USA発サステナブル社会への道―NYから見たアメリカ最新事情第20回 気候変動が米国の国家安全保障問題に

2019年07月16日グローバルネット2019年7月号

FBCサステナブルソリューションズ代表
田中 めぐみ(たなか めぐみ)

世界各国が国を挙げて気候変動対策を進める中、米国では、大統領や共和党議員が化石燃料業界への配慮からいまだに気候変動を認めておらず、連邦政府主導の対策を進められずにいる。しかしながら、大規模な気象災害が軍基地でも起こるようになり、気候変動が国家安全保障問題とみなされるようになっている。

●気候変動を認める連邦政府

昨年末から今年にかけて、連邦政府が気候変動リスクに関する複数の報告書を発表している。

一つは、2018年11月に発行された気候変動による米国内への影響評価報告書「第4次全米気候評価報告書」である。同報告書は、ブッシュ(父)政権下の1990年に施行された連邦法「地球変動研究法」で4年ごとの作成が義務付けられている。4回目の発行となる同報告書は、前回と同様13省庁横断で作成され、内外の科学者により査読されており、ボリュームは1,500ページ超と前回の倍ほどに増えている。

内容は、世界の平均気温が急速に上昇している旨、その要因は温室効果ガス排出等の人間活動である旨、気候変動の影響はすでに米国内で起こっており今後激化が予想される旨、今後の影響の大きさは主に温室効果ガスの削減と変化への適応状況次第で変わる旨、対策を行わなければ米国民の身体・社会・経済的リスクが拡大し、国家安全保障に影響が及び、最悪のシナリオでは気候変動による経済損失が今世紀末までにGDPの10%を超えると予想される旨、低所得者層や有色人種、子供、高齢者等弱者の多い地域におけるリスクが最も高く、気候変動により社会・経済的な不平等が悪化することが予想される旨等が記されている。

しかし、トランプ大統領は同報告書の内容を認めていない。メディアから報告書の見解を求められた際、自身は気候変動の“信奉者”ではないとし、気候変動が「人為由来であるのか、影響が起こっているのかはわからない」と発言している。大統領報道官はその後の取材で、同報告書は「最も極端な見解であり、事実に基づいていない。データに基づいたものではなく、モデリングに基づいている。気候に関してモデリングを行うのは極めて難しい」とし、「われわれは、米国内の空気と水が史上最も安全で清潔であることの確認に注力している」と述べている。

2019年1月には、国家情報機関が米国の国家安全保障への脅威評価報告書「世界の脅威評価」を発行し、脅威の一つとして気候変動を挙げた。気候変動により資源獲得競争や経済危機、社会不満が加速する可能性があり、異常気象や気温上昇、海面上昇等の気象災害がインフラ・健康・水・食料の安全保障を脅かしていると記されている。

国防予算策定のための連邦法「国防権限法」でも、「気候変動は米国の国家安全保障における直接的な脅威」であり、「軍が業務を行う地域の安定性に影響を及ぼしている」ため、国防総省は気候変動の影響を予測して、その緩和に備えなければならないと明記されている。同法では、軍基地の気候変動に対する脆弱性評価と対策費用に関する報告書の提出を同省に義務付けており、2019年1月に「気候変動による国防総省への影響報告書」が提出された。この中でも、気候変動は国防総省の使命と運営計画、基地に影響を及ぼす国家安全保障問題であると明記されており、多くの基地が洪水、干ばつ、山火事等に脆弱であり、すでに被災した基地も多いとされている。実際に、昨年から今年にかけて、フロリダとネブラスカの空軍基地とノースカロライナの海軍基地が大規模な洪水被害に見舞われている。被害額はおのおの、47億ドル、7億ドル、37億ドルに上り、空軍は今後3年で49億ドルの追加復興資金を連邦政府に要請している。

