ホットレポート分断・対立を超えて“いのち輝く有明海”の再生を~有明海と地域社会を育む「森里海を結ぶ植樹祭」の立ち上げ

2019年12月16日グローバルネット2019年12月号

京都大学名誉教授・舞根森里海研究所長
田中 克(たなか まさる)

2019年9月13日に最高裁判所は、2018年7月30日に福岡高等裁判所が「原告の漁民には、10年で更新される漁業権上、訴訟を起こす資格がない」との信じ難い理由で諫早湾潮受け堤防の部分開門を求める漁業者の訴えを却下した判決を差し戻し、再審を命じる判決を下しました。いま一度、有明海問題の解決に向けて、とりわけ諫早湾の潮受け堤防をわずかに20cm開門して海水を調整池に入れることにより、調整池の濁り切った水をまともな状態に戻せると願う、漁業者のささやかな請求を誠実に審理することが求められます。これまで、有明海の再生をまともに受け止めて審理してこなかった司法の正常化を促すためにも、有明海問題に関する世論の喚起が強く求められます。

宝の海と呼ばれた有明海は日本の海を再生させる試金石

このまま経済成長至上主義の呪縛から抜け出すことができなければ、続く世代に確かな未来はないことを、台風の頻発化や巨大化による大水害の発生を通じて、私たちは痛感させられています。陸に住む人間が、究極のふるさとである海をあまりにもおろそかにしてきた結果、地球規模の温暖化やマイクロプラスチックによる海の汚染が深刻化しつつあります。すでに2011年の東日本大震災を通じて、自然への畏敬の念を取り戻して、“いのちのふるさと海と生きる”ことが持続循環的な社会の根源であることに思い至ったはずでした。

海との関わり方が最も深刻な形で現れ、自然とともに生きる地域社会を崩壊に至らしめた事例は、かつては限りなく豊かないのち輝く海が今では深刻な瀕死の海に至った有明海に典型的に見られます(写真)。わが国の沿岸環境と沿岸漁業再生の“試金石”といえる有明海問題は、水循環こそいのちの根源であることがますます鮮明になった今日、この国の根源的な課題と思われます。

瀕死の海と化した有明海を象徴する大量の魚介類の死亡(佐賀県多良町、撮影 中尾勘悟氏)

国営諫早湾干拓事業と森里海のつながり

限りなく豊かであった有明海にさまざまな環境改変が重なり、中でも国営諫早湾干拓事業として全長7㎞の潮受け堤防が1997年に設置され、豊かな有明海の源であった森や川と海のつながりが乱暴極まりなく分断され、自然とともに生きてきた地域社会を崩壊させてしまいました。有明海湾奥部では、周辺の山々から大量の微細な鉱物粒子がもたらされ、岸辺は徐々に埋まり、古くより干出した縁辺部分を順次農地に替える「自然干拓」が繰り返されてきました。それらとはまったく異なる、一挙に広大な干潟を埋め立てるための強制的な「複式干拓」と、巨大公共事業実現のために長大な潮受け堤防が造成されました。

森で涵養された栄養豊かな水は本来なら海の生物を育む源ですが、森(川)と海の間に閉鎖的な調整池が設置され、森から生み出される良質の水は滞留することにより発がん性物質を含むまでに汚染され、開門絶対反対を掲げる県や国によって定期的に「開門」排水され続け、かろうじて漁業を続ける潮受け堤防外の漁場に深刻な影響を与え続けています。

農業者も求める潮受け堤防の開門

そのような中、開門すると塩害で干拓地農業に深刻な影響が出ると「開門反対」を強制されてきた営農者の中から、「冬は冷蔵庫、夏は温泉となる調整池を元の海に戻して、周辺環境を温和に戻さない限り、干拓地でのまともな農業は続けられない」と、公然と開門を主張する農業者が現れました。開門反対の理屈はすでに崩れつつあり、農業と漁業の対立から、両者の協働による有明海再生への道が開かれつつあります。

本来、森で涵養された水が農地を潤し、同時に海の生物生産を支える自然の循環は、林業者、農業者、漁業者は同業者であることを示しています。そのような考えを基本に、京都に本部を置く全国日本学士会の会誌「ACADEMIA」(2017年7月号)に「有明海再生への道」が特集されました。その冊子に注目した地球システム・倫理学会が全国日本学士会と共催で、2018年9月29日に「有明海の再生に向けた東京シンポジウム」を東京大学中島ホールで開催し、その成果は「ACADEMIA」(2018年10月号)にまとめられました。

『 いのち輝く有明海を―分断・対立を超えて協働の未来選択へ』の刊行

一方、有明海の再生を目指すNPO法人SPERA森里海(福岡県柳川市)が2010年以来、九州北部都市で開催してきた有明海再生シンポジウムの10回目が、2019年9月8日に長崎県諫早市において開催されました。このシンポジウムの開催に合わせて、上記の「ACADEMIA」2誌に掲載された論文と新たに3名の寄稿を加え、18名の多様な分野の皆さんによる有明海問題に関する総合書として『いのち輝く有明海を?分断・対立を超えて協働の未来選択へ』()を、福岡県・博多の小さな志の有る出版社の花乱社から刊行することができました(本誌347号「環境の本」に掲載)。

表 『 いのち輝く有明海を―分断・対立を超えて協働の未来
選択へ』の内容

未来世代の幸せ最優先に「森里海を結ぶ植樹祭」の実現へ

このような流れの中で、これまでの誤った情報などによって生み出された分断・対立・不信感などの不幸な事態を乗り越えて、続く世代の幸せを最優先に願い、多様な分野・多様な世代が、有明海/諫早湾と潮受け堤防を見渡せる多良岳の中腹に集い、有明海と周辺地域社会を育む「森里海を結ぶ植樹祭」を開く機運が高まりつつあります。森と海のつながりに思いを抱く林業家、多良岳に感謝の会、多良岳中腹で営む酪農家、農業者、漁業者、マスコミ関係者、諫早市民など、同じ思いの多様な分野の人びとが結び合い、小長井町の若手漁師が「自分が中心となって植樹祭を進める」と名乗りを上げてくれました。2020年3月20日には、親子連れの第1回植樹祭を開催する準備が進められています。

『いのち輝く有明海を』を出版いただいた花乱社のご厚意により、売り上げの一部は植樹祭開催基金に提供いただけます。本書の普及は有明海再生の世論を喚起し、同時に再生への基金を募ることにもなります。本書の普及を通じて、この国の根源的な課題である有明海問題の解決の道が開かれることを切に願っています。

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