そんなに急いで どこへ行く?〜”夢の超特急”リニア沿線からの報告〜第8回 集落直上に巨大車両基地(神奈川県相模原市)
2025年01月17日グローバルネット2025年1月号
ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)
●台風19号の記憶
リニア中央新幹線品川―名古屋間に2ヵ所計画されている大規模な車両基地。岐阜県中津川市の「中部総合車両基地」では造成が進むが、神奈川県相模原市緑区の「関東車両基地」は未着工のままだ。
着工が遅れているのには訳がある。建設予定地の鳥屋は、標高1,000mを超える峰々が連なる丹沢山地の山あいの串川やその支流沿いに広がる閑静な集落だ。週末になると、ドライブやツーリング、サイクリング客が押し寄せる。ここに全長約2km、幅最大約500m、広さ約40ha(用地面積約100 ha、造成面積約60 ha)にも及ぶ巨大な車両基地を造るというのだ。
車両基地が集落を分断するように貫くため約50戸の住民が移転を迫られた谷戸地区の自治会は当初、建設反対を決議し、「リニア車両基地絶対反対!」の看板を掲げた。現在は、一部が鳥屋に新たに整備された造成地に集団移転し、他は鳥屋内外へ移住。今も暮らし続けている住民はいるものの、取り壊された住宅の基礎が点在し「JR東海管理地」の札が掲げられている。
この関東車両基地の工事説明会が2024年11月15、16の両日、鳥屋地域センターで開かれた。説明会の対象は例によって「鳥屋地区にお住いの皆様」と関係者。取材はお断りだ。参加者から15日の説明会の配布資料と録音データを入手したので、それを基に報告する。
配布資料によると、車両基地は山ノ神沢、谷戸沢、宮ノ沢、大沢入沢という4つの沢を盛り土で埋め、箱型の水路「凾渠」(暗渠)に付け替える、つまり地中を流す計画だ。凾渠の大きさは谷戸沢が高さ4.4m、幅7.3mあるものの、他は高さ、幅70cm~1.6m。車両基地に降った雨水が直接、串川に流れ込むのを防ぐため2つの調整池を造る。
「暗渠の大きさが小さい。2019年の台風を考えたら、こんなものじゃ足りませんよ。能登半島の大災害を見ても自然現象の現実に法令が追い付いていない。法令に違反していないから、皆さん方は何も責任を取るつもりはないということですか」と疑問の声を上げたのは渡戸地区に住む栗原晟さん(79)だ。
2019年10月、全国で百人近い死者・行方不明者を出した台風19号(令和元年東日本台風)では栗原さんの家の裏を流れる串川も氾濫し、床上にも浸水した。家の前の県道513号が川のようになり、向かいの渡戸自治会館に避難、その後、知人の家を頼ったという。
栗原さんの質問に対するJR東海の神奈川西工事事務所担当者の回答は「当社として今あるルールの中で法令をしっかり遵守して、車両基地を造ることによって安全を損なうことのないように、最低限しっかりやらせていただく。われわれ民間の業者が、今の法令を超えて大きいもの、安全なものを造るのはなかなか難しい」。「ゼロ回答」としか思えないものだった。

真上から見た鳥屋。下方を流れる串川沿いの市街地上流に車両基地が計画されている(JR東海資料)
●環境アセス「やり直さない」
車両基地予定地に山林を所有し、計画に疑問を持ち続けてきた栗原さんは、市民団体「リニア新幹線を考える相模原連絡会」と協力して会のメンバー11人に借地権を設定する土地トラスト運動を行い、測量を拒み続けてきた。車両基地が水害の要因となることを危惧する要望書を21年3月、JR東海に出したが、回答があったのは3年余りたった今年5月のことだった。
内容も「調整池は用地取得範囲等の各種条件の許す範囲で可能な限り大きな容量のものを整備してまいります」という曖昧なもの。JR東海によると、調整池の容量は県の基準に基づき30年に1回降る雨の量(1時間93.9mm)で計算。2つの調整池は70年確率、50年確率の水がたまる計画だと説明する。一方、市が作成した台風19号の「記録誌」によると、鳥屋の1時間最高雨量は87.5mm。昨年9月の奥能登豪雨では、輪島市の1時間雨量が120mmを超えた。
