過去から未来へー命をつなぐタネと農第1回 どうなっているの?日本と世界の種子事情

2020年05月15日グローバルネット2020年5月号

農家ジャーナリスト
AMネット代表理事
京都大学農学研究科博士後期課程

松平 尚也(まつだいら なおや)

食と農を支えるタネは、誰がどのように守り育ててきたのか。世界と日本で種子をめぐる制度や政策が大きく変わる中、持続可能な農業の主体は誰が担うべきなのか。京都府で有機農業に取り組む松平尚也さんと、世界の種子、農業問題を見続けてきた印鑰いんやく智哉さんに交互に執筆していただく連載を始めます。

種子の人類史的意義

タネを過去から未来へつなぐとは、どういうことか。人類は新石器時代より植物種子の採種・播種を行ってきた。種子の保全は、各地の農民らにより営々と行われ、有用な植物の野生種から採種・播種を何世代も繰り返され栽培植物である作物が生み出された。

人類は今や種子なくしては生きていけなくなった。しかし問題は、種子の大切さを私たちの食卓で想像できなくなっている現状だ。現代の生活では、農との接点が少なく種子や農業現場の状況を知るのが困難だ。その中でタネを過去から未来につなぐことを検討するためには、持続可能の視点から農業と種子そして農民との関係を考えることが重要になってくる。

種子の役割が農業の近代化・グローバル化を経て変容している。近代以降は、農民以外にも国家が公的種子事業で多様な種子を育種してきた。その一方で、20世紀初めより欧米を中心に種子の知的財産権の考えが発達し、各国の種子政策に影響を及ぼすようになった。

連載初回では国内外の種子をめぐる制度や政策の変化が農業・農民にどういう影響を与えているかを紹介し、持続可能な農業・食料と種子の関係を考えたい。

種子の寡占による世界の農業・農民への影響

まず世界の種子の在り方を規定する種子システムから考えていきたい。種子システムは、西川(2016)によれば、種子の生産・保存・流通・認証・販売等の一連の活動とそれを支える組織制度とされる。そこでは、フォーマルで公的な制度が政府機関管理の下に供給される改良作物の品種の認証種子に関わる制度であるのに対して、インフォーマルな制度においては、農民による採種・交換による、認証されない、主に在来品種等の種子供給を担っているとされる。

問題は、経済のグローバル化によりフォーマルな制度において多国籍企業の影響力が高まり、知的財産権強化の流れが国際的に広がっていること。そしてインフォーマルに利用してきた農民の種子がフォーマル化され(久野2016)、自家採種や種子交換が違法化となり、農民の種子の権利を侵害する状況が世界で起こっていることだ。実際、世界の種子市場は寡占化が進んでおり、上位4社の売り上げが全体の6割(2017年)を超える状況にある。その一方で中南米やアフリカでは農民の種子の権利侵害が表面化し、種子の権利保持を求める運動が起こってきた。

こうした問題の背景には、国際的な種子の知的財産権強化の流れがある。その大本にある国際的な取り決めが「植物の新品種の保護に関する国際条約」(以下、UPOV条約)だ。中でも、1991年に改正されたUPOV91では、知的財産権の保護対象植物の拡大、育成者権の強化等が行われ、各国の農業・農民に大きな影響を与えることになった。

種子の知的財産権強化の影響は、先進国にも及んでいる。GM(遺伝子組み換え)作物の導入が進む米国では、種子市場において多国籍企業等による寡占化が起き、トウモロコシや大豆などの種子価格高騰を招いている。欧州連合(EU)においても農民の自家採種や種子交換が大幅に制限されており、公益と対立する状況がある。

種子法廃止・種苗法改正による農業・農民への影響

種子をめぐる環境や政策の変化は、日本国内でも種子法廃止・種苗法改正という形で起こっている。ここではその農業・農民への影響について説明しよう。

私が住む京都市右京区京北は、種子法下で水稲採種(コメの種子の種採りをする)を行う地域である。1960年より水稲種子の生産を始め、京都府内の稲作向けに種子を供給してきた。

水稲採種農家は、大変な栽培管理の苦労に向き合う。採種過程において注意されるのが、混種=種が混ざることだ。そのため品種ごとに収穫機械を分ける。病気予防のためには農薬による防除が徹底される。その手間暇に対して買い取り価格は十分といえず、後継者不足の原因となっている。こうした生産体制は京都府や農協も協力して行われ、種子の安定生産に役立ってきた。しかし種子法廃止で今後こうした取り組みが継続できるかが不透明な状況だ。農民の不安も尽きない。

一方、種苗法改正における問題は、知的財産権強化を目的に農民の自家増殖(自家採種)の権利を抑制する点にある。農林水産省はその流れがグローバルスタンダードであり、農民の自家採種により種子が海外に流出すると主張する。しかし海外流出は現行法でも取り締まり可能であり、その論理自体に根本的問題がある。

改正のもう一つの問題は、登録された植物の品種の自家増殖が育成権者の許諾を必要とする制度になったことだ。農水省の改正案を検討する会合では、農協の委員から自家増殖禁止の流れと金銭の負担も発生する許諾制について繰り返し疑問が呈された。そこでは、多様な農民がいる中で許諾制の導入は本当に可能なのか、農民が追加で払う必要がないように、また農民の自家増殖がこれまで通り認められるよう要望が出された。

改正案では、農協の疑問は反映されず、許諾制が明記された。農水省は、許諾は種苗メーカーと生産者ら当事者に委任する意向で、今後は農業現場で混乱が起こる可能性が高い。許諾料が発生すると、小規模農民が種苗購入において不利になる可能性もある。

欧州では、すでに許諾料の支払いが生じているが、種苗メーカーと農民の構造的関係を考慮して小規模農民への許諾料の支払い免除規定がある(生産量・穀類92t、ジャガイモ185t/年以下)。種苗法改正においては、最低限こうした免除条項についての議論がなされるべきであろう。

種子と持続可能な農業

農民の自家採種や種子交換は、作物の改良や地域文化とともに種子や農業の多様性を保全してきた。そのため国際社会では食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)という条約を制定し、種子の保全、改良において農民が大きな貢献をしたことを考慮し、農民の種子への権利の保護をうたっている。

日本も加盟するITPGRの農民の権利においては、自家採種の自由が中心的な概念となっており、農民の意思決定への参画の権利も規定されている。政府は本来であれば種苗を議論する場所で自家採種する農家の意見を聞き、当事者を参加させる必要があるのだ。拙速に改正案を通すことはITPGRの理念にも抵触するともいえる。

農民の種子への権利の制限や知的財産権強化の流れは、多様な農業の発展を阻害し持続可能な農業の未来の芽を摘みかねない。

国連は、2018年12月に採択した「小農と農村で働く人々の権利宣言」において小農の種子への権利を明記した。宣言では、小農が持続可能な農業の担い手として位置付けられ、ここでも意思決定に参加する権利が明文化されている。

新型コロナウイルスの影響によりグローバルフードシステムのひずみが露呈する中で持続可能な種子と担い手をめぐる議論がかつてなく必要となっている。次回は、この点について国内外の種子の歴史的観点と小農や家族農業の視点から考えていきたい。

持続可能な有機農業を実践する筆者の畑

引用文献

  1. 西川芳昭(2016)「 種子をめぐる協働と闘い:「農民の権利」「自家採種」を日本で議論する可能性」『有機農業研究』Vol.8、No.2 5-10 頁
  2. 久野秀二(2016)「 多国籍アグリビジネスによる「種子の包摂」の現段階と対抗運動の可能性『有機農業研究』Vol.8、No.2 11-15 頁

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