フォーラム随想主体―環境系から見るCOVID-19

2021年11月15日グローバルネット2021年11月号

自然環境研究センター理事長
元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎(おおつか りゅうたろう)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、2020年の初頭から世界中で猛威を振るい続け、世界保健機関によりパンデミックと認定された。2021年10月22日現在、感染者は2億4200万人を、死者は492万人を超えている。

私は感染症学の門外漢であるが、かつて研究をしていたテーマは人間の環境適応あるいは人間と環境との相互作用であった。その中で私が関心を持っていた主体―環境系という見方から、COVID-19を考えてみたい。

主体―環境系とは、自然界における異種の生物の関係に対し、「主体」とみなす種と「主体」から見て「環境」の側に位置付けられる種が、不可分のシステムをつくって生きていると考えるのである。

例えば2種の生物に当てはめる場合、どちらかの種を「主体」とすると、他の種は「環境」の側に属することになる。人間と感染症を引き起こす病原体との関係では、私たちは人間を「主体」とみなしがちである。しかし、生物である細菌・リケッチア()・原虫とウイルスを含む病原体を「主体」とみなすことも成り立つのである。

  細菌より小さくウイルスより大きい一群の微生物。ネズミやウサギを自然宿主とし、ノミ、ダニ、シラミなどの媒介で人間に発疹チフスなどリケッチア感染症を引き起こす。

 

私は、感染症学を専攻するA氏から、COVID-19をテーマに興味深い話を聴く機会に恵まれた。A氏は医師であり、感染症に関し幅広い視点から研究する一方で、熱帯の途上国を中心に感染症の予防・診療にも携わっている。

A氏が感染症の研究に強く引かれるのは、癌や循環器系疾患などと異なり、その発症が病原体という生物によって引き起こされることにあるという。すなわち、病原体である生物とその宿主である人間という生物が、時に競合し時に協調しながら生きる中で感染症が発症することを指しており、主体―環境系に通じる見方であった。

COVID-19のウイルスを「主体」とすると、「環境」に位置付けられる宿主の人間はどのような存在なのであろうか。人間の特徴の多くは、ウイルスが増殖する上で都合が良いようである。

第一の特徴は、多人数が密集して暮らしていることで、ウイルスにとっては次から次へと宿主を得やすい。A氏によれば、かつて人間が農耕の開始以前に狩猟採集民として少人数で定住せずに暮らしていたときには、もしウイルスがある集団の成員の多くに爆発的に感染したとしても、感染はその集団内で終息した可能性が高く、せいぜい近隣の一つか二つの集団に感染を広げたくらいだったようである。

第二の特徴は、人間が速く広域に移動するため、ウイルスも分布域を容易に広げられることである。その典型は航空機による移動で、COVID-19がアジアからヨーロッパへ、ヨーロッパからアメリカへと、瞬く間に伝播したことは記憶に新しいであろう。

 

A氏は、人間に感染症を引き起こすウイルスの自然宿主である野生動物と、人間との関係についても話してくれた。COVID-19のウイルスの自然宿主は、候補とされるコウモリを含め特定されていないものの、間違いないのは、ウイルスが自然宿主である野生動物の体内で、その動物を殺さずに生き続けていることである。

人類史を振り返ると、パンデミックを引き起こしたウイルス感染症は過去にもあった。しかし問題は、その数が最近50年ほどの間に、コロナウイルスによる呼吸器症候群のSARSとMERS、エボラ出血熱、エイズ、そしてCOVID-19と急増していることである。

急増の原因は明らかではないが、人間の生き方の変化がウイルスの感染をしやすくした可能性とともに、ウイルスの自然宿主である野生動物と人間とが濃厚に接触するようになった可能性も考えられる。このような状況に対し、人間が野生動物の生息域にズカズカ入っていないか、野生動物が人間の生息域に押し出されてきていないかなど、人間と野生動物との関係を主体―環境系の発想を含めて注意深く理解する必要があろう。

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