過去から未来へー命をつなぐタネと農第2回 農家にとって種子とは何か

2020年06月15日グローバルネット2020年6月号

農家ジャーナリスト
AMネット代表理事
京都大学農学研究科博士後期課程

松平 尚也(まつだいら なおや)

 

新型コロナウイルスの影響で国内外において食料生産の不安定化がささやかれている。その要因の一つが種子を含めた農業資材の物流への影響だ。影響は日本が食料を大量に輸入する北米にも及ぶとされる。FAO(国連食料農業機関)は、新型コロナ以降の欧州・北米の大規模な穀物生産が大量の農薬や化学肥料等の農業資材に依存しており、物流が途絶えれば、生産活動の停止を伴いかねないと警告した。その農業資材の中にはもちろん大量の種子も存在する。

グローバルフードシステムの矛盾

国際種子連盟は4月、新型コロナに対して種子が食料生産に不可欠であるため、種子貿易や流通の堅持を各国に訴えた。欧米では都市封鎖等の影響ですでに種子の物流への影響が発生していたからだ。日本の野菜種子の輸入元の一つである欧米では、海外からの農業労働者の移動制限で食料生産自体に影響が出ている。

新型コロナは、グローバルなフードシステムの矛盾を露呈させた。欧米ではその代替案としてショートサプライチェーンへの注目が高まっている。日本でいえば地産地消やローカルな食などがそれに当たるが、国内ではそうした食や農の転換の動きは鈍い状況にある。

日本では、農業の基礎的資材である種子のうち、主要農作物の稲・豆・小麦の種子は、種子法廃止後も都道府県が事業を継続し種子生産が自給されている。しかし野菜の種子については、自給率が1~2割しかなく、輸入が止まるとたちまち生産基盤が崩壊する状況だ。

先日、その状況を実感する機会があった。農協で通常棚に大量に並ぶ商品が欠品しているのだ。種子についても入荷の遅れが発生している。野菜を栽培する農家としては、秋冬野菜の種子が入手できるか心配な状況だ。改めて食料生産そして農家にとって種子とは何か、を再検討する必要性を痛感している。

種子は農の本

では農家はこれまで種子とどう向き合ってきたのだろうか。その関係性を考えるために一つの歴史的エピソードを紹介したい。東アジアは潜在的飢餓地帯といわれる。農民は飢えと向き合いながら、田畑を耕してきた。1732年、享保の大飢饉が起きた年、西日本では天候不順と害虫被害のため稲作が大打撃を受け、餓死者が続出していた。多くの農民が耕作に勤しむ中で、松山藩筒井村(現・愛媛県松前町筒井)の作兵衛という農民が飢えと激しい労働のため、田んぼに昏倒した。近隣の者が作兵衛の保存していた麦種を食べてはどうか、と勧めた。しかし作兵衛は「農は国の基、種子は農の本。一粒の種子が来年には百粒にも千粒にもなる。僅かの日生きる自分が食してしまって、どうして来年の種子ができるか。身を犠牲にして幾百人の命を救うことができたら私の本望である」と言い、種を食べず後世に残し大儀に死んだとされる。

このエピソードは当時の農民が種子に持つ思いを体現し、種子が農民によって守られてきたことを示す象徴的な例ともいってよい。

公共による種子管理の歴史と限界

近代以降、種苗の国家管理が食料の安定供給を目的に強化され、育種の中心が農家から国家や民間企業に移っていった。ではその中で現代の農業者は種子とどのように向き合っているのだろうか。

最初に主要農作物の稲の種子を例としてみてみる。日本では主食の米生産の多くを兼業農家が担うという特殊な状況がある。兼業農家は、基本的に農協から苗を購入するが、そのほとんどが都道府県ごとに定められた奨励品種となっており、コシヒカリ系の品種が多くを占める状況がある。

種子法では、各都道府県が種子の安定生産を行うとともに奨励品種を決めて種子の原種・原原種を保全してきた。それによりコメの安定生産と供給を達成したが、コメ品種の多様性を狭めるという結果も伴った。

また国と農協が制度的に生産管理を行ってきたため、農家の種子への関心は低下しており、栽培する種子がどこでできたか知らない農家も多いのが現状だ。

次に野菜の種子の現状を考えてみる。高度経済成長期、急激な都市化で野菜価格が上昇し野菜は物価高騰の原因とされた。その対策のために日本では14品目の主要な野菜を指定し産地形成を行った。

そのため野菜の安定生産は達成されたが、大量生産―流通―消費のフードシステム構築が目指される中で野菜品種の多様性は著しく失われた。

日本の代表的野菜である大根は、各地の風土で育まれさまざまな地方品種が育まれてきた。しかし現在の大根品種は、大量流通に向く青首大根が流通量の9割以上を占めるようになってしまった。

最近はさらに中食・外食業界の伸張とともに、加工業務用野菜に向く野菜品種の開発が活発化している。中でもカット野菜向けの野菜は、機械加工に向く野菜品種の需要が高まり、大きなキャベツやホウレンソウ、レタスなどの種子開発が進む現状がある。

確認したいのは現代の種子は流通やフードシステムの強い影響下にある点だ。その中で農家は、出荷先から農薬や化学肥料とセットで購入する受動的選択を取り、種子への関心低下を引き起こした。

私は15年前より各地の在来作物や伝統野菜を栽培し、種子の歴史と向き合ってきた。在来作物とは世代を超えて風土で育まれ自家採種されてきた作物である。伝統野菜も定義は近いが都道府県の地域振興等のために保全される特徴を持つ。

在来作物は、大規模な流通に向かないために生産が急減し、中には種子自体が消失してしまっている現状がある。しかし21世紀に入り、一部の在来作物が伝統野菜ブームの中で生産が復活している。

京都はその中で全国でも先駆けて京都の伝統野菜である京野菜の生産継続に取り組んできた。例えば今では全国区になった京野菜である水菜は、1970年代生産が急減し普及所などの懸命な努力で生産を復活させた経緯があった。

京野菜の現在の課題は、京都以外の京野菜生産の拡大だ。今では水菜生産は茨城や千葉に移り、京都産の京野菜は高値で東京で販売され、関東産の水菜が京都のスーパーに並ぶ現状がある。

もう一つの課題が京野菜でもブランド力がある京野菜とマイナーな京野菜に分かれ、後者の生産が途切れつつある現状だ。生産量が減少すると種苗メーカーも種子更新できない。

私の農場では風土の中で育まれてきた歴史と文化を継承する観点からマイナーな京野菜生産にも取り組む。最愛の大根は青味大根だ(写真)。この大根はキュウリの代用品として150年前より栽培されてきたが、曲がって成長し折れやすく市場出荷にまったく向かず、現在数件の生産者のみが栽培する現状にある。種子生産するメーカーはわずか1社。その会社が数年前採種に失敗し、種子が入手できず、慌てて古い種子をかき集めたことがある。現在はメーカーに生産状況を確認しながら少しずつ採種を始めている状況だ。

筆者の農場で収穫された青味大根

しかし農家にとって自家採種を行うことにはリスクがつきまとう。採種した種子からまったく芽が出ず播種し直した経験も何度もあり、経営リスクが伴う。一方で伝統野菜の種子も多くが輸入の中で自家採種とともに国内生産の必要性も感じる。しかし農家の高齢化でかつての国内の採種農業復活は望むべくもない。

こうした種子を取り巻く課題解決のためには、流通関係者のみならず食卓を担う人びとに対して種子の現状を知らせていくことが大切だと感じている。その中で種子に対して農家が新たな価値付けを行っていくことから種子の未来を考えていくこと、そのことが求められていると考えている。

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