特集鼎談 ストックホルム会議から50年~国内外の環境政策は進展したのか?~

2022年09月15日グローバルネット2022年9月号

京都大学名誉教授
松下 和夫(まつした かずお)さん

地球環境戦略研究機関(IGES)サステイナビリティ統合センター プログラムディレクター
藤野 純一(ふじの じゅんいち)さん

一般社団法人SWiTCH 代表理事
佐座 槙苗(さざ まな)さん

 昨年2021 年は、公害の防止を目的に、日本で環境庁が設置されてから50 年目を迎えた年でした。一方、今年6 月2―3 日には、1972 年に環境問題に関する世界で初めての政府間会合「国連人間環境会議」がスウェーデンのストックホルムで開催されてから50 周年を記念し、「ストックホルム+50」が開催され、「気候変動」「生物多様性」「プラスチックや化学物質による汚染」の地球規模の危機に対する多国間主義の重要性を提唱し、各国代表が現在、そして今後の取り組みについて議論を交わしました。
 そこで9 月号では、1972 年の会議当時から日本の環境政策に官僚として関わり、その後研究者としてさまざまな提言を行ってきた松下和夫さん、ストックホルム+50 に研究者として参加した藤野純一さん、若者代表として参加した佐座槙苗さんに、77 回目の終戦の日である8 月15 日に、これまでの50 年を振り返り、今後の行動について語っていただき、その内容を紹介します。(2022年8月15日東京都内にて)

 

過去を振り返り、意味を問い直すストックホルム+50

松下 ストックホルム会議は、環境庁が発足した翌年の1972年に開催されましたが、私はこの年に環境庁に入りました。当時はまだ東西冷戦時代で、会議は東ドイツが招待されなかったことに抗議してソ連・東欧がボイコット(中国とインドは参加)し、参加は113ヵ国。1992年の地球サミット(リオ会議)には世界中から首脳クラスが参加しましたが、ストックホルム会議に国のトップが参加したのはスウェーデンとインドだけでした。今で言うプラネタリーバウンダリーである「成長の限界」というレポートが出され、100年以内に地球も、人間の活動も限界に達するということを最新のシミュレーションで表しました。

しかしそれ以降いろいろな経緯があり、すぐに+50というわけではありません。例えば日本は、1970年代は産業公害が世界でも最も深刻でしたが国を挙げて、また産業界も努力して、ある程度抑えてきました。しかしその後出てきた、いわゆる生活公害や温暖化など、新たな環境問題に対しては十分に対応できていません。

1970年代の日本の産業公害対策はある程度進んでいて、ドイツなどヨーロッパからも視察団が来たほどでしたが、今や日本の気候変動対策は先進国の中では遅れている。環境政策・行政に関わっていた者としては非常に残念です。

過去を振り返ると成功したこともあるし失敗したこともあります。失敗は成功の基といいますが、逆に成功体験に安住してしまうと新しい問題への対処を誤る恐れもあります。

佐座 私はカナダの大学を経て2019年にロンドン大学大学院でサステナブル開発を専攻することになったのですが、翌年にコロナ禍で授業が全てオンラインになってしまい、このまま勉強していていいのかと考え、休学して日本に一時帰国しました。同じ時期に国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が延期になり、大人の代わりに若者が立ち上がり、COP26に期待する政策提言をまとめようと2020年11月にオンラインで開かれたCOP26の模擬イベント「Mock COP26」に中心メンバーとして参加し、COP26議長や各国リーダーに18の政策提言を出しました。中でも「サステナブル教育」に力を入れ、気候変動教育を義務化する運動を進め、COP26では環境教育サミットの開催にも関わり、20ヵ国から署名をもらいました。

国際的に注目を浴びましたが、一方で日本のために何かしたのかと振り返ってみたら、環境先進国だと誇らしく思っていた日本が、今は出遅れてしまっているということに気付きました。そこで、若者のアイデアを大人世代がサポートするプラットフォームSWiTCHを立ち上げました。

藤野 私はストックホルム会議が開かれた1972年に生まれました。大学ではもともと電気工学が専門でしたが、「成長の限界」で使われたシステム・ダイナミクスの手法自体を演習で勉強しました。世界を対象としたシミュレーションモデルを分析する中で、サステナビリティのテーマに関心が移り、以来、低炭素社会や環境未来都市など持続可能性につながる仕事に関わっています。ストックホルム+50に参加し、現地で見聞きしたことは自分の研究テーマにつながることが多く、非常に有意義でした。

