水となって新しい価値、新規ビジネスの創出につながる事例を紹介・提案する。 Web サイト:http://greensportsalliancejp.org/

羽仁 カンタさん
国際青年環境NGO「A SEED JAPAN」を1991 年に創設、2014 年にNPO iPledgeを立ち上げ、若者の本気を引き出す持続可能な未来を創るプロジェクトを多数展開し、誰もが対等な参加型市民社会の創造を目指し活動している。全国の野外音楽フェスティバルでのごみを削減する「ごみゼロナビゲーション」活動を23 年以上継続し、中でもフジロックフェスティバルは環境への取り組みが評価され2016 年に重要なフェス世界3 位に選ばれた。年間30 本のイベントで100 万人以上の来場者にむけて、約2,000 人のボランティアが参加し195 日間の活動を行っている。2014 年からオリンピックの環境対策を行う調査を開始し、2016 年に「持続可能なスポーツイベントを実現するNGO/NPO ネットワーク(SUSPON)」の代表に。

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