フォーラム随想気候変動への適応をめぐって

2022年02月15日グローバルネット2022年2月号

自然環境研究センター理事長
元国立環境研究所理事長
大塚 柳太郎

 第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)が、新型コロナウイルス感染の影響で1年間の延期の後、イギリスのグラスゴーで2021年10月31日から11月13日まで開かれた。
 会議は、190以上の国から過去最多の4万人近くが参加するなど、気候変動が進み気象災害が拡大していることへの危機感がみなぎるものとなった。
 COP26の最大の成果は、パリ協定で「産業革命後の気温上昇を2.0℃以内に抑え、できれば1.5℃以内」という目標を、「1.5℃」を共通の目標に格上げしたことといえよう。
 もう一つ注目したいのは、パリ協定では具体性の面で不十分であった気候変動への「適応」に関し、グローバルな目標を具体化する作業の開始と、そのための途上国への技術支援が合意されたことである。
 気候変動への「適応」とは、気候変動対策として温室効果ガスの排出を抑制し温暖化の進行を防止する「緩和」に対し、気候変動の影響を回避あるいは低減することを指している。

 

 気候変動への緩和と適応はコインの表裏の関係にある。例えば、パリ協定で気温上昇を2℃(あるいは1.5℃)以内に抑えるとした根拠は、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)などによる、気温上昇が1℃、2℃、3℃…の場合に予測される、異常気象の発生頻度、植生の変化、サンゴの白化、農作物の収量、漁獲量、マラリア罹患率などの推定結果に基づいている。
 ただし残念ながら、多くのリスク予測が示されたものの、リスクを避けるための温室効果ガス(CO2)の排出抑制につながらなかった。端的な事実を挙げれば、CO2排出量を反映する大気中CO2濃度は、観測が開始された1960年頃から一貫して増加を続け、増加速度はむしろ速まっている。
 COP26で適応に関する議論が大きく進んだのは、気候変動の最も身近な影響である気象災害が頻発するためであろう。世界気象機関(WMO)によれば、熱波や洪水などの気象災害は増加傾向が続き、1970年から2019年までの50年間における総死亡数は200万を超えた。なお、死亡した90%以上は途上国の住民であった。
 気象災害以外にも、気候変動適応が必要とされる事象は多い。日本政府の適応計画の対象も、「農業、森林・林業、水産業」「水環境・水資源」「自然生態系」「自然災害・沿岸域」「健康」「産業・経済活動」「国民生活・都市生活」と極めて多岐にわたっている。  
 この状況は、人間の営みの多くが気候をはじめとする自然環境に依拠する中で、人間が自然環境に過度な負荷をかけ続けてきた結果であり、気候変動適応は現代社会の最重要課題の一つになったといえよう。

 

 日本では、気候変動適応法が2018年12月に施行され、国立環境研究所に、気候変動適応に必要な情報の収集・提供と、適応に有用な手法の開発を目的とする「気候変動適応センター」が設置された。世界的にもユニークな気候変動適応に特化したセンターの3年間の活動から、気候変動適応を有効に進める上で必要な考え方や特徴が見えてきた。
 第一は、多分野に関わる気候変動適応の実効性を上げるには、多くの研究分野間の連携を強めながら、国、地方自治体、企業、NGO/NPO、地域コミュニティなどの協働が求められることである。
 第二は、地方自治体、企業、地域コミュニティなどが気候変動適応に取り組む場合、早く始めることが肝心で、早ければ早いほど投資が少なくて済み、得られる成果が大きくなるのである。
 第三は、途上国には気候変動適応のための科学的・技術的支援が不可欠なことで、「気候変動適応センター」は既にアジア太平洋諸国に向けた情報プラットフォームを立ち上げ、活動の拡充を目指している。

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