続・世界のこんなところで頑張ってる!~公益信託地球環境日本基金が応援する環境団体第6回 ボルネオゾウと暮らせる地域づくり ~住民参加型データベース構築事業

2022年10月17日グローバルネット2022年10月号

NPO法人EnVision 環境保全事務所 理事長
赤松 里香(あかまつ りか)
酪農学園大学准教授
立木 靖之(たちき やすゆき)

2016~18年度の3年間、マレーシア国サバ州において生息するボルネオゾウと地域住民の共存を目的として、住民参加型の情報ネットワークを構築する活動を行いました。メンバーは特定非営利活動法人EnVision環境保全事務所とサバ大学、カウンターパートはマレーシア・サバ州野生動物局(以下、野生局)でした。地域住民がボルネオゾウの位置情報等を共有することで、不要なあつれきを回避し、また、保全意識が向上することで、ボルネオゾウと共存ができることを目指しました。

●ボルネオゾウの保全に向けた対策と課題

ボルネオゾウはアジアゾウ(Elephas maximus)の亜種でスマトラゾウ(E. m. sumatrensis)といわれていますが、体格が小さく特徴的な外観からボルネオのみに分布する新たな亜種ではないかとも言われています。特にサバ州内の東部に多く生息していることが確認されており、その個体数は2,000頭程度と推定されていますが、保護レベルは高くIUCNのレッドリストではスマトラゾウとして絶滅危惧種に分類されています。一方、同州では、これまでの経済活動等によって原生的な森林が伐採され、広大なアブラヤシ林に改変されてきました。その結果、自然林は保護区に限られ、飛び地状に州内全体に存在するようになりました。ボルネオゾウはかなり広範囲を移動する動物なので、分断された森林の間を縫って移動したり、残された保護区から周辺の農地や集落近くに出没して農業被害や人身事故を発生させる等の衝突(Human-Elephant Conflict)が発生しています(写真①)。

写真① アブラヤシプランテーションの伐採地に出没して樹皮を採食するボルネオゾウ

ボルネオゾウは法律によって完全に保護されているので、住民は被害が出ていても何も手出しができません。それ故、不満も大きくなり、結果として密猟等も発生する要因ともなっています。住民の不安は、「いつ」「どこで」「どれほど」被害が発生しているかが断片的にしかわからないことによると考えられました。これらの情報が共有されていれば、不要なあつれきを回避できると思うのですが、ボルネオゾウの行動や生態を調べる調査や研究のほとんどは先進諸外国の研究者や国際NGO等が中心で、情報が地域に円滑に共有されていないのが現状です。

こうした状況に対して野生局では、現地の見回り(パトロール)と情報収集を行い、通報があったりボルネオゾウを発見した場合は現地で「音や光による追い払い」を行い、問題がさらにエスカレートした場合は、その問題個体を麻酔によって不動化して別の保護区に移動させる対応を行っています。これは非常に大きな労力がかかる上に、移動したゾウが数週間で元の森林に戻ってくることも多いといわれています。「パトロール」「追い払い」に筆者も同行したことがありますが、まさに雲をつかむようなもので、とりあえず林道を走行して痕跡を探し、アブラヤシプランテーションのスタッフに情報を尋ねる等して探すというものでした。出没情報がデータベース化されていれば、こうした労力はかなり軽減され、効率よく行動できるようになることが期待されます。過去の出没情報も重要な情報になり、これまでの出没傾向を見ながら効果的な対策が立てられるようになるはずですが、これらは紙の情報として書庫にしまわれているうちに、どんどん散逸していくのが現状です。そこで、野生局や住民にとって「自前の情報共有データベース」が望まれていると思うようになりました。

●プロジェクトの実施内容

3年間に7回以上の現地打ち合わせ・情報収集、3回の現地ワークショップ(以下、WS)を実施しました。また、GIS(地理情報システム)アプリを利用して現場でデータを収集する仕組みを紹介し、データベースの重要性について説明を行ってきました。主に実施した内容を以下に紹介します。

  1. 野生局職員に対するWS:初年度に、本プロジェクトの目的や情報共有の重要性を説明するためのWSを、野生局本部で局長以下全職員に対して行い、位置情報を共有する重要性について日本国内の事例(サル対策やシカ対策等)を紹介して共通認識を得ました。また、携帯電話で作動するデータ収集アプリを作成し、実際に写真を撮ってサーバーにアップロードして共有する作業を行い、操作性に対する意見、データ共有の重要性や方法について議論しました。
  2. 地域でのニーズ調査:ボルネオゾウの分布最前線で、近年被害が増加しているTelupid村において、レンジャーや住民からヒアリング調査を行いました(写真②)。実際にボルネオゾウの被害を受けた方から話を聞いたり、破壊された建造物を見たりして、本プロジェクトでどういった内容の情報を収集できるか考えました。ヒアリング調査からは、レンジャーが位置情報の共有を強く望んでいることがわかり、地域役場も情報共有が望ましいという立場であることもわかりました。
  3. 上級レンジャーとTelupid村NGOに対するGISアプリの操作説明WS:最終年度には、Survey123(ESRI社)を用いたデータ収集システムを作成しました。まずニーズの高い上級レンジャーに対し開発コンセプトや利用方法を説明するWSを開催し、続いて、村で活動する環境保全NGOのスタッフに対し同様の説明を行い、実際にボルネオゾウが出没する地域でデータ収集を練習するWSを行いました。アプリの操作性、またデータベースについての必要性等については総じて良好な反応を得ることができ、現場のレンジャーやNGOスタッフでも十分利用可能であることがわかりました。
  4. 過去のデータマイニング:1990~2000年頃のボルネオゾウの出没対応を行った紙媒体の記録を、当時の支所長(現野生局長)と打ち合わせし、GISデータ化しました。データの分析から、1990年代初頭から半ばにかけて自然林が減少し、当時の林縁部で多くの出没対応があったけれど、2000年頃になると自然林がなくなり、当時問題が発生していた場所ではボルネオゾウの出没がなくなっていく様子等がわかりました。過去も現在も、自然林や保護区の周辺で問題が発生していることが視覚化され、林縁から2㎞の範囲で問題が多く発生していると推測されました(第12回国際哺乳類学会にて発表)。

    写真② 「住宅の下にボルネオゾウが
    潜っていた」という住民にヒアリング

●ボルネオゾウと地域社会との共存の実現に向けて

打ち合わせやヒアリング等関係者と交流する中で、情報共有の重要性については理解を得たものと考えています。しかし、データ収集アプリを継続的に使ってデータを蓄積していくという段階で新型コロナウイルス感染症の流行により、現地に行って活動を継続することが難しくなり現在に至ります。このことは残念ですが、本プロジェクトで示したコンセプトは理解してもらっていたので、状況が許すようになれば、現地に赴いて現状を確認したいと思っています。

独自のデータベースが構築され、マレーシアの方々によって適正に管理されることで、ボルネオゾウが地域社会と末永く共存していくことを祈念しています。本活動に支援いただいた地球環境日本基金と現地で協力いただいた関係者の皆さんに感謝の意を表します。

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