佐座 ストックホルム+50については、「世代をまたぐ責任」が関与原則の一つであり、若者が全部門に参加し、若者の意見を聴こうという体制がつくられたことは大きな一歩だと思います。しかし意見をただ聴くだけではなく、若者と一緒に「共創」することが今後の課題です。

松下 1972年のストックホルム会議やリオ会議は政府間の会議で、宣言や行動計画などが各国の政府代表によって合意されましたが、+50はそのようなターゲットはなく、逆に過去の50年間を振り返って今後どのような方法で取り組んでいくかというアジェンダセッティングの方向を決めて将来を展望する、いわばより深い、対話的な議論をする場であったと思います。

佐座 +50があったからこそ、起点となったストックホルム会議がもともと始まった意味を考え直そうということになり、それは意味があったと思っています。

72年当時のスウェーデン首相の「みんなの地球だから、一緒に作っていかなければいけない。環境問題は1ヵ国だけでは取り組めない」というスピーチは素敵だと思っています。とても民主的な考えですが、それに今の考え方が反映されているか明確ではなかったのですが、今回の会議ではわかりやすく話されていたと思います。

企業の方と話をすると、いつも「コストがかかる」という話になってしまうので、目の前のコストだけでなく、未来世代のためにどうしたいのかというのをわかりやすく伝えることも重要だと思っています。

松下 コストというのは、現在の市場経済におけるコストなんです。PPP(汚染者負担原則)という言葉は50年前のストックホルム会議の時からあって、汚染物を出した人は、それに対する社会的費用や、外部経済を内部化するための費用を支払うべきだと言われているのに、日本ではそれをきちんと制度化してきませんでした。取りあえず石炭が安くて便利だから「電気を作るには石炭が必要」と言ってきたけれど、粉じんや二酸化炭素(CO2)などの社会的コストを上乗せすると、社会的にはずっと高いものを作っていることになる。それに要した費用を再生可能エネルギーにまわしていれば、再エネはもっと安くなって普及していたはずです。価格は長期的視点を持って決めていくべきなんです。

藤野 これまで国家間の問題は国連がそれなりに機能を果たして途上国も先進国も各国1票ずつ持ち、話すチャンネルもできていましたが、1票を持たない将来世代の声をどう聞くかという問題がありました。そこでストックホルム+50では、ユースタスクフォースが作られ、本会合で若者が発言するための枠が用意されるなど、そういう意味ではある種、熟議型の民主主義のプロセスを進めようと努力されていたと思います。

松下 和夫(まつした かずお)さん

 

京都大学名誉教授。地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー。1972 年に環境庁に入庁し、環境省(環境保全対策課長等)、OECD 環境局、国連地球サミット事務局(上級環境計画官)、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)等歴任。著書に『気候危機とコロナ禍』『地球環境学への旅』等。

 

 

 

必要なのは「決意」

松下 フランスやイギリスで気候市民会議というのが始まっています。人口構成に応じて性別、地域別、職業別などバランスよく無作為に選ばれた市民が、専門家に気候変動の現状や今後考えられる被害・対策などを客観的にインプットしてもらった上で議論する会議です。もともと気候変動に対して関心や知識がなかった人でも、そういう議論に参加することによって、自分なりの考え方をまとめて討議し、市民会議として大統領や議会に提案を出すものです。

佐座 日本に欠けているのは、その中間役としてアイデアを揉んでくれたり、コミュニケーションをとってくれる人だと思います。

松下 ファシリテーターも、専門的なことを客観的に情報提供できる人もどちらも必要ですね。

佐座 そういう人たちを育成しないといけないと感じています。知識や技術があっていろいろ取り組んでいても、足りないのは一般の人たちにわかりやすく伝え、ファシリテーションする能力だと思います。

藤野 札幌市と神奈川県川崎市では昨年、気候市民会議が開かれましたが、「市長に提案を渡しておしまい」で政策決定プロセスにあまり絡んでいないのが残念です。

一方、東京都武蔵野市では今、市長や市議会、市役所が本気で進めていますが、それでも、ファシリテーション能力のある中間支援組織というのが日本では必要だと思っています。

佐座 SWiTCHがスウェーデン大使館と共催したイベントに、イケア・ジャパンのCEO兼CSOとスウェーデン大使をお呼びしたんですが、日本で今、循環型社会を進めていく上で、何が最も足りないか質問したところ、「決意」との答えでした。

