日本の未来に魚はあるか?―持続可能な水産資源管理に向けて最終回 海の生き物を守るフォーラム2020「地球温暖化と海の生き物の未来」参加報告

2020年03月16日グローバルネット2020年3月号

グローバルネット編集部
飯沼 佐代子(いいぬま さよこ)

2月9日に東京海洋大学で、海の生き物を守る会と日本自然保護協会の主催による「海の生き物を守るフォーラム2020―地球温暖化と海の生き物の未来」が開催された。五つの講演と総合討論で、盛りだくさんの内容だったが、ここではとくに水産資源管理との関連の深い二つの講演の内容を主に紹介したい。

●水温上昇によるクロマグロの危機

東京大学大学院の木村伸吾教授の講演「温暖化が水産重要種の回遊生態と再生戦略に与える影響」によると、地球温暖化により海水温が上昇すると、回遊魚の回遊ルートが北側に片寄る北偏や、産卵時期の早期化などが懸念される。サワラが青森で、クロマグロが北海道で捕れ、スルメイカが長崎県五島の産卵域まで到達しないなど、従来の漁獲地域と異なる状況が発生し、漁獲に支障が出る状況が起きている。

温暖化の影響は、それぞれの魚種の生活史によって影響の受け方や大きさが異なる。日本の水産業にとって極めて重要なマグロ類でとくに経済的価値の高いクロマグロに着目すると、水温20℃位の温帯域に生息し、通常の体温は25℃前後、変温動物なので温暖化で海水温が上がると体温も影響される。太平洋の広大な海を回遊するため、体温調調節の機能があるが、温暖化による水温上昇による体温のオーバーヒートにつながり、回遊ができなくなる可能性もある。また、産卵域は沖縄の南から台湾東とフィリピンの北および日本海南西部のみと非常に限定されている(図1)。産卵に適した水温は26℃±2℃で、これを外れると産卵が行われないか、稚魚の成長が極めて悪くなると考えられ、水温上昇は将来の資源量を減少させる。同じマグロ類でもより安価なビンナガやキハダは回遊海域も産卵域も広いので、水温上昇の影響が限定的になる可能性があることに比べ、クロマグロの再生産は温暖化の影響を極めて受けやすいと考えられるという。

海水温上昇への適応シミュレーションとして木村氏が示したのは、①産卵時期の早期化、②産卵場の北上、③変化しない、の3パターン。③では資源量が3分の1に激減する。①は産卵が日長(日中の長さ)に対応する可能性があり早期化が可能か不明とのことであった。残る②では、産卵の適温海域を求めて、最も北の産卵地日本海に移動する可能性があるが、稚魚の生存率は2分の1に激減するという。クロマグロの保全には産卵海域の環境保全と親の資源管理が重要だが、しかし日本海の産卵場では巻き網が待ち構えている。

近年日本海では産卵に集まったクロマグロの親を巻き網で捕獲する例が増えている。産卵前の親は餌を食べないため、一本釣りやはえ縄にはかからないが、巻き網は一網打尽で漁獲する。南方で産卵していた集団が温暖化により日本海に移動してきた場合、この地域での産卵を維持できるかどうかが保全のカギとなる。

●酸性化が脅かす海の幸の未来

北海道大学大学院地球環境科学研究院の藤井賢彦准教授の講演「地球温暖化と海洋酸性化と海の生き物の未来」では、温暖化に加えて酸性化が起きることで、海洋生態系に不可逆的な影響が生じる可能性が示された。過去100年間で世界の海水温は平均0.5℃上昇し、日本海では3倍の1.5℃上がっている。近年、海水が二酸化炭素(CO2)と熱を吸収して温暖化を抑制していることが知られるようになったが、CO2が海水に溶け込むと、もともと弱アルカリ性の海水が酸性化する。

海水温の上昇は海の生物に多様な影響をもたらす。サンゴの白化現象と消失、カジメやアラメなどの温帯性の海藻が減り、亜熱帯性の海藻が増加する。海藻の種の多様性も低下し、海藻を餌とする魚の活動期間が長くなるため食害が増え、藻場が衰退する。藻場はアワビやウニなどのゆりかごであり、藻場の減少はこれらの水産資源の枯渇にも直結するという。

プランクトン、サンゴ、貝類、エビやカニなどの甲殻類やウニは、海水中の炭酸イオンで炭酸カルシウムの殻を作る石灰化生物と呼ばれる。CO2濃度の増加は、炭酸イオンの濃度を下げ、殻の形成を阻害して石灰化生物の生存を脅かす。

石灰化生物にはとくに価格の高い水産物が多く、海洋酸性化による日本沿岸での経済的な損失は漁業・養殖業合わせて5千億~2兆円(今世紀末まで)、世界全体では10兆円以上にも及ぶと懸念される。とくにカキ養殖が水揚げの6~7割を占める広島、岡山や、ホタテガイが1~2割の青森、北海道、クルマエビやアワビ、真珠のように少量だが単価が高い水産物など、一部の地方経済にとってこれらの資源は極めて重要であり、海洋酸性化の影響は決して楽観視できない(図2)。

温暖化の海洋生物、漁業資源への影響は極めて大きく、日本近海のみならず世界規模で広がり、食料供給や国家安全保障の問題にもつながる。特に南・東南アジアで資源が減少し、ロシアや北欧では使える資源が増えるため、南北格差の拡大も懸念される。

海洋生物、水産資源を守るためには、何としてでも温度上昇を食い止める必要がある。パリ協定の1.5℃目標達成は必須だが、排出量はまだ増えている。今年か2~3年以内にピークアウトにしなければ、海洋生物への甚大な影響は避け難くなってくるだろう。

●温暖化と海洋酸性化両方の影響を受ける海の生き物

この他、日本自然保護協会の安部真理子氏による「温暖化時代に海の生き物が直面していること~サンゴ礁を中心に」と舞根森里海研究所所長の田中克氏による「気候変動と災害と海の生き物の多様性」、海の生き物を守る会の向井宏氏による「気候変動と砂浜・干潟・藻場生態系~ブルーカーボンは地球を救えるか?」と題した講演が行われた。気候変動以外にも過剰漁獲や埋め立てや護岸による干潟や海岸部の喪失、砂浜の減少など複合的な原因が影響し、海洋生物の生息環境が危機的な状況となっていることが報告された。

藻場など沿岸部の生態系はCO2の吸収・固定量が非常に大きく、近年ブルーカーボンと呼ばれて温暖化対策としてその保全・回復が注目されている。しかし沿岸部生態系の多くが既に開発や海面上昇により失われている。海水の酸性化は石灰質の殻を持った植物プランクトンの生産を減少させ、それは海洋全体の生産性の減少につながるという。地球温暖化と海洋酸性化は「双子の現象」と呼ばれ、急速に温暖化が進む中で、海洋生物はこの両方の影響を大きく受けていることが垣間見れられるが、実態把握のための調査の予算は不足しているという。

海で今何が起きているのか、私たちはほとんど知らないまま、水産資源を消費している。シンポジウムでは専門家が持っている情報と危機感の共有、そして多くの人が一緒に考えることで打開策へとつなげていく必要性が語られていた。海の生き物たちの声なき声に、耳を傾けることができるか。それは自分たちの未来の世代の声を聴くことに他ならないのかもしれない。

(本連載は今回が最終回となります。)

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