21世紀の新環境政策論~人間と地球のための持続可能な経済とは第54回  「気候クラブ」という新たなアプローチ:ドイツのG7サミットから

2022年07月15日グローバルネット2022年7月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)

 

G7サミットで年内の設立に向けて協力することが合意された「気候クラブ」という気候変動問題への新たなアプローチが注目を集めている。「気候クラブ」とは何か。その狙いと理論的根拠は。課題と日本への影響は。本稿ではこれらにつき概観する。

国際気候政策の新たなアプローチ:「気候クラブ」

今年のG7サミットは6月26日から28日までドイツのエマウルで開かれた。議長国ドイツのオラフ・ショルツ首相は、かねてから「気候クラブ」の熱心な提唱者であり、昨年8月当時には財務大臣として、国際気候クラブに向けた共同重要課題ペーパーを発表している。首相就任後ショルツ氏はG7議長国首脳として議論をリードしてきた。

そしてG7サミットの共同声明では気候クラブについて「我々は、開放的、協調的かつ国際的な気候クラブの目標を支持し、2022年末までに設立するために、パートナーと連携する」ことが合意された。

このように「気候クラブ」という考え方がG7というプロセスを舞台として発展し、国際気候政策の新たなアプローチとして導入されようとしている。

気候クラブの必要性とその理論的根拠

気候変動対策には国際協力が不可欠だ。そして理論的には、気候変動対策を効果的に進めることが世界のすべての国の利益につながる。

ところが、大幅な排出量削減を伴う国際協定に参加するよう各国を誘導することは困難であった。その根本的理由は、自国で対策をせず、他国の削減努力にただ乗り(フリーライド)するインセンティブがあるためである。フリーライドとは、ある公共財の利益を享受しながら、そのコストを負担しないことだ。国際的な気候変動政策の場合、各国は自国の責任に見合うだけの排出削減を行わずに、他国の排出削減を当てにするインセンティブがある。国際公共財である気候の保護には、国内市場の失敗とは違い、市場や政府では効果的に対処することができないのである。

このような課題に対し、ノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウスは、2015年に「気候クラブ」構想を提唱した。一般的にはフリーライドは、しばしば「クラブ」という仕組みによって克服されてきた。クラブとは、公共財としての特性を持つ活動を生み出すコストを共有することで、相互の利益を得る自発的な集団である。クラブが成功すれば、その利益は大きく、会員は会費を払い、クラブの規則を遵守し、会員としての利益を得ようとする。

ノードハウスは、経済理論と実証モデルに基づき、非参加国に対する制裁がなければ、最小限の削減を行う連合以外に安定した連合は存在しないことを明らかにした。そして、非参加国へ小さな貿易ペナルティを課す体制、すなわち気候クラブによって、高い削減レベルを持つ大規模な安定した連合に導くことができる、とした。彼は、いくつかの国のグループが一定の炭素価格に合意し排出量を厳しい水準で管理し、グループ外のより排出規制の緩い国からの輸入品に関税をかけることを提案した。グループ外の各国は、貿易上のペナルティーを避けるために、このクラブに参加するインセンティブが生じる。これによって、緩和効果を損ねる炭素価格のない国への生産シフト(炭素リーケージ)を防ぐことができる、としたのである。

パリ協定には、拘束力のある排出削減目標は定められておらず、目標の策定は各国に委ねられている。そのため、先進的気候政策に取り組む国がコストを負担し、他国の削減努力にただ乗りするフリーライダーは不十分な貢献で済ませるというリスクが生じる。このような課題を克服し、先進的気候政策に取り組む国が連携して、自国の産業競争力が不利にならないようにするため、気候クラブが提唱されているのである。

気候クラブとはどのようなものか

ではG7サミットで設立に向けて合意された「気候クラブ」とはどのようなものか?

サミットで採択された「気候クラブに関するG7声明」では、次のように述べられている。

「我々は、気候変動対策を加速し、野心を高めることによってパリ協定の効果的な実施を支援するため、気候クラブの設立を目指す。特に産業界に焦点を当て、それによって国際ルールを遵守しつつ、排出集約財の炭素リーケージリスクに対処していく。

気候クラブは、3つの柱で構成される予定である。

1)野心的で透明性のある気候緩和政策を推進し、気候ニュートラルへの道筋において参加経済の排出強度を削減する。この観点から、メンバーは、明示的な炭素価格、他の炭素緩和アプローチ、炭素集約度など、排出量削減の野心と整合的な緩和政策の有効性と経済効果を比較する方法の評価について共通理解を得るよう努力する。
2)産業界の脱炭素化アジェンダ、水素行動協定、グリーン産業製品の市場拡大などを考慮し、脱炭素化を加速させるために産業界を共同で変革する。
3)パートナーシップと協力を通じて国際的な野心を高め、気候変動対策を奨励・促進し、気候協力の社会経済的利益を引き出し、公正なエネルギー移行を促進する。

 

気候クラブは、高い野心を持つ政府間フォーラムとして、パリ協定とその決定事項、特にグラスゴー気候協定を完全に実施し、そのための行動を加速することを約束する国々に開かれた、包括的な性格のものである。我々は、主要排出国、G20メンバー、その他の途上国及び新興国を含むパートナーに対し、この件に関する我々との議論及び協議を強化するよう求める。」

ドイツ政府は、気候クラブのための最低炭素価格と、EUで確立されようとしている共通の炭素国境調整メカニズム(CBAM)を組み合わせて提案している。この2つの要素により、共通の規制空間が作られ、フリーライダーが抑止される、としている。さらに、排出基準、製品基準、技術基準などの調和を図ることで、クラブに参加するメリットが生まれると考えられる。

今後の課題:気候変動に配慮した経済への転換

気候クラブの提案には、慎重な意見もある。国連の気候変動交渉における多国間協力を弱める可能性、また、このような協定は富裕国と貧困国の間の公平性の問題を悪化させるとの指摘もある。さらに、気候クラブは、パリ協定と、共通だが差異のある責任とそれぞれの能力という気候変動枠組条約の原則との整合性を確保しなければならないことも強調されている。

現時点ではまだ気候クラブのメンバーになることはできないものの、他の国から相応の支援を受ければより高い野心を追求したいという意思を持つ国の利益も考慮する必要がある。例えば、新興経済国や開発途上国は、即時の加盟が不可能な場合、将来的に気候クラブのメンバーとなる可能性があるため、新たな気候変動資金源や能力開発を活用し、より集中的な支援を受けることができるようにすることが望まれる。また、例えば、段階的に加盟基準を導入するアプローチや移行期を設けることも考えられる。

野心的な気候変動目標は、大胆な気候変動対策によってのみ達成することができる。その手段は、国によって異なる可能性がある。そのため異なるルールを比較可能にすることが必要であり、今後気候クラブ設立に向け、製品や材料のCO2含有量を統一的に測定する方法について議論が行われることとなる。また、産業界の変革を加速させることも重要な目的である。

気候クラブが実現するまでには政治的にも実務的にも多くの解決すべき課題がある。日本政府は、パリ協定の目的達成を加速するため、G7およびG20の一員として、クラブの形成過程の議論に積極的に参加する必要がある。その前提として、気候クラブが想定する最低炭素価格の導入(そのためには本格的炭素税などの導入が不可避)、脱炭素移行政策の強化(中でも石炭火力の段階的廃止への道筋を明らかにすること)が望まれる。

(本稿は、拙稿『日本政府は「気候クラブ」形成にどう関与するか』(論座、2022年7月)の一部を引用している。)

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