松下 小手先のごまかしをせず、正攻法で取り組むという、まさに政治的な決意ですね。日本の政策は、今ある産業の延命を重視するあまり、将来の脱炭素化に必要な投資や改革を避け、先送りする傾向があります。「2050年ネットゼロ」を目指す過程では、紆余曲折があるとしても、あくまで正攻法で最終目標に向けて進むべきです。例えば石炭火力の温存につながるアンモニア混焼などは最終的解決にはなりません。

佐座 槙苗(さざ まな)さん

 

一般社団法人SWiTCH 代表理事。1995 年生まれ。カナダUBC 卒業。ロンドン大学大学院 サステナブル・ディベロプメントコース在学中。2020 年、COP26 の延期を問題視した若者たちが設立した「Mock COP26」のグローバルコーディネーターに就任。2021 年1 月、若者のアイデアや意見を大人世代がサポートし、循環型社会をつくるプラットフォーム「SWiTCH」を設立。

 

 

 

政治家はビジョンを明確に、物事はシンプルに

佐座 個人的に思うのは今の政治家はビジョンが弱すぎる、だから、誰もついていこうと思えないんです。先を見る上で大きな問題は、国会議員の平均年齢が高いことだと思います。

松下 そして女性が少ない。各国では国会議員や企業経営者の一定割合を女性にすべきとのクオーター制も導入されています。日本も制度化が必要ですね。いくつかの研究によると、女性経営者が一定以上の割合を占めている会社の方が成長性が高いなどの結果が明確に出ています。

藤野 いろいろ聞いてみると、特に市役所の幹部などは、女性はなりたがらないですよね。本当はやりたいのかもしれないけれど、残業や責任ばかりが多くて、給料はたいして増えない。役所の労働環境も変えなければいけないと思います。

2006年から08年までイギリスのDefra (環境・食糧・農村地域省)と仕事をした経験で考えが変わったのですが、役所と議会というのは役割が違うんですよね。本来は議会がビジョンや今後の在るべき姿を考えて、それを実現させる執行部隊が役所なんです。だけど、日本では環境省もビジョンを作ってしまう。議員にはちゃんと仕事をしてもらわないといけません。

松下 今、全国知事会からは「計画」が多すぎると要望が出ています。特に環境関連の計画。

計画策定だけでなく、具体的規制や支援策が必要です。東京都が検討している「新築建物への太陽光パネル設置義務化」を含む条例のように、「太陽光パネル設置」「断熱レベル向上」「太陽熱温水器設置」など具体的行動につながる措置が望まれます。

藤野 担当者はかわいそうで、本質的なところが形骸化しています。一度すべて棚下ろしして、本当にやるべき仕事は何かというのを見直すべきですね。

佐座 時間とお金は必要なところで使ってもらいたいですね。リーダーには「何をすればどのぐらい良くなる」とビジョンを示し、「リスクに対する責任は私が負うから、すぐに始めなさい」と流れを作ってもらいたいと思います。

松下 物事はできるだけシンプルにした方がいいですね。1972年のストックホルム会議では、人間環境宣言が採択されましたが、その内容は現在でも生きていると思うんです。その後、これをベースにしてリオ宣言や各国の動きが生まれてきた。やはり、基本であるストックホルムの原則に立ち返るということは大変重要だと思うんです。

藤野 純一(ふじの じゅんいち)さん

 

地球環境戦略研究機関(IGES)サステイナビリティ統合センター プログラムディレクター。2019 年まで国立環境研究所で勤務後IGES へ。国内の温暖化目標値づくりや環境未来都市のコンセプトづくり、またアジアの国・都市の低炭素・脱炭素社会シナリオ構築とその実現に携わる。

 

 

 

包括的・多様性のある対話を~MAPAの声を聴くために

佐座 どの未来においても、振り返らないといけない場面というのは必ずあると思いますが、新しい時代に、環境と共にある社会や経済をつくっていくために必要なのは、包括的な多様性のある話し合い。しかし、若者たちのアウトプットがどこにあるかというのはストックホルム+50でもまだ決まっていません。「未来の私たちはどんな地球で生きていきたいのか」を考える話し合いについて、イギリスやデンマークなどではすでに国会でユース・アドバイザリー・システムなどが始まっています。それを実際の会議場でも実演できるような形が必要かと思います。そうでもしなければ、未来世代の言葉を聞いても、それはただの「コメント」でしかありません。

また、近年大切となってきているのがMAPA(Most Affected People and Areas、影響を最も受けている人と地域)の声です。彼らに対し、私たちは何をしなければいけないのか、もっと考えるべきだと思っています。CO2排出量世界第5位で(2017年)経済的にも影響力のある日本は、先進国の一員としてMAPAに何を返すのか、これからの課題だと思います。

