21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第45回 英国の気候市民会議(Climate Assembly UK)

2021年01月15日グローバルネット2021年1月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

 

本年(2021年)11月に予定される気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)の議長国である英国は、先進的な気候変動政策を取っていることで知られている。

英国は、世界の主要国で初めて「2050年に温室効果ガスネットゼロ」を表明し、これを法制化した。そしてガソリン車・ディーゼル車の販売禁止を2030年に前倒しすることも決めている。さらに2020年12月4日には2030年まで温室効果ガス削減目標を1990年比で少なくとも68%削減に引き上げた(従来は57%であった)。

これらの目標を着実に実現する仕組みとしてカーボン・バジェット制度を規定している。これは、5年ごとの温室効果ガスの排出量上限について英国政府に策定を義務付けた排出キャップである。さらに気候変動法に基づく独立機関として「気候変動委員会」が設置され、政府への助言と2050年目標達成に向けた政府の取り組みのモニタリングを行っている。

気候市民会議の背景と目的

2050年温室効果ガス排出量ネットゼロ達成の道筋の議論の一環として、英国議会下院の六つの委員会(超党派)は、2019年6月に気候市民会議創設を提案した。これは、イギリス全土から無作為抽出で選ばれた108名の市民で構成され、2050年にネットゼロを達成するための手段や政策を熟議し、下院6特別委員会に対して具体的な提言をすることを目的としている。

市民会議は代議制民主主義を補完するため、市民による参加と熟議の機会を設けたものといえる。議会は、市民会議の報告を受け、法制化の作業に向けて審議をする。このような議会の動きの背景には、気候危機に対する国民的な関心の高まりと市民運動の広がりがあった。その典型が、Extinction Rebellion(絶滅への反抗)というグループによる気候変動に対する緊急対策を求めた直接行動で、彼らは市民会議の創設を要望していた。

気候市民会議に参加した108名は、年齢・ジェンダーなどの英国の人口構成、気候変動問題に対する関心度合い、所得階層、教育レベル、居住地の分布などを代表していた。会議の実際の運営は、4名の専門家からなる実行委員会が中心となり、下院から事業を受託した市民参加の運営に関して経験豊富な非営利団体(Involve)が事務局を担当した。会議の運営には高度の透明性が保たれ、その様子はインターネットなどを通じて広く公開された。

気候市民会議は、2020年1月末から5月末にかけて6回の週末に開かれた(最初の3回はバーミンガムにおいて対面形式で開催されたが、後半の3回は新型コロナウイルスの影響でオンライン開催となった)。英国の目標達成方策に関して専門家から広範でバランスの取れた見解を聴いた上で、参加者の間で丁寧で徹底的な議論が行われた。

その結果は、まず6月23日に「COVID-19、復興・ネットゼロへの道筋」と題した中間報告として取りまとめられ、9月10日には最終報告書(「英国気候市民会議報告書:ネットゼロへの道筋」)が公表された。

英国国会議事堂(撮影 Jonathan Poncelet)

市民会議報告書の内容

最終報告書は全552ページの大部なもので、その構成は、まず基盤となる基本原則を述べた上で、

    1. 陸上での移動
    2. 空路での移動
    3. 家庭での暖房とエネルギーの使用
    4. 何を食べどのように土地を利用するか
    5. 何を買うか
    6. 電力はどこから来るのか
    7. 温室効果ガスの除去などの課題

につき詳細かつ具体的な提案をし、さらに8.COVID-19からの復興とネットゼロへの道筋、について提言している。

提言の基盤である25の基本原則から市民会議メンバーが優先すべきとした14件は以下の通りである。

    1. すべての人への情報提供と教育
    2. 公平性の確保
    3. 政府のリーダーシップ
    4. 自然を保護し回復させること
    5. 未来に向けた持続可能な解決策の確保
    6. 社会総体での統合された取り組み
    7. 長期的な計画と段階的な移行
    8. 緊急性の認識
    9. 持続可能な成長への支援
    10. 地域社会の関与を国の解決策に組み込む
    11. 英国が世界に与えている影響につき思いを致し世界のリーダーとなること
    12. 自然を生かした解決法と技術的な解決法を上手に組み合わせること
    13. 透明性と誠実さの維持
    14. 科学的根拠に裏打ちされた大胆な対策

日本への示唆

英国に先行してフランスではすでに2019年10月から、国レベルで脱炭素移行に向けた市民参加の熟議が行われている。無作為抽出のくじ引きで選ばれた150人の市民が8ヵ月に及ぶ討議を続け、2020年6月21日に政策提言がまとめられ、6月29日にはマクロン大統領が提言を受けた基本姿勢を表明してその実現に向けた道筋を示した。大統領はその後12月14日に、気候市民会議による「憲法第一条に生物多様性と環境の保全および気候変動目標を盛込むこと」との提言については、その是非を問う国民投票を実施すると確約している。

欧州では英仏以外のスペインなどにも気候市民会議の動きが広がっている。

菅首相は2020年10月26日の所信表明演説で、「わが国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言する」と述べた。さらに、「グリーン社会の実現」を掲げ、「もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではない。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要」と訴え、革新的イノベーションに加えて、規制改革、グリーン投資の普及などを掲げている。パリ協定の目標の実現に向け、世界の多くの国がすでに「50年に実質ゼロ」を表明している中で、やや遅きに失していたとはいえ、歓迎すべき動きである。コロナ禍に取り組みながら、脱炭素社会への移行への国を挙げての取り組みはいよいよ待ったなしである。

脱炭素で持続可能な社会への速やかな移行を進めるためには、経済、社会、技術、制度、ライフスタイルを含む社会システム全体の転換が必要だ。そしてそれは、科学的な知見に基づき民主主義的でオープンなプロセスを経て着実に進められなければならない。

ところが、日本のエネルギー・環境政策決定プロセスは、国民参加や情報公開が不十分なまま、行政サイドと一部の産業界主導で政策や予算が決定され、決定内容が国民に一方的に伝えられる傾向が強い。このような政策決定プロセスを構造的に改革し、脱炭素で持続可能な社会へと移行することが何より求められている。欧州を中心とした気候市民会議の動きは、わが国にも大きな示唆を与えるものだ。

(英国気候市民会議に関する詳細な情報は、Climate Assembly UKのHP、日本語での情報は、(一社)環境政策対話研究所(柳下正治代表理事)のHPなどを参照されたい。)

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