特集/脱炭素社会の住まい方~住宅・建築物の断熱化を考える~住宅・建築物の外皮断熱強化

2022年06月15日グローバルネット2022年6月号

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授
前 真之(まえ まさゆき)

 私たちが日々の生活や事業活動を営む住宅・建築物からは、建築時、利用する際ともに温室効果ガス(GHG)の排出量が多く、その利用は建てられた後も長期間続きます。IPCC第6次評価報告書第3作業部会の報告書では、2019年の建築物からのGHG排出量は世界全体の21%を占め、住宅・非住宅ともに前年比50%以上増加、その増加傾向は今後も続くと予測しています。
 国内においては、住宅を含む全ての新築の建築物を対象に、2025年度から断熱性能等の省エネ基準を満たすよう義務付けることを柱とする建築物省エネ法の改正案が、衆議院の可決を経て参議院で審議されていますが(6月初め時点)、その基準は依然先進国の中では低いのが現状です。 そこで本特集では、住宅・建築物の脱炭素化に向けた政策や基準等について、国内の現状と課題を紹介し、特に断熱化に焦点を当て脱炭素社会での住まいの在り方について考えます。

 

建物の省エネ・脱炭素を考える上で、熱の勝手な出入りを防ぐ「断熱」と、空気の勝手な出入りを防ぐ「気密」は、健康・快適な室内環境をわずかな暖冷房の熱で実現するために不可欠である。一方、日本の住宅・建築物においては、この断熱・気密の確保が極端に遅れてきたのが現実である。本稿では、まず戸建住宅の断熱基準の動向を整理した上で、住宅ストックの過半を占める低断熱住宅のリフォームを取り上げ、最後に共同住宅・非住宅における外皮断熱について触れることとした。

戸建住宅の断熱基準

戸建住宅は、空間体積に対する外皮面積の割合が大きく、また内部発熱が少ないことから、冬に室温を健康・快適な温度に保つために必要な熱(暖房熱負荷)が大きい。オイルショック直後の1980年に省エネ基準において断熱等級2が制定された後、92年に断熱等級3、99年に断熱等級4と強化され、ようやく温暖地でも窓にペアガラスが必須となったものの、あくまで「任意基準」のまま。新築住宅においても適合しない低断熱の住宅が堂々と建てられ続けた。

に、日本と海外の住宅における断熱基準を示す。横軸は冬期における外気温の低さを表す暖房デグリーデーであり、数字が大きいほど寒冷、小さいほど温暖である。縦軸の熱貫流率(UA値)は熱の逃げやすさを表し、数字が小さいほど高断熱となる。日本の断熱等級4が、特に温暖地において、海外の基準より低断熱(熱貫流率が大きい)であることがわかる。

断熱等級4の適合義務化と等級5・6・7の新設

断熱基準の立ち遅れが省エネ・脱炭素の大きな足かせとなっていることから、「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方検討会」等の議論を経て、2025年に全ての住宅において断熱等級4を含めた省エネ基準の適合義務化、より高断熱な断熱等級5・6・7の新設が決定した。実に23年ぶりの上位等級新設である。

断熱等級5は、経産省のネット・ゼロ・エネルギー住宅(ZEH)に定められた断熱性能であり、「遅くとも2030年までに」適合義務化される予定である。一方で、海外の基準に比べて見劣りする感は否めない。断熱等級6でほぼ海外と同等、等級7であれば世界でもトップレベルの断熱性能といえる。国交省は等級6・7の普及目標を示していないが、今後は全館24時間空調の普及が予想されることもあり、これからの新築戸建住宅では、断熱等級6以上の断熱性能確保が望ましいと考える。

既存住宅の断熱リフォーム

新築需要が今後減少していく中、既存住宅の断熱リフォームも重要となる。

日本にはおよそ6,000万戸の既存住宅がストックされているが、その過半は窓が単板ガラスの「実質無断熱」である。また持ち家以上に、借家で無断熱の割合が大きい。所有者と住まい手が同じ持ち家は、住まい手への情報提供等リフォームへの動機付けが有効であるが、所有者と住まい手が異なる借家については、より強力な誘導が重要になろう。

