21世紀の新環境政策論 人間と地球のための持続可能な経済とは第69回 まっとうな気候政策とは:日英の石炭火力発電問題から考える

2025年01月17日グローバルネット2025年1月号

京都大学名誉教授
(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー
松下 和夫(まつした かずお)

はじめに

気候危機の進行にもかかわらず、日本の気候政策がまっとうではないので、研究者やNGOの皆さんで、「今こそ、まっとうな日本の気候政策を創ろう」というキャンペーンが展開されている。

では「まっとうな気候政策」とは何か。

これにはさまざまな考え方があり得るが、筆者は次の点を強調したい。

  1. 気候変動問題は人権問題(世代間公平性、南北問題、ジェンダー等とも関わり、社会的弱者に被害が偏る)であること
  2. 気候危機の緊急性から時間との闘いとの危機意識を共有すること
  3. まっとうな科学(自然科学的基盤と社会科学的知見を含む)に基盤を置くこと
  4. パリ協定の1.5℃目標達成経路に整合的で、国際的な動向や指針と整合的であること
  5. 多様なステークホルダーの参加と、透明性・公開性を確保した政策決定プロセスが取られること。

本稿では日本とイギリスの石炭火力発電関連の取り組みを考察し、まっとうな気候政策を考える。

イギリスで石炭火力が廃止される

イギリスは産業革命と石炭火力発電発祥の地である。2024年9月30日に、イギリス国内最後の石炭火力発電所が運転を終了した。そしてイギリスはG7加盟国で石炭火力発電を廃止する最初の国となった。世界初の石炭火力発電所であるホルボーン・ヴァイアダクト発電所が、トーマス・エジソンによってロンドンに建設されたのは1882年なので、142年で石炭火力発電所の歴史を閉じたことになる。

「なぜイギリスは石炭火力発電を廃止できたのか」というテーマでその背景を紹介したところ、イギリス人研究者から、彼が知る限り「イギリスでは、石炭火力廃止を加速するための特段の政策は取られていない。電力会社が耐用年数に達した火力発電所を廃止しただけだ」とのコメントが寄せられた。確かにイギリス政府は、石炭火力の廃止年限の公表以外、石炭火力廃止に特化した政策は導入されていないようにも思われる。

ただし注目すべきは、以下のようなまっとうな政策が継続して導入された結果、電力会社は耐用年数が到来した石炭火力の新増設をせず、合理的経営判断として廃止を選んだのである。

  1. 政府は2015年に、25年までに石炭火力発電完全廃止目標を設定し、その後24年に前倒し。
  2. 2013年に政府は、EUの既存の炭素価格(カーボンプライシング)をはるかに上回る炭素価格の下限を導入し、その後の数年間で何度も引き上げた。これにより、石炭火力発電のコストが上昇。ガスや再生可能エネルギーよりもはるかに高価となる。15年までに、石炭火力発電所は採算が取れなくなり、大量に閉鎖された。有効なカーボンプライシング導入拡大の結果、石炭火力の価格が高くなり、ガスや再エネに対する相対的な経済的優位性が失われたのである。
  3. EUは2008年に石炭火力発電所の汚染に対し、より厳しい制限を導入。結果、古い石炭火力発電所に高価な改修が必要となり、イギリスの平均的石炭火力発電所はすでに耐用期間を迎えていたので、多くの電力会社は改修よりも閉鎖を選択。
  4. 再生可能エネルギーのコスト低下と支援政策が風力発電ブームを起こし、石炭削減の大部分を補う。
  5. 今後イギリス政府は、送電網強化、再生可能エネルギーの発電容量増強への投資を促進し、この分野の成長を後押しする。洋上風力などの再生可能エネルギーをさらに増加し、送電網など、電力供給の柔軟性を強化するためのインフラ整備も進める。

石炭火力発電廃止を促す世界の動向

世界的には気候変動を巡る科学的根拠が蓄積され、温室効果ガス排出削減の必要性が強調されてきた。特に温室効果ガス排出量が最大の石炭が削減対策の標的となった。最近のG7サミットや気候変動枠組条約締約国会議(COP)でも次のような合意がされている。

  • G7サミット(2024年6月)首脳レベルでの合意:石炭火力発電について、排出削減対策が講じられていない既存施設を30年代前半に廃止する。
  • COP28(2023年12月)合意:50年までにネットゼロの達成のため、公正で秩序だった衡平な方法で、エネルギー・システムにおいて化石燃料からの脱却を図り、この重要な10年にその行動を加速させる。

今やG7で石炭火力の廃止年あるいは電力部門脱炭素化の達成年を示していないのは日本のみである(イタリア25年、フランス27年、ドイツは遅くとも38年(30年までの廃止をも目指す)、カナダ30年に石炭火力廃止、米国35年までに電力部門の脱炭素化、との目標)。

まっとうでない日本の石炭火力発電関連政策

では日本の政策はどうか。

結論的には、日本の火力政策は気候変動対策に逆行し、2020年以降、石炭火力を約900万kW新設し、廃止はほとんど進んでいない。非効率石炭火力も含めて容量市場(後述)などの対象になって温存されている。さらに今後はLNG火力を1,000万kWも新設を進めようとしている。

具体的には以下の課題を指摘したい。

  1. G7などでの合意に反し石炭火力廃止時期明示せず。
  2. 本格的カーボンプライシング導入を先送り。
    GX推進法(「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律」)の成長志向型カーボンプライシングでは、化石燃料賦課金導入は28年、排出量取引による特定事業者負担金の徴収は33年からで、遅すぎる。
  3. 水素・アンモニア混焼をGXの柱にし、石炭火力の延命につなげている。
     アンモニア・水素混入実証試験などへの公的資金による支援は、CO2削減効果はほとんどなく、石炭火力の温存につながる。化石燃料由来アンモニアは、20%混焼でもわずか1%程度のCO2削減効果で、コストも高く、海外輸入で国富の流出となる。また、現在混焼は実証試験中で、30年にやっと20%混焼が実用化しても、気候変動対策として全く間に合わない。
  4. CCS(炭素回収貯留技術)は、実用化しておらず、回収・運搬・貯留のいずれもコストとエネルギーがかかり、実現性が乏しい。事業開始見込みが30年からで、気候変動対策として間に合わない。
  5. 再エネの普及にさまざまな制度的障害があり、再エネの伸び率は鈍化傾向となっている。
  6. 容量市場が既存の石炭火力を延命している。容量市場は、太陽光発電などの自然変動に対する調整力や停電などを避けるために、将来必要となる国全体の供給力を確保する仕組みとして創設されたが、実際は、変動電源の再エネ(太陽光や風力)は対象外とされ、落札電源のうち4分の1が石炭火力(老朽化した非効率石炭火力も含む)、全体の7割が火力と原子力で、既存火力や原発の温存につながっている。

おわりに

日本は、発電における水素・アンモニア混焼を「排出削減対策」と位置付け、廃止の対象外と主張しているが、これは国際社会では認められていない。「排出削減対策の取られていない(Unabated)石炭火力発電所」とは、「CCSによりCO2を90%程度回収するような対策が取られていないもの」(IPCC第6次評価報告書)を指している。現状のCCSのCO2回収は6~7割程度で、30年代にも間に合わない。

日本は、先進国の一員としてパリ協定の目標に整合する行動が求められ、そのためには、石炭火力の速やかな廃止が必要だ。石炭火力の早期かつ段階的な廃止は、日本経済の国際競争力維持にも関わる。なぜならCO2を大量排出して発電された電力を使って作られた製品は、国際的にはダーティーな製品として市場から敬遠されるからである。

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