21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第43回 気候変動対策の残念な誤解と日本の長期戦略

2020年09月15日グローバルネット2020年9月号

武蔵野大学教授、元環境省職員
一方井 誠治(いっかたい せいじ)

新型コロナ問題と猛暑下の夏

2020年の夏は、新型コロナ問題の広がりによる外出自粛と猛暑とが直撃する異例の夏となりました。私が勤務する大学も春から全面的にオンライン授業となり、大学の教室ではなく、家でパソコンに向かって授業を行う日々が続きました。

そのため、家にいる時間が長くなり、普段はあまり見ないテレビの討論番組などを見る機会が増えました。そこでは、新型コロナ問題と猛暑や豪雨の問題をはじめさまざまな話題が取り上げられ、番組に呼ばれた識者の間で議論が行われていました。

その中でたまに環境問題が取り上げられていました。例えば、猛暑に関連する地球温暖化問題として、日本の石炭火力発電所を今後どうしていくかという問題について、小泉環境大臣と梶山経済産業大臣が討論番組に出演し、日本の方針についてそれぞれ別々に説明を行っていました。また、元大阪府知事・市長の橋下徹さんとテレビ司会者の古舘伊知郎さんが、ある番組内での対談の中で、気候変動問題について話をされているのをたまたま見て注意を引かれました。

気候変動対策についての残念な誤解

私が理解した、橋下さんの気候変動問題についての認識は以下の通りです。まずこれは、先進国が大きな原因を作った先進国問題であること、ただし、気候変動問題の対策は、とくに日本では、すでに雑巾を絞り切ったような対策をしているので、これをやるにはものすごい費用がかかること、一方で途上国をはじめ、いまだ食うや食わずの貧しい人たちがいること、政治としての優先順位としては、1000年先の将来の地球温暖化問題の対応よりもそのような問題の解決をまずは考えるべきではないかというものでした。

また、古舘さんは、地球温暖化問題の緊急性、重要性についての観点から、橋下さんの論調には批判的な話をされましたが、一方で、温室効果ガスの削減対策としての排出量取引は二酸化炭素の排出を金で買うようなもので問題だと話をされ、橋下さんもそれに同意をされていました。

橋下さんも古舘さんも現在の日本における超有名人であり、庶民にも人気のある大変影響力のある方ですが、以上のようなやりとりを聞いて、私は大変残念に思いました。とくに、橋下さんの地球温暖化対策は日本では雑巾を絞り切ったようなものという認識と、古舘さんの排出量取引制度は二酸化炭素の排出を金で買うようなものなので問題だという発言です。

字数の関係で、ここでは詳しく説明する余裕がないのですが、「日本は雑巾を絞り切っている」論については、実は私も役所から大学に移った2005年ころまでは漠然とそのように考えていました。しかし、京都大学経済研究所で、企業の環境報告書を基に、日本企業の温室効果ガス削減費用の実証研究を行った結果、少なくとも直近の過去においては、東証、大証上場企業における平均的な削減費用は、プラスではなく、マイナスであるという結果を得ました。この結果については、学会でも報告し公表したのですが、研究者の間では、内容がおかしいとの意見はありませんでした。ちなみに、私の学位論文はこの調査結果が大きな構成要素となっています。

また、この結論は私の専売特許というわけではなく、気候変動の経済学として2006年に公表されたスターン・レビュー(※ 2005年7月の主要国首脳会議を受け、英国政府がニコラス・スターン元世界銀行上級副総裁に作成を依頼した、気候変動問題の経済影響に関する報告書)においても、「緩和策はたしかに費用がかかるが、経済全体としてみれば、これらのコストを相殺できるような技術革新による便益がある」としています。さらに日本の環境経営を早くからリードしてきた株式会社リコーの桜井元会長は、「雑巾を絞りきって、もうやることがないという経営者がいれば、その企業はもはや衰退するしかない企業である」という趣旨のことを述べています。

