特集/アニマルウェルフェア~気候変動対策、生物多様性保全における重要な視点~日本の消費者と生産者のアニマルウェルフェアへの意識~意識向上に必要なこと

2023年04月14日グローバルネット2023年4月号

信州大学農学部 准教授
竹田 謙一 (たけだ けんいち)

 気候変動や生物多様保全の観点から、アニマルウェルフェア(動物福祉)に配慮した畜産への移行が重要であるといわれています。以前から先進的な動物福祉政策を有していたEUでは、2020年発表の「農場から食卓まで(Farm to Fork)戦略」において、さらなる規制の強化を打ち出しています。
 こうした中、日本でも、近年は大手を中心とした一部の企業で取り組みが進み、2022年には農林水産省の報告書でも、国内の食品関連企業が直面するESG課題として、気候変動や食品ロスなどと並んで「アニマルウェルフェア」が挙げられています。
 本特集では動物福祉の概念と重要性を確認し、世界・日本における動物福祉の現状、先進事例を見ながら、日本の企業、生産者、消費者の意識向上と取り組みの加速に必要なことを考えます。

 

一昨年に開催された東京オリンピック・パラリンピック大会の選手村での畜産物供給量が限定的であったこともあり、アニマルウェルフェア(以下、AW)の議論は筆者の想定と異なり、盛り上がらなかった。しかし昨年1月に、農林水産省では「アニマルウェルフェアに関する意見交換会」が開催され、既に策定、公表されている「アニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針」を改訂し、畜種ごとの飼養管理等に関する技術的な指針を同省の指針として公表する見込みである。また前後して、日本の大手食品企業がAWに関するグループポリシーを公表し始めた。このような動向もあり、わが国におけるAW議論は、再び、関係者間で話題になっている。

その一方で、生産現場や畜産物を口にする消費者に目を転じると、前述の動向とは異なり、あまり大きな議論にはなっていない。生産者や消費者は、AWに関心が無いのだろうか。本稿では、日本の生産者と消費者のAWに関する意識について、論考したい。

改めて「アニマルウェルフェア」とは

家畜のAWを研究している立場から、その定義について紹介する。日本も加盟している世界動物保健機構(以前は、国際獣疫事務所、略称OIEと呼ばれていたが、現在の略称はWOAH)が定める陸生動物衛生規約第7章がアニマルウェルフェアに関するコードとなっており、「アニマルウェルフェアとは、動物の生活や死の状況に関連した動物の身体的および精神的状態を意味する」と定義されている。したがって、動物がかわいそうとか、殺してはならないといった考えではなく、動物の利用を前提にして、動物の取り扱い方法、管理方法に倫理的な配慮を求めているものである。とりわけ、AWでは動物の肉体的、精神的苦痛の排除が目的であり(近年は、ネガティブな感情排除だけではなく、生活環境の改善から、ポジティブな感情を引き出すことが重要だとの考えが欧米を中心に広がっている)、その主体は動物で、そこで認められる苦痛を排除するのは飼育管理者の責任となる。

間違ったイメージ

一般的に、AWは動物愛護思想であると見る向きがあるが、両者はその主体が違う。前述のように、AWは動物が主体である。一方、動物愛護とは、人が動物を愛する感情とそれに基づいて動物を保護しようとする行為を意味しており、人間が主体となる。もちろん、動物に愛情を持って接しなければ、苦痛を受けている動物のことは理解できないが、両者は似て非なるものである。

また、AWの実践には放牧が必須であるとの間違ったもう一つのイメージもある。ドイツでは、多くの消費者がAWは有機畜産や放牧を連想することが報告されている(Sies & Mahlau,1997)。日本の有機畜産物JAS認証には、AWに関連した順守項目が多い。また放牧飼養をすることによって、家畜の異常行動発現を抑えることができる。このような点からも、ドイツで見られるような消費者の連想は、日本でもあると感じている。しかし、AWの実践には、有機も放牧も必須ではない。オランダやデンマークでのAW認証、さらには「やまなしアニマルウェルフェア認証制度」(※詳細は本特集を参照)においても、最高ランクの認証を得るためには放牧が必要となるが、畜舎の中での飼育でもAWは実践できる。海外情報を伝える経済学者の中には、ことさら「放牧」という飼養形態のみを主張する方もおられ、一般消費者に誤ったメッセージを送っているのではないかと懸念する。

