21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第55回  背骨のあるドイツの気候変動・エネルギー政策

2022年09月15日グローバルネット2022年9月号

武蔵野大学名誉教授、元環境省職員
一方井 誠治(いっかたい せいじ)

ドイツの研究者・行政官との出会い

私は2005年に行政の現場から離れ、京都大学で環境政策、なかんずく気候変動政策について研究を始めました。まずは、日本企業における温室効果ガスの削減行動の実態調査を進めたのですが、その過程で、欧州排出量取引制度が始まったばかりのEUの加盟国企業を対象とした年一度の調査も開始しました。

さらに、加盟各国はEUの共通政策とともに、それぞれ独自の国内政策を取っていることを知り、たまたま、その当時京都大学の研究会の場で、ドイツから日本に研究に来ていた環境経済学が専門のドイツ人研究者と知り合ったこともあり、ドイツの政策に興味を持つようになりました。そのため、彼がドイツのカッセル大学に戻った後も、欧州企業調査の折に触れ、彼のもとを訪れドイツと日本の気候変動政策について情報・意見交換をするようになりました。ちなみに、彼はその後京都大学の准教授として再び来日し教鞭を執ることになりました。

EUの気候変動政策については、企業調査の折、日本大使館を通じて、ベルギー・ブリュッセルのEU本部の気候変動担当官にアポイントを取り、最新の情報を得るようにしていました。EUの担当官は何度か変わり、それぞれお世話になりましたが、その中にドイツの環境省から出向していた、経済学の博士号を持つ行政官がいました。彼が任期を終え、ドイツの環境省に気候変動担当官として戻った2012年頃、私も京都大学から武蔵野大学に移ることになりました。

それ以降、私の調査もEUの排出量取引制度そのものから、ドイツの気候変動・エネルギー政策を中心に行うようになり、EUから戻った彼の紹介も受け、ドイツの環境省と経済省を年一度、定期的に訪問するようになりました。彼は、その後、気候変動政策の専門家として、当時のメルケル政権の環境問題担当官として、日本の内閣府に当たる首相府に出向したため、それ以降私は毎年ベルリンに出張し、彼のいる首相府、彼の後任の環境省の担当官、時として経済省の担当官、日本大使館の担当官を訪問するようになりました。

訪問に際しては、毎年、あらかじめ10の質問を送付し、それに答えていただくというやり方を取りました。ただし、その答えは首相府や環境省の公式なものではなく、あくまで非公式で個人的なものという約束にしていました。

もとより研究者としては、ドイツ政府の公式の基本文書や他の研究者の論文などを参照させていただくわけですが、それに加えてのドイツの研究者や直接の政策担当者との非公式での率直なやりとりはドイツの気候変動・エネルギー政策を理解する上で大変役立っています。その意味で、彼らとの出会いと10数年来の交流は、現役を退いた今の私にとっても本当に有難いものとなっています。

背骨のある政策はどこから来るか

さて、日独の気候変動政策をここ10数年間見てきて感じるのは、ドイツの気候変動・エネルギー政策には「背骨(バックボーン)」があるということです。もとより日本の気候変動政策の前提となるべき環境基本法には「理念」があり、環境基本計画にも「長期目標」が掲げられています。ただ、その理念や長期目標は、内容的にはある意味誰も反対しない立派なものではあるものの、いかんせん抽象的であり、それが政府部内の関連政策内容を強く方向付け、形成するものとまではいえません。

特に、「持続可能な発展」とは何かという観点から見ると、ドイツと日本の差を強く感じます。環境政策は、世界的に見ても経済政策など、その他の政策と衝突することが多く、各国ともその調整に多くのエネルギーが割かれてきました。その衝突を少しでも解消しようとしたのが、1992年の地球サミットで強く打ち出された「持続可能な開発(発展)」という考え方でした。そのため、各国とも、すべての政策の前提となる基本方針として「持続可能な開発に関する国家戦略」を策定することが求められました。

