日本の沿岸を歩く~海幸と人と環境と第50回 盤州干潟のアサリ・ノリにカキ養殖が加わる―千葉・木更津

2021年05月17日グローバルネット2021年5月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

羽田空港に着陸する飛行機から干潮時の盤洲ばんず干潟を見たことがある。東京湾アクアラインを挟んで北は袖ケ浦市の埋め立て地から南は木更津港まで、約1,400 haもある日本最大級の砂干潟は、東京湾に残された唯一の自然干潟である。

●アサリの資源維持に力

千葉県木更津市の小櫃川おびつがわ河口に広がる盤州干潟は「あさる」を語源とするアサリ漁が知られる。春から夏にかけて天然ものの採貝と種苗放流による「養貝事業」からなる。市内にある新木更津市漁業協同組合(4月に5漁協が合併)と金田漁業協同組合の2組合は、ステンレス製の「腰捲こしまき」と呼ばれるかごで海底砂をすくうアサリ漁とともに、観光潮干狩りを運営している。干潟に網を仕掛けて引き潮で逃げ遅れた魚を捕まえる伝統漁法「立て」もある。

木更津市農林水産課を訪ねて詳しい話を聞くことにした。担当者は「昔は潮干狩り場のそばで食事を提供する小屋などがあり、大変にぎわっていました」と懐かしがる。ところが2007年、盤州干潟でカイヤドリウミグモが大量発生、アサリが大量死して地元漁協は出荷停止に追い込まれた。

カイヤドリウミグモは二枚貝に寄生する体長1㎝ほどの節足動物で、寄生されたアサリは体液を吸われて死んでしまう。発生の原因は不明だが、他地域から持ち込まれた可能性も考えられる。現在まで漁獲は回復していない。

さらに昨シーズンの潮干狩り(2020年3~8月)は新型コロナウイルス感染症の影響で一時休業を迫られたことなどから木更津市の入込客数が3万人弱と前年から8割以上も減少。市は補正予算を組み、潮干狩りの運営不振と漁獲量減少に苦しむ漁協を支援した。

日本国内のアサリの漁獲量は1980年代の16万tをピークに減少し続け、2016年からは1万tを下回っている。水質や土壌などの環境、鳥や魚による食害など複合的な原因があるとされる。

カイヤドリウミグモの他にも貝殻に穴を開けて中身を食べるツメタガイ、砂に潜っているアサリを食べるアカエイやクロダイなどがいる。東京湾を日本で最大の越冬地としているスズガモも大敵だ。ユーラシア大陸極北部からやって来る冬鳥で、4年前には地元漁協や研究機関などが水中カメラでアサリを採食する様子を撮影した。猟友会に協力してもらい駆除しているが、なかなか効果が出ていないという。

こうした食害や冬季の波浪からアサリを守るために囲い網、被覆網を使って捕食者の侵入を防いだり、陸上の越冬施設に移したりする取り組みもある。

筆者は全国的なアサリ不漁を調べるため、2004年に千葉県水産研究センター富津研究所(現水産総合研究センター東京湾漁業研究所)を訪ね、所長の柿野純さん(当時)への聞き取りをしたことがある。「千葉県沿岸のアサリ減耗原因を研究」(時事通信社「農林経済」11月22日号)の記事では、「ノリ養殖の支柱柵が減少したため、アサリ稚貝の生存率が低下した」として波浪を弱める支柱柵の重要性を紹介した。現在割竹などを干潟に立てて稚貝を沈着させる対策に反映されている。

潮干狩りの名所として知られる木更津海岸潮干狩り場近くでは、新木更津市漁協木更津本所がアサリをかごに入れて海中で養殖する「吊りアサリ」の養殖を続けている。カゴを冬の間、海につるしておく垂下式の養殖方法だ。2009年から試験を始め、3年前に千葉県から漁業権が免許された。身が大きく味がしっかりしたアサリが育っており、さらに大量に養殖することを目指している。

●カキ養殖に活路求める

アサリと並ぶノリ養殖は寒い時期の仕事であり漁業者の高齢化や減少などのために収穫が減少している。先に紹介したカイヤドリウミグモも食べるクロダイが海水温の上昇で数を増やし、養殖ノリに与える食害が深刻になっている。防除ネットなどでクロダイの侵入を防ぐとともに、クロダイを捕って加工しようという計画も出てきた。いずれにせよ食物連鎖の上位捕食者である人間さまに食べられることに変わりないが……。

こうしたアサリやノリの不振を補うために注目されているのがカキ養殖だ。新木更津市漁協牛込支所は2018年から5年間の予定で試験養殖を続けている。ワイヤロープを張ってカキを入れたかごを浅瀬につるす。出荷やネーミングはこれからだが、潮の干満で身の締まった江戸前カキに期待が集まっている。

牛込潮干狩り場(左側にカキ養殖試験のための支柱)

市役所で説明を聞いたカキとアサリの養殖現場を見ることにした。沖にアクアラインが見える牛込の潮干狩り場は満潮でカキの入ったかごは確認できなかったが、撮った写真を漁協に確認してもらうと写真の左側に養殖試験の支柱が写っていた。

アサリ養殖の方は、木更津市中心部に近い木更津港の中。港に浮かぶ中の島公園に架かる歩道橋「中の島大橋」(高さ27m)から養殖イカダを確認した。ちょうど日没前で大きな貨物船が橋の下を通って港に入ってきた。橋は「恋人の聖地」だそうで、夕日を見ようとカップルや家族連れの姿もあった。この湾にある内港公園では「港の砂浜」と名づけた海岸でNPO法人「木更津イルカ計画」が清掃などしていることを知り、周囲の自然と市民の距離の近さを感じた。月夜であれば、近くにある證誠寺しょうじょうじが舞台となっている童謡『証城寺の狸囃子たぬきばやし』がぴったりだったのだろうが、そう都合よく話は展開しなかった。

中の島大橋からの日没風景

●三角州に広がるアシ原

木更津港を訪れる前に立ち寄ったのが、盤州干潟の一部である小櫃川河口三角州だ。木更津港の北に位置し、目立つ看板などはない。入り口を抜けてアシ原の中に続く小道を進むと、足元にシャリンバイなどの植物の名札を見つけた。筆者一人だけの自然観察会に参加したようで、風に揺られるアシの音や鳥の鳴き声に耳を澄ませた。10分ほど歩いて、揚水ポンプ場跡の上に登れば、近くのカワセミ池を包み込んだアシ原の風景が視野一杯に広がった。

小櫃川河口三角州のアシ原

干潟は貝、魚、鳥など多くが集う「生きものの楽園」で、中規模汚水処理場にも匹敵するほどの優れた浄化作用があるといわれる。保全活動を続けている「盤洲干潟をまもる会」は「多くの市民がまずこの干潟に直接足を運び、見て、触れることが必要」と気軽な自然体験を呼び掛ける。

近年木更津には大型のショッピングセンターやレジャー施設ができて、潮干狩り客がそちらに流れているようだという。都会生活の延長でもあるそうした施設が人びとを引きつけるのだが、干潟の潮風に吹かれながら無心にアサリを採ったり、小櫃川河口三角州のアシ原を散策したりする方が、心にも財布にも心地よいのではないかと思う。自然に触れるという、ぜいたくな時間はコロナ禍で人びとが意識し始めた「新しい生活様式」にも通じるのではないだろうか。

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