日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて第15回 広がる持続可能な水産業へのムーブメント~東京サステナブルシーフードシンポジウム2018レポート

2019年01月18日グローバルネット2019年1月号

株式会社シーフードレガシー
山岡 未季(やまおかみき)

世界有数の水産大国である日本が、持続可能な水産業を実現し、アジアをけん引するイニシアチブを発揮していくために何をすべきか? これについて参加者とともに学び考えるための東京サステナブルシーフード・シンポジウム2018が、昨年11月にイイノホール(東京・港区)で開かれた(主催:日経ESG、株式会社シーフードレガシー)。2015年に始まり4回目となった今年のシンポジウムは、過去最多の登壇者65人、参加者600人超と関心の高さがうかがえた。これまで日本の水産業の持続可能性は欧米の後塵を拝している面があったが、本年のテーマ「2020年に向けて主流化~調達・社食・売り場が変わる~」にあるように、ようやく目に見える行動として表れてきた。2020東京大会を前に、現状を改めて整理してみたい。

●サプライチェーンにおけるトレーサビリティ

流通技術や経路が発達し、日本では魚を当たり前のように毎日購入することができる。しかしその「当たり前」が実は資源、社会、経済的損失の上に成り立っていることを自覚することは少ない。

世界では違法・無報告・規制(IUU)漁業が大きな問題となっており、日本周辺海域で頻発している密漁もこれに含まれる。これに対し水産庁は昨年70年ぶりに行った漁業法改正の3本柱の一つに「水産物の流通構造」を据え、トレーサビリティにも言及した。一方で、日本には水産物のトレーサビリティ確保を求める法的制度はない。食品需給研究センターの酒井純氏の発表によるとトレーサビリティが確立しているのは国産の牛、牛肉、コメとコメ加工品のみだという。水産物のトレーサビリティを確立するためには、同センターで現在開発中の漁獲・陸揚げデータを産地市場荷受けから買受業者、輸出業者へ提供し、輸出先諸外国からデータを求められた場合にも対応できるようなシステムの普及や、トレーサビリティも審査対象に含まれているMSCやASCなど国際的な水産物の認証取得がカギとなるだろう。

トレーサビリティは輸出という新たなビジネスチャンスにつながるほか、投資先の判断材料としても注目されている。株式会社大和総研の河口真理子氏によるとIUU漁業や社会問題の関与が明らかになった場合、投資家の15%はその会社への投資を即撤退し、68%は投資を再考するという。河口氏はまた、時価総額ベースでは水産関連企業はあまり大きくないが、世界全体の水産業界を見た時、その売り上げ上位にある日系水産企業は注目されるだろうと話した。さらに高崎経済大学の水口剛教授は、サプライチェーンを考えると、世界の目は水産製造加工業にとどまらず、関連する食品会社や小売業者にも向かうだろうと述べた。

日本の水産物のトレーサビリティにはまだまだ課題が残されている。しかし水産業全体で持続可能性を担保する認証や漁業・養殖業改善プログラムを活用することで透明性のある構造を作り、ビジネスチャンスを作っていかなければならない。そしてその透明性を作り上げるまでのストーリーをシェフやメディア、小売業者が伝え、最終消費者は、情報を積極的に取りに行き、自らで考える力を養っていくことが必要となる。

●漁業法改正による追い風

「持続可能な海の開発を考える時に二つの原則がある。一つ目は法の支配。海は誰でも使って良いがある程度のルールが必要。二つ目は海洋の保全と利用の調和だ」。こう述べたのは外務省地球規模課題審議官大使の鈴木秀生氏だ。まさにこの法の部分が前述した水産庁による漁業法改正の3本柱のうちの、「漁業の成長産業化に向けた水産資源管理」に関係する(3本柱の最後は、若い世代が働きたいと思えるような労働環境の整備)。経済活動の基盤となる法整備は日本の水産業においても大きな転換点といえる。例えば資源管理に直接的に関わる漁業者で、東京湾のスズキにおいて日本初の漁業改善プロジェクト(FIP)に取り組む海光物産株式会社の大野和彦氏は「自分たちが誇りに思うスズキを2020年の東京五輪で提供し、世界に発信したかったが、科学的な資源評価がされておらず持続可能であることを示せなかったのがこのプロジェクトを始めたきっかけ」と話した。現在は独自の資源管理計画を策定し改善中だが、大野氏のような思いを持っている漁業者は日本に多くいる。国がマルチステークホルダーを巻き込み、徹底して管理を進めれば、世界基準の持続可能性を日本の水産業でも実現できるはずだ。今回の転換はすでに動き始めているプレイヤーの追い風になるだろう。

●動き始める企業

海外の登壇者の話で多く聞かれたのがステークホルダーや異業種との連携の重要性だ。

今年3月に日本初となるMSC認証の魚を使ったメニューを社員食堂で提供したパナソニック株式会社、そしてその給食会社であるエームサービス株式会社と株式会社グリーンハウスは、社員食堂を利用する人の30%が選ぶほどの人気メニューを開発し、現在定番化に向けて準備を進めている。MSCのCoC(加工流通過程の管理)認証取得や社内での理解促進が功を奏した形だ。社員食堂が持続可能な水産物の接点となりつつある。

また、MSC認証製品を日本で初めて調達したイオン株式会社は、今年新たにWWFインドネシア、WWFジャパン、インドネシア漁業省、現地の養殖企業、中央大学と協働し、インドネシアに成育するウナギ、ビカーラ種の持続可能な利用を目指したプロジェクトを開始した。生産者から、小売業者、消費者まですべてのプレイヤーが参加している好事例といえる。また、世界の水産大手企業と科学者による持続可能な海洋管理組織SeaBOSを通じてのマルハニチロ株式会社や日本水産株式会社(ニッスイ)の持続可能性に向けた活動展開にも注目だ。

全登壇者。海外からも多く集まった

●さらなる持続可能性に向けて

持続可能性は社会、経済、環境の三つのバランスが取れた状態で成り立つが、水産業の中でもとくに漁業は高齢化や人材不足などに悩まされている。その悩みを解決する糸口として期待されているのがICTやIoT技術だ。株式会社NTTドコモは、ブイを使って測定した海洋環境データを漁業者がスマホで見られるシステムを開発した。これまでは漁業者は自らの漁場へ測定しに足を運んでいたが、自分の漁場のすぐ近くにブイを設置し、遠隔からでも自分の漁場の環境変化が把握できるようになったことで効率的な業務が行えるようになった。例えば有明海のあるノリ養殖業者はこのシステムによりノリの質や生産量を向上させることに成功した。

2018年11月末にサステナブルな商品を「当たり前にする」ことをコンセプトに、持続可能な商品だけを扱う「EARTH MALL with楽天」を立ち上げた楽天株式会社の眞々部貴之氏は、ネットでモノを買うという新しいカルチャーを作ってきた中で、「サステナブルという価値は今認識されない価値と言っていいが、次の世代の人たちと一緒に作っていけるということが、だんだん社員全体で共有されつつあると感じている」と話した。

「持続可能性」という言葉が初めて世の中に登場した30年前から私たちの社会、経済、環境は大きく変化している。気付けばあと1年半後に迫った2020東京大会。持続可能な水産業が新たな価値として世の中に浸透し、次回のシンポジウムが、より進化した活動を共有できる場となればと期待している。

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