内窓リフォームによる節電効果

日本の住宅では「単板ガラス+アルミサッシ」という、極端に断熱性が乏しい窓が一般的であったため、コストパフォーマンスの良い断熱改修といえば、内窓の設置が一番に挙げられる。既存窓の内側に内窓を追加するだけで済み、施工も簡便で効果が大きい。冬の断熱とともに、夏の遮熱や防音にも有効である。

現状の内窓の出荷は年間60万セットにとどまっているが、これを300万セットまで増やし、大きな掃き出し窓に各戸平均3.3セット設置するとすれば、2040年までに1,400万戸を内窓リフォーム可能な計算となる。暖房熱負荷を効果的に削減でき、エアコンの節電や電気代の削減効果が大きい。また昨今は冬の夕方に電力需給がひっ迫する傾向があるが、暖房の節電による需要抑制で発電所の増設も避けることができる。

昨今、グリーン・トランスフォーメーション(GX)の名を隠れみのに、全く実用化されていない未完の技術が国内の一部でもてはやされている。世界の潮流に逆らってリスキーな、万一成功したところで一部の企業だけが潤う「ぶっ飛びイノベーション」にこの国のわずかな余力をむなしく費やすのか。国民皆に確実に恩恵を届けることができる「枯れた技術の普及」を地道に行うのか。本提言の詳細は「住宅・建築物の脱炭素政策に関する情報共有サイト」にて公開しているので、参照されたい。

断熱リフォームは夏も快適

断熱リフォームの恩恵は、冬の暖かさにとどまらない。リフォーム時に断熱強化まで実施した住まい手のWEBアンケートからは、さまざまなメリットを実感していることがわかる。「断熱すると夏が暑くなる」と考えている人が多いが、実際には夏を涼しく過ごせるようになったという人が半数近くもいる。

夏は、昼間の日射熱が暑さの大きな原因となる。太陽が高い高度から屋根を加熱するので、断熱が弱いと特に上階が高温になりやすい。屋根・天井の断熱を強化することで、日射熱の侵入を防ぎ室内を涼しく保つことができる。

特に気を付けなければならないのは、窓の日射遮蔽である。特に、東・西の窓からは朝・夕に低い角度で日射熱が侵入しやすく、断熱を強化した場合は熱がこもり室温が上昇しやすいので、特に注意が必要となる。日射はなるべく窓の外側で遮蔽するのが効果的で、外ブラインドや外スクリーンが効果的だが、簾・葦簀でも十分である。断熱強化と日射遮蔽を組み合わせることで、冬も夏も健康・快適な室内環境を作ることができる。

「 健康で快適な暮らしのためのリフォーム読本」(暮らし創造研究会)

 

共同住宅・非住宅における断熱

ここまで、戸建住宅における断熱の重要性を示してきた。一方で、外皮面積が小さく内部発熱も大きい、共同住宅やオフィスなどの非住宅建築物においては、外皮の断熱がどの程度必要か、明確な指針は示されていない。

共同住宅については等級5までは戸建住宅と共通とされているが、その上についてはHEAT20 (一般社団法人 20年先を見据えた日本の高断熱住宅研究会)においてC2/C3の提案があるが、それほど普及していない。共同住宅ならではのRC造/鉄骨造の熱橋の問題や、界壁・階床の扱いも不明確である。

非住宅で、外皮性能はPALとその削減率であるBPIが定められているが、省エネ基準においては義務ではない。一般には非住宅では外皮性能の影響は小さいとされるが、外皮の割合が大きい小規模物件では影響が大きい。今後の研究の進捗が期待される。

本稿では、戸建住宅における断熱の義務化や上位等級の新設、断熱リフォームについて主に言及した。長年、諸外国に比べて著しい遅れが指摘されていた日本の断熱も、一定の進展が期待される。一方で、いまだ多くの課題が残っているのも事実である。全ての国民が、健康・快適な室内環境を少ない電気代で享受できる時代の到来を期待したい。

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