環境条約シリーズ 368核物質防護条約の改正

2022年11月15日グローバルネット2022年11月号

前・上智大学教授 磯崎 博司

原子力の平和利用は1950年代半ばから本格的に進められてきた。他方で、60年代後半以降、航空機の不法奪取や民間施設の爆破のような国際テロリズムも急増した。そのため、テロリストが核物質を不法に取得・使用して核兵器などに転用することが懸念され、その防止のための国際協力の必要性が指摘された。それを受けて、国際原子力機関の下で79年10月26日に「核物質の防護に関する条約」(核物質防護条約)が採択され、87年2月に発効した。同条約は、国際輸送中の核物質を適用対象として、適切な防護措置の確保、それが確保されない場合の輸出入の不許可、また、人の健康・財産に損害をもたらす窃盗・強取などの行為の犯罪指定および裁判権の設定、当該犯罪の容疑者の引渡しまたは自国での訴追などを締約国に対して義務付けた。

90年代末期になって、核物質や原子力施設へのテロ攻撃に関する世界的な危機感はさらに高まり、防護措置の拡充・強化のため、核物質防護条約を改正して適用範囲と対象犯罪を拡大することが求められた。その改正は、2005年7月8日に採択され、16年5月8日に発効した。それにより、適用範囲に国内で使用・貯蔵・輸送されている核物質および原子力施設が追加され、併せて名称も「核物質および原子力施設の防護に関する条約」に変更された。また、処罰対象の犯罪に原子力施設に対する妨害行為が追加されるとともに、当該犯罪の選択的要件の一つに環境に対して損害をもたらすことが加えられた。なお、妨害行為の定義も、環境を脅かすおそれに触れている。

他方、改正条約は、武力紛争に関する国際法または国際人道法によって規律される軍事活動は適用対象外であると定めている。その締約国会議が、ウクライナへのロシア軍の侵攻後の22年3月28日~4月1日に開かれた。その会議報告書には、核物質および原子力施設に対する犯罪・妨害に関する一般的な懸念は記されたものの、ウクライナの原子力施設に対するロシア軍による攻撃・占拠への言及はなかった。

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