松下 その問題は、1972年のストックホルム会議の時からすでにありました。当時唯一首脳として参加したインドのインディラ・ガンディー首相の演説に出てくるのです。当時先進国は産業公害で苦しんでいて、それがストックホルム会議を開くきっかけだったわけですが、ガンディー首相は「貧困こそが最大の環境汚染である」、つまり「もし人びとの生活が向上するのであれば、公害が増えても良い」ということを言った。先進国と途上国の対立、今で言うMAPAの考えは当時からあったのです。

それはもっと理論的に言うと、「エコロジカル・シチズンシップ(環境に関する市民の権利と義務)」、従来は市民の権利と義務は国内だけで考えられていたけれど、それをグローバルに考えて自分たちの生活や消費、経済活動が遠く離れた島国の人や途上国の人にどういう影響を与えているかを想像していくということ。環境問題の加害と被害の非対称性。加害者が負担をせず、ほとんど害を加えていない人たちが被害を受けている、という問題です。最も弱い人に寄り添う、弱い人を基準に考える、ということが大事なのです。

藤野 今、日本は自分のことで精一杯でその力が弱くなって、人の不幸を見て自分は大丈夫だと思っている人も、ひょっとしたら増えているのかもしれません。人間って弱いので、余裕がなければそうなってしまうかもしれない。

松下 経済的余裕とは限らないですよね。

藤野 そうです、精神的余裕も必要ですね。

松下 50年前と比べて一番大きな変化は情報技術の発展です。SNSなどコミュニケーションの手段も広がり、いろんな人がリモートでも意見交換できるし、現場に行った人しか内容がわからなかった国際会議もオンラインでアクセスできるようになったので、工夫次第で弱い人の声を聴くことも可能になりました。

佐座 Mock COP26も全部オンラインで開催し、MAPAの声をなるべく前面に持ってこようとしたんです。国際会議では彼らの意見は全部は取り入れられなかったり、経済的なパワーバランスによって聞いてもらえなかったりすることが多いので、140ヵ国から330名の若者たちが集まったMock COP26では、1ヵ国当たりの参加人数をMAPAなら5名、MAPAでなければ3名として、国・地域によって重み付けを変えました。

情報技術によって世界の人の気持ちや考えを知り、言語を超えて共通の目的をつくることもできるようになりました。しかし、まだすべての人にツールが提供できなかったり、資金が足りなかったりする場面もあるので、多様性を保ちながら技術を公平に普及していくことが大切だと思います。

松下 30年前のリオ会議の時は、できるだけ途上国のNGOや、まさにMAPAの人たちに参加してもらうために、特別に「エコファンド」という基金をつくって旅費を支援したりしたんですよ。

藤野 今回のシナジー会合※1でも、若者の宣言ができたときに、提言する機会だけでなく資金面の支援もしてほしい、という声もありましたね。

※1 2022 年7 月20・21 日に国連経済社会局(UNDESA)および国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局の共催・日本国環境省ホスト・国連大学とIGES 協力による「第3 回パリ協定とSDGs のシナジー強化に関する国際会議」を開催(https://www.iges.or.jp/jp/news/20220725

 

松下 やはり資金は必要ですね。例えば多国籍企業に課税して、それを公共的活動に回すというような、一種の国際公共財を生み出すような資金とか……。

歴史から何を学ぶか。無限の資源を使ってより良い未来を

藤野 ストックホルム+50やその先を見つめてみると、これまでの歴史から何を学ぶべきなんでしょうか。

松下 ストックホルム会議、リオ会議、リオ+10や+20など、これらは過去の蓄積の上に立って進んできました。それでうまくいくはずなのに、現実はそうでもない。環境関連の法律や制度は仕組みが複雑化・細分化し、科学技術も専門化が進んでいる。それで問題が解決するかというと、むしろ、より深刻化しています。それはどうしてなのか、というのを考えると、シンプルなところに戻ってくるわけです。再生できない資源はできる限り大事に使い、再生できる資源は再生可能な範囲内で使う。石炭や石油といった化石燃料はできるだけ減らして再生可能エネルギーをできるだけ増やす。汚染物質は環境が許容できる範囲で使う。そして、汚染を出した人はそのコストを負担する、費用を出し、修復・補償もする。そういう原則を徹底していけば、物事は解決に向かうはずです。