また「排出量取引制度」については、欧州連合(EU)や米国の一部の州で行われているキャップ・アンド・トレードの仕組みと、京都メカニズムとして先進国と途上国との間で行われた、キャップがきちんとかかっていないクリーン・ディベロップメント・メカニズムの違いを区別されていないことが理由にありそうです。

それにしても、古舘さんや橋下さんのような認識では、環境経済学でいう、「環境コストの市場への内部化」という考え方自体が、そもそも成り立たなくなってしまいます。環境経済学を専門としている研究者としては、その辺りの残念な誤解を解いていく必要があると改めて痛感しました。

成長戦略としての長期戦略

さて、小泉環境大臣と梶山経済産業大臣の話は、日本の石炭火力について、効率の悪い石炭火力の廃止と海外への輸出条件の厳格化についてのものでした。ただ、率直に言って、これに関する政府としての合意文書は一つであるものの、その解釈については相当隔たりがあるとの印象でした。わかりやすく言うと、やはり小泉大臣は環境に軸足を置き、梶山大臣は経済に軸足を置いているというスタンスに見えました。

しかしながら、これをドイツの状況と比較をすると、ドイツは環境面、経済面を含めて熟慮の上、2038年までに石炭火力を全廃することをすでに決めています。小泉大臣や梶山大臣の説明ぶりは失礼ながら、数周遅れの議論に私には聞こえました。

それでは、気候変動対策についての日本の長期戦略はどうなっているでしょうか。ご承知のように、日本では、環境省と経済産業省それぞれの審議会で、かなりの時間をかけてこの検討が行われ、2019年6月に「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」という閣議決定文書を取りまとめています。これは2016年に、パリ協定の合意を受けて策定された「地球温暖化対策計画」を踏まえ、今後2050年までの政府の施策を取りまとめた長期の戦略です。

日本の長期戦略の問題点

本長期戦略を見てまず違和感を持ったのは、「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」というこの文書のタイトルでした。実は、この文書の本文冒頭には、「(この戦略は)、パリ協定に基づく長期低排出発展戦略として策定するものである」と記されています。そうであればなぜ、素直にそのようなタイトルにしなかったのでしょうか。もとより、気候変動対策というのは、ドイツの「エネルギーコンセプト」同様、環境面のみならず、経済面や安全保障面など多面的な施策を統合したものでなければなりません。

その意味では冒頭に記してあった「長期低排出発展戦略」であれば、「長期にわたり、(温室効果ガスの)低排出をしながら(経済的にも)発展するための戦略」という環境政策と経済政策との融合というイメージが湧くのですが、「成長戦略としての長期戦略」では、まず何の戦略かがわからないままに、「成長」という、経済重視の言葉の側面が強く印象に残ってしまいます。私がこのことを問題と思うのは、単にタイトルがおかしいということではなく、実は、このタイトルはまさにその後に記されているこの戦略の内容を正しく反映しているように思えるからです。

もともとドイツの「エネルギーコンセプト」のタイトルは、経済と環境と安全保障の観点からドイツのエネルギーシステムを大改革しようという意図が含まれています。そのために、野心的な温室効果ガスの削減目標はもとより、その実現手段としての欧州排出量取引制度や徹底した固定価格買い取り制度など、市場機能を活用したいわゆるカーボンプライシング政策が真正面から位置付けられていて、これがドイツの環境と経済のデカップリング(※温室効果ガス排出やエネルギー消費等の環境負荷が経済成長から切り離されること)を実現するカギとなっています。

ところが、日本の長期戦略の実現手段としては、企業を中心とした技術革新とそれに対する政府の支援という従来の施策が主力であり、かつての「京都議定書目標達成計画」の域を出ていないのです。日本が最も遅れているカーボンプライシングに関する施策に至っては、77ページの文書の末尾に10行あるのみで、その扱いは、いまだに「国際的な動向や我が国の事情、産業の国際競争力への影響等を踏まえた専門的・技術的な議論が必要である」とされているのです。

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