何が混乱の原因か

前述のとおり、AWとは動物の状態を意味しているので、良い状態(Good Welfare)もあれば、悪い状態(Bad/Poor Welfare)もある。オーストリアの有機畜産認証の際に用いられるAnimal Needs Indexでは、季節によってAWレベルが低下するであろうという理由から、評価結果に不利な晩冬に評価を行うべきとしている(Bartussekら,2000)。日本でも、評価するタイミングが評価結果に影響することが示唆されている(Seoら,2007)。筆者らの調査では、冬よりも夏の方が乳牛のAWレベルは低かった。

このように、AWは日々刻々と変化するが、一般的な見方は、AWをやっている、やっていないといった、1かゼロの議論であり、このような議論が消費者だけでなく生産者へのミスリードとなっている。

また生産者の中には、J-GAPのように、提示されている項目すべてを遵守しなければならないといったイメージを持たれる方も多い。「やまなしアニマルウェルフェア認証制度」では、提示されている項目の達成度に応じて、認証マークに示す☆印の数が異なる。すなわち、まずは実践できる項目から一つずつ、取り組むことが重要な鍵となり、そのような取り組みを促すことで、生産者の理解が深まると考えられる。

生産者の意識

2015年に長野県内の酪農家52戸(110人)を対象に行った筆者らのアンケート調査では、「アニマルウェルフェア」という用語を知っていると回答した生産者は40%と低かったが、類義語である「カウコンフォート」については71.8%にも上る。この結果は、「アニマルウェルフェア」は知らなくとも、施設改善から乳牛の快適性を考える「カウコンフォート」は認知されており、乳牛の飼育に関する倫理的配慮への意識は高いことを示している。

また、「乳牛の快適性追求のため今後設備投資を行うことを考えているか」との問いに対し、「積極的に投資する」が16.3%、「何らかの援助があれば投資する」が58.7%もあり、乳牛の快適性追求への生産者の意欲が高いことが示された。その一方で「AWは乳牛の飼養管理にとって必要な考え方か」との問いに対し、「必要」は28.4%、「必要だが難しい点もある」と回答した生産者が27.5%いた。

この結果は、先の質問の設備投資への資金的問題と共に、AW実践のためには放牧が必要との誤ったイメージに対する実場面での難しさを表しているのではないかと考えられた。

消費者の意識

2021年に筆者らが全国の女性消費者1,000人を対象に行ったアンケート調査では、牛乳の購入時に最も重要視するのは、製造年月日/消費・賞味期限、価格、内容量、生産地の順だった。一方、「乳牛の飼育方式や飼育環境を重視する」と回答した消費者は全体の22.3%しかおらず、牛乳購入に際して、乳牛の飼育状況に対する消費者の関心の低さがうかがえた。さらに、「AWを知っていたか」との問いに対して、75%の消費者が「聞いたことがなかった」と回答した。その一方で、「AWの考え方に関心があるか」との問いに対しては、AWを聞いたことのあった消費者は69%、聞いたことがなかった消費者は45%が「関心がある」と回答し、まずは、AWを広く一般消費者に知ってもらうことの有用性が示された。

求められる総合的議論

欧州発信の考え方であるAWは、今や科学的にも評価できる新しい精密家畜管理の形ともいえる。生産者もAW対応を進める意欲がある一方で、その多くが設備投資に懸念を示している。その生産コスト増は小売価格に転嫁されるべきだが、消費者の理解は道半ばで、消費者への積極的な啓蒙が重要である。現在のような、「海外でAWは当たり前だから、日本も進めなくてはいけない」とする単純な進め方では、生産者いじめと見られても致し方なく、何も前に進まない。

畜産物は、さまざまなステークホルダーを介して、食卓に並んでいる。フードサプライチェーンを意識し、全体像を俯瞰した総合的な議論が求められる。

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