これに応じて、ドイツは2002年に「持続可能な発展に関する国家戦略」を策定し、日本は1994年に策定した「環境基本計画」を日本の国家戦略と位置付けました。しかしながら、両者には決定的な差がありました。それは、ドイツの国家戦略はすべてのドイツの政策の上位計画として明確に位置付けられたのに対し、日本のそれは、閣議決定という形で全府省の合意は得るものの、環境省が中心となって起案し環境大臣が任命する委員による審議会の審議を経て策定する、あくまで環境中心の「環境基本計画」であり、すべての関連政策内容を含む上位計画とはなっていないことです。

加えて、ドイツの国家戦略には、持続可能な発展の三原則として有名な、再生可能資源の利用を基本とする「ハーマン・デイリーの三原則」が掲げられており、このような「持続可能性」がすべての政策の前提となるとの位置付けになっています。聞くところによると、この原則は、社会民主党と緑の党の連立による1998 年の歴史的な政権交代以前から、研究者も含めたドイツ政府内部での環境法典再編作業の段階ですでに環境法典案に掲げられていたといいます。この法典は案のままで実現はしなかったのですが、その内容は後の持続可能な発展に関する国家戦略などに生かされました。

前置きの話が長くなりましたが、ドイツの気候変動・エネルギー政策に「背骨」があるというのは、ドイツの他の政策同様、同政策の前提として、「持続可能性」の方針が組み込まれているということです。外から見ると、なぜドイツは国内の石油資源もないのに、原子力発電の廃止や石炭の利用の廃止を急ぐのかよくわからない、ということになるのですが、デイリーの「持続可能性」の観点からは、石炭はもとより原子力といえどもこれは非再生可能エネルギーであることから、最終的には再生可能エネルギーに転換するのは、当然という論理になります。このあたりの議論は、日本では、全くと言っていいほどなされてこなかったため、原発の扱いを巡り再生可能エネルギーの位置付けが弱くなり、石炭利用の継続ともども、なかなか温室効果ガスが思うように減らないという状況が続いている大きな原因になっていると筆者は考えています。

ロシアのウクライナ侵攻に伴うドイツの政策

以上のような政策の下、EUの気候変動政策をも積極的にリードしてきたドイツですが、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻により、その気候変動・エネルギー政策が大きな影響を受けています。特にロシアの侵攻を認めない立場から、ロシアとドイツを結ぶパイプライン・ノルドストリーム2の運用停止を決めたことにより、天然ガス供給想定量が絶対的に不足し、値上がりに直面していると伝えられています。この問題について、ドイツはどのように対応しようとしているのか、これまで意見交換を続けてきた気候変動担当官(政府部内の組織再編により環境省から経済省に本年異動)にメールで質問しました。彼から届いた本年8月5日付の返信内容は以下のとおりです。

「現在の政策の最優先事項は、(ロシアからの)燃料輸入の削減です。そのための基本対策として、再生可能エネルギーの割合の一層の増大とエネルギー消費の削減を図っています。ただし、それらの対策には一定の時間を要するため、当面の短期対策として、液化天然ガス(LNG)輸入の増大と石炭火力の追加利用、および、1基ないし2基の原子力発電の2022年末から数ヵ月の稼働延長を検討しています。ただし、現時点では、ドイツの気候変動・エネルギー政策に係る諸目標の変更は検討していません」

ちなみに、ドイツでは石炭火力の2038年までの廃止が既に法律で定められています。日本では今回のロシア問題に関して、原子力発電の一層の活用や炭素中立目標そのものをさらに先送りすべきとの意見が出ていますが、ドイツでは、ロシアへの天然ガス依存からの脱却を掲げ、同時に「持続可能な発展」や炭素中立などの基本目標は堅持し、当面の対策を考えるというところがいかにもドイツらしいと私は感じています。ドイツの気候変動・エネルギー政策には確かな「背骨」があると私が思う所以です。

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