続・世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する環境団体第2回 地域住民が実践する絶滅危惧種トラとの共存

2022年02月15日グローバルネット2022年2月号

認定NPO法人 トラ・ゾウ保護基金(JTEF)
戸川 久美(とがわ くみ)

地球上にいる野生のトラ3,200頭(IUCN国際自然保護連合2014)の3分の2が暮らすインドの、またその20%以上が暮らす中央インドが、私たちJTEFとインドの協働パートナーWTI(Wildlife Trust of India)の活動地である。今まで10年以上支援し成果が出せた保護区からほど近いティペシュワール野生生物保護区で、新たに2017年より保護活動を開始した。ここもいくつかの保護地域を含む熱帯落葉樹林帯とトラの移動に不可欠な森林コリドーがあり、さまざまな植物相が多くの魚類、鳥類、爬虫類、両生類、無数の昆虫を支えている。トラも12頭の成獣と18頭の子トラの生息が確認されている。しかし、この保護区周辺では大きな問題を抱えており、2017年までの15ヵ月で人間が7名、家畜が44頭もトラの被害に遭っていた。

●トラと人とのあつれき

保護区と保護区周辺の人が活動する地域の管理を、州政府森林局がきちんと行っていない場合、地域住民とトラとのあつれきが起きることになる。ここも、事故が起きるたびに森林局が対処療法しかしてこなかったため、住民が不安を抱えていた。例えば、4人も殺してしまったトラに対する住民の怒りを抑えるために、森林局はハンターを雇ってそのトラを殺したのだが、そのハンターが銃刀法違反で捕まったことが後からわかり住民の不安はさらに増していった。家畜を殺された住民は報復からトラをわなにかけて殺そうとしていた(写真①)。

写真① 罠にかかったトラ

●森林局への働き掛け

住民の森林局への信頼が失われていたため、WTIは森林局内で新しいパトロール活動チームを再編成するようアドバイスをし、問題を起こしたトラを追跡するなど活動を強化するためワークショップを開催した。このワークショップでは、緊急事態に対処するために必要な技術や、野生生物の法律の確認や生態学的モニタリングのほか、トラの足跡測定や自動撮影カメラの使用法の技術をWTIの生態学者が、救護活動技術のスキルアップや野生動物を捕獲するときのポイントなどは獣医が教えた(写真②)。

写真② 森林局レンジャーへのワークショップ

●住民参加のあつれき防止チームの結成

地域住民が野生生物の保全に関心を持つには、あつれきを緩和する活動に関わることが重要である。そこでわれわれはこの地域であつれきが最も起きやすい12の村の住民と定期的に会合を開き(写真③)、若者によるパトロールを開始した。トラの目撃情報を森林局に伝え、トラが近くにいるとわかったときは家畜を森に入れないことや、トラが牛をかんだときの対処法など、やってはいけないこと、やらなければならないことなどをまとめた。このパトロール隊は山火事でも積極的に火消しに関わるなど、自分たちの暮らすこの地域への責任を自分たち自身で持つようになったのは成果だった。

写真③ 住民と定期的会合の様子

●自然ガイドのトレーニング開始

住民の生活水準を上げることも考え、自然ガイドのトレーニングも始めた。トラを見に来る観光客へ、この地域の特性をトレーニングで学んだ保全生態学の観点から話せるようにし、今までただトラを見せるだけのガイドが、自分の言葉でトラとの共存の意義も伝えられるようにした。その結果、観光客からはトラが見られなくても楽しめ、満足したと言われた。

そして、やっと2019年には地域住民と森林局との信頼関係が築かれ協力体制ができ、あつれきが減少した。

●コロナ禍で

トラとの共存への理解が住民の間で進んできたところだったが、2020年から2021年は新型コロナウイルスのまん延でフィールド活動は数回にわたり停止せざるを得ない状況だった。さらに悪いことに、この地域の人びとにとって大変重要なマフーアという花がこのロックダウンの時期に開花した。このマフーアという花はフランス語ではバターの木、英語では蜂蜜の木とも呼ばれ、花は野菜として食べ、乾燥させると薬効があり、実からは油が取れるため、家族総出でこの花摘みに出掛ける習慣がある。外出禁止令が出ていたので、日没後にこの花摘みはやめるよう繰り返し要請されていたにもかかわらず、闇に隠れて夕方から花摘みをする人が多くなり、ひざまずいて花を摘んでいた少女たちに、突然トラが襲い掛かり致命的な結果となった。トラはこの3人を小動物と見間違ったようだ。

ロックダウンで森林局によるパトロールの回数も減ったため、トラの行動範囲が拡大し、村のすぐそばまで来ていた。たまたま家から出てトラと出会い、驚いて大声を出してトラとの事故に遭った人もいた。

こうして、せっかく築いてきた住民と森林局レンジャーとの協力体制が後戻りする形になってしまったのだ。コロナで職を失った人びとが伐採した木をまきとして売ったり、動植物の違法採取で現金収入を得るなど、野生動物への脅威も倍増した。

そこで、私たちはパトロール回数を増やすよう森林局に要請し、パトロールに必要な備品を渡した(写真④)。ただ、コロナでこの地域のレンジャー5人が亡くなったので、そんな時になぜトラの保護をしなければならないのか、などと住民から反発も起きた。パトロールはまったく住民のためなのに、住民はコロナのことで頭がいっぱいだったのだ。実際、全インドでは500人もの野生動物保護関係者を失ってしまった。そこで、亡くなった5人のレンジャーの遺族にお見舞金を渡すことで弔意を表した。築いてきた信頼関係が今後も途切れないように努めていく。

写真④ コロナ禍でパトロールのための備品を渡す

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