説明会では「沢を付け替えた暗渠が詰まり、ダムのようになってしまうのでは」と心配の声も上がったが、JR東海の担当者は「土砂、流木が水路に流れ込まないように目詰まり防止対策をする」と答えるにとどまった。盛り土造成のために大型ダンプの通行量が2割程度増えたり、そのために生活道路の拡幅・付け替え工事が相次いだりすることへの不安の声も止むことがなかった。
ところが今回の説明会で、JR東海は翌12月下旬に環境保全計画を県、市に提出し、2025年の年明けから本格的に工事着手する予定だと表明した。これを巡って会場で以下のようなやりとりがあった。
参加者 きょうの説明だと、一つの空港を造るぐらいの大工事だと思うが、環境影響評価(環境アセスメント)の時点ではここまでの計画は出ていなかった。環境影響評価をやり直すことになるのか。
JR東海 環境影響評価をやり直すということではない。この工事計画を踏まえて、改めて環境保全計画を工事が本格的に始まる前に公表させていただく。
つまり、環境保全計画を一方的に公表したら、県の環境影響評価審査会などで外部の有識者のチェックを受けることなく、工事を始めてしまうというのだ。続けてこんなやりとりもあった。
参加者 環境影響評価のときの車両基地の計画は、ただ四角だけだった。だから、環境影響も何もわからなかったと思うが、ようやくここ(今回の計画)から具体的な環境影響がわかるのではないか。
JR東海 環境影響評価書上、四角で記載しているが、具体的な形に基づいて予測評価していて、四角の形ですべてを予測評価していない。
●専門家「自然の摂理に反する」
「環境影響評価書」(2014年8月)資料編の施設計画に示されている関東車両基地は、長方形の中に施設の概要が記されているだけだ。黒岩祐治知事は同年3月、「環境影響準備書に対する意見」で「車両基地や変電施設等の位置が明確に示されていないため、環境影響が及ぶ範囲が確定していないなど具体性に欠ける」と県環境影響評価審査会の審査結果を引用した上で、「特に、車両基地は面積が約50haと大規模なこと(中略)から、講じようとする環境保全措置等の内容について、住民に対し十分に説明を尽くすこと」などとJR東海に念を押している。
10年余りたってようやく知事意見書に沿った具体的な計画が公表された今、県のチェックは働くのか。環境アセスメントを所管する環境課に尋ねてみると担当者は「(車両基地とは)全然違うものを造るなら話は別だが」と断った上で、環境影響評価審査会等を開いて審議する予定はないと明言した。沿線の自治体によってバラつきはあるものの、長野県では、JR東海から「環境保全計画」が提出されると、有識者による環境影響評価技術委員会で審議。関係市町村、住民の意見も聞き、JR東海に助言することになっているという。「事業の着手に当たってより環境に配慮するため」(環境政策課)だという。
JR東海によると、車両基地の大規模な盛り土造成を27年9月までの3年弱で行う。その後の車両基地建設のスケジュールは不明だが、環境影響評価書によると工期は11年。すぐに着手しても完成は35年以降で、JR東海が昨年3月、27年から延期すると表明したリニアの開業時期「34年以降」とつじつまが合わない。
工事説明会直後の11月23日、栗原さんら「郷土を愛する有志の会」などが開いた講演会で、環境カウンセラーで技術士の桂川雅信さん(長野県中川村議会議員)は「車両基地全体が鳥屋の集落の真上。集落に向かって水が流れてくるところを止めて盛り土をしようということですから、自然の摂理に反すること甚だしい」と批判。「たとえ盛り土が崩壊して集落が被害を被っても、JR東海は被害補償なんてしません。裁判になったとき、国の技術基準に従って造ったので私たちに責任はありませんって言います」と警鐘を鳴らした。