●情報操作を試みる政権

これら報告書の発行を受け、トランプ政権は2月に、報告書の科学的正確性と気候変動による国家安全保障への影響を再調査するため、国家安全保障会議の傘下に非公開の委員会を発足すべく動き始めた。委員会の陣頭指揮を執るのは、気候変動懐疑派として知られるプリンストン大学の物理学名誉教授で昨年から同会議のシニア・ディレクターを務めているウィリアム・ハッパー氏とされた。これに対し、下院の軍事、自然資本、科学・宇宙・技術、エネルギー・商業委員会の委員長が共同で大統領に対して憂慮を示す書簡を送っている。これまでのところ、委員会の発足に関する公式発表は出ていない。

各省庁でも、気候変動の影響評価において、脅威の矮小化が目的と見られる情報操作が試みられている。地質調査所は、これまで2100年までを対象に気候変動の影響評価を行っていたが、今後は被害の激化が予想される2040年以降の影響評価を行わないとしている。環境保護庁は、次回の全米気候評価報告書から最悪のシナリオに基づく予測を除外することを検討している。同庁報道官はメディアの取材に対し、「前回の報告書では最悪のシナリオに焦点を当てた不正確なモデルが使用されており、実社会の状況を反映していない。こうした情報が現在と未来の国家の意思決定における科学的な根拠となるのであれば、徹底的に再検討し検査する必要がある」と語っている。

●共和党議員に起こり始めた変化

こうした政権の試みとは裏腹に、これまで大統領に迎合する姿勢を見せてきた共和党議員らが、気候変動対策を提唱し始めている。

いまだ少数派ではあるものの、炭素税導入に賛成する議員や、クリーンエネルギーの促進やエネルギー効率向上、炭素貯蔵等の技術開発による排出量削減を提唱する議員が共和党内に増えてきている。2019年1月に下院で提出された炭素税導入法案の提案者の中には、共和党議員が1名含まれていた。5月に下院が大統領のパリ協定離脱を阻止する法案を可決した際にも、3名の共和党議員が賛成票を投じている。また、著名な共和党政策コンサルタントが、気候変動に対する世論は転換点を迎えており、今すぐ気候変動の事実に目覚めなければ若い支持者を失うと警鐘を鳴らしている。

ただし、化石燃料業界への排出規制に対しては、依然多くの共和党議員が反対の立場を示しており、規制強化ではなく、新技術の規制緩和により低炭素社会の構築を目指すと主張している。無論、それだけでは不十分ではあるために規制が必要なのだが、これまで気候変動の存在自体を認めなかった議員が、その事実を認めて対策を検討し始めたことは、米国の気候変動緩和・適応策実装に向けた大きな一歩といえるだろう。

●市民の意識変化

議員が方針を変更し始めたのは、気候変動に対する市民の意識が変化しているからである。イエール大学等が2018年末に行った世論調査によると、地球温暖化が起こっていると認めた人が73%、人為的要因を認めた人が62%に上っている。さらに、温暖化の重要性を認める人がこの1年で急増しており、その要因として最も多かったのが自然災害で被災したことであり、特に65歳以上の高齢者においてこの傾向が顕著だったという。一方、ピュー・リサーチセンターが両党の意識調査を行ったところ、党派間の乖離は依然大きいものの、共和党支持者の中で温暖化の人為的要因を認め、政府が十分な気候変動対策を行っていないと考える若年層は高齢層の2倍もいることが明らかになった。

将来厳しい気象災害に直面することが予想される若い世代にとって気候変動は切実な問題であり、政治家に対策を求めるのは当然だ。高齢層においても、自身が被災したことで事の重大さに気付く人が増えている。2019年前半に大規模洪水の被害に遭った共和党地盤のアーカンソー州では、気候変動の脅威に今更気付いたことを自責し、クリントン政権時代から気候変動対策の重要性を訴え続けている元副大統領のアル・ゴア氏に謝らなければならないと言う人も出てきている。

現実問題として、気候災害が拡大し、被災者が増え続けている以上、政治家が保身や知識不足のために気候変動対策を怠ることはもはや許されないだろう。来年の大統領・議員選が、米国が党派を超えて気候変動対策に取り組む契機となる可能性は少なくないだろう。

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