フォーラム随想減らないマラリアの罹患

2019年05月15日グローバルネット2019年5月号

自然環境研究センター理事長・元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎

世界各国は、2015年に国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)の取り組みを進めている。開始から3年、その進行状況が報告され始めた。

SDGsの17の目標と169のターゲットには、2030年までの達成を目指し状況が改善されつつあるものが多いが、達成は困難と思われるものもある。エイズ・結核・マラリアの三大感染症の根絶もその一つで、中でもマラリアの状況は厳しい。

マラリアは、マラリア原虫がハマダラカに媒介されて感染する疾患で、熱帯熱マラリア原虫による熱帯熱マラリアがとくに重篤な症状を引き起こす。

世界保健機関(WHO)によると、マラリアの罹患数(対象とする人口集団で、一定期間(通常は1年間)における病気の新たな発症数)はアジア諸国などで減少したもののアフリカ諸国で増加が続き、2013年の2億1000万から、2016年の2億1600万、2017年の2億1900万へと微増している。なお、マラリアによる死亡数は、2016年に44万5000、2017年に43万5000であった。

多くの感染症に有効なのはワクチン接種である。しかし、マラリアワクチンの開発は、マラリア原虫の生活環が非常に複雑なため、世界の多くの研究者の数十年に及ぶ努力にもかかわらず実用化に至っていない。

 

WHOを中心に現在進められているマラリア対策は、ハマダラカの制御、薬剤処理した蚊帳の使用、抗マラリア剤の服用である。

ハマダラカの制御には、DDTやBHCなどの有機塩素系殺虫剤が有効であるが、人体や環境への強い毒性のために、先進国では1970年代から、途上国でも近年は使われていない。

現在推奨されているのは、殺虫剤として除虫菊の有効成分ピレスロイドで処理した蚊帳の使用である。ピレスロイドに耐性を持つハマダラカが2010年代に世界各地で出現したものの、耐性ハマダラカに対し効果が完全になくなってはいないし、蚊帳の中では当然ながら蚊に刺されないからである。

抗マラリア剤として用いられてきた薬剤は、キニーネ、クロロキン、ファンシダール、メフロキンなど数多い。しかし、どの薬剤にも長期服用による副作用の他に、耐性を持つマラリア原虫が出現したため、2000年ころまで、世界各地で有効な薬剤が頻繁に変わっただけでなく、有効な薬剤のない状況さえ起きたのである。

今世紀に入り、ヨモギ属の植物から抽出されるアルテミシニンから作る薬剤を主とする併用療法が開発され、世界で広く用いられるようになった。アルテミシニンは、マラリアへの即効性・完治性に優れ、副作用がなく、それまでの薬剤に耐性を持つマラリア原虫にも有効である。この療法による恩恵は、開発者である中国のト・ユウユウ氏が、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞したことからも明らかであろう。

 

問題は、ピレスロイド処理蚊帳もアルテミシニン併用療法も、弱点を抱えていることである。

ピレスロイド処理蚊帳については、マラリア罹患のリスクが最も高いアフリカで、リスクのある住民の半数以上が貧困などの理由から使用していない現実である。WHOなどが蚊帳の無償供与への支援を呼び掛けているが、状況はそれほど良くなっていない。

アルテミシニン併用療法の弱点は、アルテミシニン耐性の熱帯熱マラリア原虫の出現である。2010年代初頭にメコン川流域で初めて確認され、さらに昨年、アフリカで、メコン川流域とは異なるタイプの耐性を持つ原虫が、日本を含む世界の複数の研究機関で確認されたのである。

マラリアは、先進国では海外旅行の際に話題になるくらいであるが、グローバルには健康と環境に関わるホットなターゲットなのである。WHOなどによると、ハマダラカに媒介されるマラリアは、地球温暖化でリスクが最も高まる感染症でもある。

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