藤野 目に見える形で具体的に、というのが大事だと僕は思っています。先週、出張でマレーシアのクアラルンプールへ行ってきました※2。クアラルンプール市は2050年ゼロカーボン宣言を出したんですが、「見える化」しないとわからない、ということで、市長イニシアチブで、すぐに電気自動車のバスを導入したり、どんな状況でも太陽光で点灯する電灯を道沿いに設置したり、自転車専用道を造っていました。

※2 2022 年8 月8 日に“High-Level Talks” セミナー「ゼロカーボン・クアラルンプール市に向けて」を共催(https://www.iges.or.jp/jp/events/20220808

 

FIT(固定価格買取制度)だって、もともとドイツのアーヘンという町で始まったのが、隣の町や「いいな」と思った町に広がっていずれ国の政策となり、さらに世界の政策になりました。

具体的に流れを作り出し、場合によっては、民主主義の仕組み自体も変えていく。従来のプランに対して新たなプランを「こういうの、いいよね」というのは、若者や未来世代の人にぜひ言ってもらいたいところです。

佐座 お二人の話を伺い、やはり時代が変わっても本質的なところは変わらないと感じました。でも、戦争やいろんな危機が起きたとき、それに紛らわされない人を育成しないといけないと思います。このままでは貧困や飢餓、戦争が普通になってしまい、実現可能なはずのクリーンエネルギーへの転換や循環型社会の実現が難しくなってしまいます。だからこそ、松下先生がおっしゃったように、「本当は誰のためにやるべきか」「なぜやらなければいけないのか」という対話がスタートしなければいけないと思っています。

ストックホルム+50に参加して感じたのは、温かい空気が会場に漂っていたこと。今はまだうまくいっていないことが多いけれど、今後良い方向に進めていくにはどうすればいいのかということを皆が真剣に考え、前を向いて進んでいくことが大事だと認識しているのを感じ取ることができました。

松下 皆それぞれ生活があり仕事もある、だから、誰に対しても心に響くようなアプローチが必要なのです。自戒を含めて言いますが、環境問題に熱心に取り組んでいる人はどうしても「こんなに環境が破壊されているのにちゃんと取り組まないのはけしからん」という気持ちが出てしまう。だけど、企業の人は「コストがかかっては困ります」と言う。家庭の主婦にとっては「環境に良いもの」でも値段が高くては生活が困るし、学生は就活で忙しくて「環境、環境」なんて言っていられない。だから、やはり、それぞれの人の心に響くようなアプローチが必要です。

では、具体的にどうすれば環境により良いものができて、それによって収益が上がるのか。それは社会の制度を変えなきゃいけない。研究者を含めて、環境に良いものが、より効率的、より便利、より安い、そういう道を作る。行政側もそのための制度や税制を作る。そういうことが必要です。個々の人が「これは環境に悪いな」とか、いちいち判断しなくてもいいような、便利な乗り物を使ったり、安くて便利で効率が良くて実は環境にも良い、という仕組みを社会全体でつくっていかなければいけないと思います。

でも、やっぱり難しいのはいつまで経っても環境のことを考える人は少数派だということなんですよ。

佐座 大丈夫ですよ。ここ数年、義務教育でESD教育(持続可能な開発のための教育)を受けた若者たちが大人になっています。

松下 過去、森林や自然が破壊されたりして滅びていった文明はたくさんある。場合によっては、そういうことがわかっていても破壊を阻止できなかった。今、私たちはこのままいけばどうなるかわかっていて、どれだけお金をかければどれだけの技術ができるのか、ある程度予測できるし、すでに優れたノウハウを手に入れているわけですから、まさに決意、熱意、決断、ビジョン、そして政治的意志を持って進めていくことが大事だと思います。

そして、物事をシンプルに考え、正道で、小手先のごまかしをせず、正しい方向を進む。そして具体的事例・成功事例をきちんと作っていく。今、成功事例はすでに世界にあるのですから、それをすぐに取り入れることはできないかもしれないけれど、それをよく勉強して、取り入れられるものは取り入れて進めていくことが大事です。

自然の資源は有限ですが、人間の知恵やイマジネーションは無限ですから、その無限の資源を活用すれば、より良い未来をつくることができます。

藤野 環境省は「地域循環共生圏」という理念を掲げて取り組んでいて、シナジー会合でも高く評価されました。日本は問題設定され、具体例が見えてくるとうまくやれてきた。グローバルに調和を保ちながら「和を以て貴しとなす」みたいなのは、日本人のアイデンティティに根深くあるんじゃないかなと思っています。

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