日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第43回 鯖街道の歴史を現代につなぐサバ養殖―福井・小浜

2020年10月15日グローバルネット2020年10月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

福井県敦賀市から西へ若狭湾沿いの名勝、三方五湖を経て小浜市にやって来た。小浜はNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」(2007~08年)の舞台となり、米国の前大統領と同じ読みの地名でも有名になった。「ちりとてちん」は大阪で落語家を目指すヒロイン(貫地谷しほり)が成長していくストーリー。福井県出身の五木ひろしが本人の役で登場して『ふるさと』を歌うなどユニークな内容だった。当時、ドラマの中で出てきた焼きサバを食べるために小浜を訪れた。再訪となる今回は、小浜を起点にサバを京都へ運んだという鯖街道のことを少し詳しく知りたいと思った。

●最新技術でコスト削減

小浜ではかつて巻き網漁でさばききれないほどサバ(マサバ)の漁獲があった。だが、日本全体でも同じような状況でサバは捕れなくなり、代表的な大衆魚だったサバは高級魚に。今、スーパーなどに並ぶサバやその加工品の多くはノルウェー産(大西洋サバ)だ。

古くから小浜は若狭国(福井県南西部)の中心地であり、京都へ通じる鯖街道はサバをはじめとする海産物などの輸送、人的交流の重要なルートだった。琵琶湖の西側を通る若狭街道や標高800m級の山道を通る最短の「針畑越え」などいくつかのルートがあった。京の食文化を支えただけでなく、人の交流も盛んで鯖街道の文化が沿道に残る。

鯖街道が脚光を浴びることになったのは2015年、「御食国若狭と鯖街道」が日本遺産第一号になったことから。御食国とは古代から平安時代にかけて、都へ海水産物などの食料を貢いだとされる国。若狭は志摩、淡路などとともに御食国の一つとされる。この日本遺産指定を契機に17年「『鯖、復活』養殖効率化プロジェクト」が始まった。観光客などに寄生虫アニサキスの心配がない刺し身で食べられるサバを安定的に供給しようというのだ。

プロジェクトの事務局がある小浜市農林水産課の領家光章さんに話を聞くことができた。

サバは回遊魚であることや、高水温に弱いため夏は水温が太平洋より高くなる日本海での養殖は難しいという。そこで養殖実用化のために、産学官の連携によるプロジェクトが始まった。メンバーは漁協、福井県立大学海洋生物資源学部、若狭高校、県水産試験場栽培漁業センター、小浜市、サバすし専門店の株式会社「鯖や」(本社大阪府豊中市)など。

遊び心を感じさせるのは「小浜よっぱらいサバ」のブランド。餌に京都の酒蔵で製造された酒かすを与えて生臭さを解消し、刺し身に合うように脂も少なく育てる。これまで食べた人の評判は上々だ。

魚価を左右する生産コストを下げるために導入したのが最新のデジタル技術。通信会社のKDDIはIOT(モノのインターネット)により、リモートでいけすの水温や塩分を測定、調整している。ICT(情報通信技術)やAI(人工知能)を駆使してさまざまなデータを分析、サバ養殖のマニュアル化を進めている。

プロジェクトを立ち上げる前の16年には田烏・釣姫地域で1,000匹を養殖し、18年には1万匹に拡大して「鯖や」への販売を始め、昨年1月に養殖事業体として田烏水産株式会社が設立された。

最大の課題は稚魚の入手で、それまで鳥取の巻き網船が捕ったものを入手していたが、今年は漁獲が減ったため太平洋産にした。また、県栽培漁業センターに、研究用の種苗生産を現在の1万匹からさらに増やしてプロジェクトに供給するように要望している。

リアス式海岸の若狭湾は養殖に適した場所で、トラフグ、マダイ、サーモン、カキなどの多彩な魚種が養殖されている。養殖業者自らが兼業する漁家民宿での自家消費が多いという。

市役所を訪ねる前に立ち寄った田烏地区は市中心から北東に15㎞ほど。カーブの多い海岸を走り、サバ養殖用のいけすを確認した。リアス式海岸の若狭湾は「原発銀座」としても知られるが、波がなく青く静かな海を見ていると、原発の存在を忘れてしまう。

サバ養殖が行われている
田烏地区

●多彩な食文化を現代に

焼きサバ

取材した領家さんに、最後にサバの加工品を売っている場所を教えてもらった。まず市役所を出てからすぐの場所にある鯖専門店「朽木屋」に向かった。お目当ては「浜焼き鯖」。「ちりとてちん」でもよく登場した太い竹串に一匹丸ごと刺さった焼きサバ。脂が乗って焼き魚のおいしそうな香りが周辺に漂う。材料には高品質のノルウェー産を使っている。その場でかぶりつくのが一番だったが、持ち帰ることにした。店にはぬか漬けの保存食「へしこ」、なれずしなどがそろっており目移りした。

さらに空港で売られる空弁で人気が出た若廣の本社工場直売所へ。商品名「焼き鯖すし」は浜焼き鯖の食文化から生まれ、現在では全国展開している。シャリは福井県産コシヒカリ。早く食べようと「小浜市まちの駅・旭座」の駐車場に停めた車の中で味わった。旭座は北前船交易が盛んだった明治時代に建築された芝居小屋。あいにく定休日だったが「ちりとてちん」人気が復元を後押ししたことを知った。

続いて港へ向かって着いたのが若狭小浜お魚センター。向かいに観光客に人気のフィッシャーマンズワーフがあるが、こちらは地元民にも人気のスポット。魚市場に水揚げされた鮮魚や水産加工品の店舗が集まっている。小浜の干物の特徴は、みりんではなく、しょうゆ」と酒を使った、しょうゆ干しであること。レンコダイを酢で絞めた「小鯛ささ漬」や一夜干し「若狭かれい」のような特産品も目白押しだ。店の人と話すと「地域の人は舌が肥えているので、競争は厳しい」と自信を示す言葉が返ってきた。

その他にもグジ(和名アカアマダイ)は、京都では高級魚として扱われてきたブランド魚。釣りやはえ縄で捕った500g以上の魚が「若狭ぐじ」となる。鮮度管理が徹底されており、水揚げした港、漁船の名前が入ったラベルが張ってある。

●期待高まる新幹線開業

最後に訪ねたのが「御食国若狭おばま食文化館」。市が推進する「食のまちづくり」の拠点施設で、鯖街道の歴史や小浜の食の魅力を紹介する展示が充実している。その中に「ちりとてちん」の撮影に使われたヒロインの実家の塗り箸工房があった。小浜は「箸のふるさと」で、「若狭塗箸」は貝殻や卵殻を漆の中に埋め込んで研ぎ出す。この製法に絡めたヒロインの祖父(米倉斉加年)のせりふも表示してあった。

「…一生懸命生きてさえおったら、悩んだことも落ち込んだことも、きれいな模様になって出てくる」と。

今、福井県は2023年の北陸新幹線金沢-敦賀間の開業に向けて街の雰囲気が盛り上がっている。敦賀から先のルート案には鯖街道と同じ小浜と京都を結ぶルートも含まれる。長い工期、莫大な事業費が必要とされるため、緻密に試算して無駄のないように願いたい。小浜のサバは食べるもの。「読む」ことのないように……。お後がよろしいようで。

若狭小浜お魚センター

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