環境ジャーナリストからのメッセージ~日本環境ジャーナリストの会のページ気候変動適応にみる現場の対応力

2024年02月20日グローバルネット2024年2月号

山と溪谷社
岡山 泰士(おかやま やすし)

 気候変動対策では温室効果ガスを減らす「緩和」の方に目が行きがちだが、もう一方の柱である「適応」と聞いて、どんなことを思い浮かべるだろう? 生物学に明るい人なら進化とセットの「生物の適応」を思いつきがちだが、そうではなく、すでに亜熱帯化しつつある海や農作物に被害を与え、水害を激甚化させている気候変動への「適応策」についてだ。

 スーパーに並んだきれいな野菜や魚を見ても、そこに気候変動の影響はほとんど感じることがない。ただしそれは、影響を避けられたものだけが陳列されているためで、実際の農業の現場や漁業の現場では、非常に大きな影響があるのだ。

 例えばコメの品質が悪化したり、リンゴやブドウが変色して出荷できなくなったり、イカやサンマが近海で取れなくなっている。そのため品種改良をしたり、漁業者が対象魚種を変えたり漁法を工夫するなどさまざまな努力が積み重ねられている。中には生産適地を求めて北海道に移ったブドウ農家もいるという。

法と連携

 遅れを取っている日本の温暖化対策だが、適応に関しては、気候変動適応法が平成30年に公布され、自治体・企業・個人で適応計画を作ることが求められている。国立環境研究所・気候変動適応センターは、その適応に関する情報のハブとなり、研究や理解を促す役目を担っている。

 そのセンター長である肱岡靖明さんと「適応」に関して広く知っていただくための書籍を鋭意製作中なのだが、この仕事を通して、すさまじいまでの適応への現場の努力を知るところとなり、大きな驚きだった。

 その範囲はまさにあらゆるジャンルに及んでいる。林業、漁業、農業はもちろん、生態系管理、自然災害対策、健康、インフラ、教育まで。特に近年注目が集まるTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)はもちろん、グリーンボンド、適応ファイナンス、保険、医療・福祉など、ほぼ全ての産業が「適応」を迫られている。

適応は身近な存在

 「適応」は市民権を得ている言葉とはまだ言えない。しかし一度「適応」について知ることができれば、身近に例はいろいろあり、範囲も広いことにすぐ気が付くだろう。

 たとえば、ゲリラ豪雨が予測されるとき、網目のように広がり複雑につながり合った地下空間のどこか1ヵ所でも浸水すれば、一気に被害が広がる。止水板の設置など急速に対策も進んでいるとはいえ、地下鉄や地下街への浸水被害を止めるには、想定を超える事態もあり得ることを前提に、タイムラインを作り、組織横断的な対応についてどれだけ事前にシミュレーションできているかが重要な適応となる。

 2019年の台風19号では死者90人、住宅は全半壊が4,000棟、浸水が7万棟を超える甚大な被害が発生した。しかし、最高水位の時、たまたま海が引き潮となり、荒川の堤防が決壊を免れたことはあまり知られていない。もしこの時堤防が持ちこたえることができなかったら、都内の江東5区(墨田区・江東区・足立区・葛飾区・江戸川区)は2週間水が引かず、そこに住む250万人の生活は想像できないような被害を受けていたかもしれないのだ。

市民、企業、行政にできること

 気候変動適応センターが運営するサイト「気候変動適応情報プラットフォーム(A-Plat)」には膨大な情報が整然と格納されている(https://adaptation-platform.nies.go.jp/)。

 適応法の施行後、予算が配分され、各地の適応センターとの連携も進み、研究が助成されるなど、さまざまに適応策が実施されている。そこにあるのは現場の対応力や創意工夫、あるいは技術開発や品種改良などの地道な積み重ねだ。そのたゆまぬ努力のおかげで、私たちが負の影響を感じずにいられることはこの上なくありがたいことだ。そこに払われている努力や創意工夫にも思いを至らせながら、何ができるか考え行動することが今求められている。

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