特集/広がるPFAS汚染~私たちに何ができるのか~PFAS問題:現状とこれから
2025年02月14日グローバルネット2025年2月号
京都大学大学院医学研究科 准教授
原田 浩二(はらだ こうじ)
本特集では、PFAS汚染についてその背景や全国に広がる影響について整理し、国や自治体にはどのような対策が求められ、市民には何ができるのか、考えます。
PFASとは
PFASはPer- and polyFluoroAlkyl Substancesの略語で、日本語にすればフッ素化アルキル物質と呼ぶことになる。有機物は炭素を中心に、水素、酸素など種々の元素から構成されるが、炭素(C)に複数のフッ素(F)が結合しているものをPFASと呼んでおり、数千種類以上ある化学物質の総称である。
PFASの商業的な開発は1940年代に米国の化学メーカー3M社により始められた。衣類などの撥水・撥油剤の構成原料、基地、空港などで使用される泡消火剤、半導体製造におけるフォトレジスト、クロムメッキ加工などに用いられてきた。特にPFOA、PFOSと呼ばれるPFASが用いられてきた。
PFASの一部は動物実験において肝臓の損傷や脂肪蓄積など生化学的変化が確認されている。げっ歯類ではPFOA曝露により、出生前の仔の死亡、新生仔の体重減少や生存率の減少、神経発達毒性、骨の発達の変化、乳腺分化、開眼、発情期発来の遅延などが報告されている。同様にヒトでの疫学研究では、母体血中PFOA・PFOS濃度と出生体重に負の相関が、また血中PFAS濃度とコレステロール値の正の相関が、程度の大小はあるが、報告されてきた。
国内のPFAS汚染
京都大学の研究チームは2002年、2003年に70以上の河川の水質調査を全国規模で行った。PFOS、PFOAは都市部に近い河川で高く検出され、東京の多摩川や大阪の安威川の流域にある下水処理場の放流口で最大値を示した。多摩川ではPFOSが高く、淀川などではPFOAが高かった。下水処理場の上流にあり得る排出源として、泡消火剤を使用する在日米軍横田基地、フッ素樹脂を製造するダイキン工業淀川製作所などが考えられた。また、大阪国際空港からの水路でもPFOS濃度が高く、泡消火剤の使用の影響と考えられた。その他濃度の高低はあるものの、それ以外の河川でも検出され、PFASがさまざまな場所で使用されて、広く環境中に拡散していったことを示していた。河川から取水している水道水にも同等の濃度で含まれ、伏流水、浄水処理ではPFASを除去しきれていなかった。
ヒトがPFASを摂取する経路は各地の状況によってさまざまであり、水道水の汚染、大気の汚染、日用品からの曝露などもあり得る。一般的には食品にもPFASは含まれており、環境中に広がったPFASが生物濃縮、食物連鎖で食品にも移行していることが考えられた。特に魚介類からの摂取量が多いとされている。
各国の規制動向
2002年に3M社がPFOS、PFOA製造を廃止し、2006年からは米国環境保護庁により大手フッ素樹脂メーカーへのPFOA排出削減を呼びかけ(2010/2015 PFOA Stewardship Program)、さらには残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約での規制(2009年PFOS制限、2019年PFOA廃絶、2022年PFHxS廃絶に指定)を経て、新規製造、使用がほぼなくなったと考えられる。しかし、これまでに使用されてきたPFASの影響がなくなったわけではない。
欧州や米国ではPFAS全体の使用を規制する動きがある。長期的に残留し得るPFASをなるべく使用しないという方針である。置き換えが難しい用途については例外とする仕組みもあるが、猶予期間を設定しながら新たな技術の開発を促している。
2020年に暫定目標値としてPFOS、PFOAの合計値50 ng/Lを定めた。その後、自治体による任意ではあるが、PFASの検査が始められ、水道水から目標値を超える地域が見つかってきた。また飲用井戸の汚染も問題となっている。
米国では2024年4月に基準値を定め、2029年までにPFOS、PFOAそれぞれ4 ng/L未満の達成が義務付けられ、また他にも4物質に基準値が設定された。欧州連合では20種のPFASの合計値の基準値として100 ng/Lを定め、さらに加盟国によってはより厳しい値を目指している(ドイツでは4つのPFAS合計20 ng/L)。PFASによる健康リスクは低用量でも生じるとしたリスク評価を踏まえたものである。
日本では環境省と国土交通省は2024年5月に全国の浄水場、専用水道にPFAS検査の報告の要請を行い、専用水道での目標値超過、または浄水場での目標値に近い結果があった。この結果もあって、暫定目標から水道法の基準に格上げする方針が、総理大臣の答弁で示され、2024年12月の水質基準逐次改正検討会でも方針が了承された。今後、審議会を経て2026年から施行予定とされている。一方で、基準値はPFOS、PFOAのみに対して50 ng/Lのままとなる。
市民の活動、取り組み
沖縄県中部の北谷浄水場では水道水中のPFOS濃度が高く、その浄水は40万人を超える地域に配水されていた。2019年に宜野湾市住民からの要望で京都大学による分析が行われた。平均血漿中PFOS濃度は13.9 ng/mLであった。さらに他のPFASであるペルフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)は16.3 ng/mLと、PFOSと同等であった。水道水の汚染がない南城市では、PFOSが6.6 ng/mL、PFHxSは3.9 ng/mLであった。2022年には市民により、宜野湾市以外へも調査が拡大された。沖縄県内6市町村、387名の分析の結果、北谷浄水場の配水域、その他の水道水中PFASが高かった金武町で血漿中PFOS、PFOAは平均10から14 ng/mLと高かった。
東京都多摩地域でも水道水中PFOS濃度が高かった。2019年半ばで東京都は水道水源の切り替えを行った。2020年にNPOによる血中PFAS濃度調査が行われた。また2022年から2023年にかけて市民らによる多摩地域全域での血液検査が行われた。このうち、国分寺市の住民で平均血漿中濃度はPFOS 16.7 ng/mL、PFHxS 17.7 ng/mLであった。このPFOS濃度は周辺の自治体でも汚染が特にない西多摩、南多摩地域より2から3倍の濃度となっていた。
岡山県吉備中央町では2023年10月に町内の円城地区の水道水に1,400 ng/LものPFOAが検出されたことが町により公表された。汚染の基になったのは、取水源であったダムの近くの町有地に2008年ごろから置かれていた使用済み活性炭であった。住民からは血液検査や健康調査を求める声が上がり、当初、町は実施を否定していたが、強い要望を受けて血液検査を含む健康調査の実施が決まった※。
※ 町は今年1月28日、公費で行った初めての血液検査の結果を公表。受検者の87%が米国の学術機関の基準を超えたことが判明した。
航空自衛隊岐阜基地がある各務原市では、市内の給水人口の半数ほどを担う三井水源地から配水される水道水に目標値を超えるPFOSが検出された。地域の医療機関との協力で住民131名の血液検査を行ったところ、この水源地の配水地域の参加者の血中濃度は平均で67.3 ng/mLであり、9割の参加者が米国アカデミーの指針値(20 ng/mL)を超えていた。
この他、市民が主導した血液検査は愛知県豊山町・北名古屋市、大阪府、兵庫県明石市・尼崎市、水質・水生生物検査では熊本県熊本市、三重県四日市市、岐阜県各務原市、神奈川県相模原市、静岡県浜松市などがある。これらの活動から泡消火剤を使用する空港、基地周辺の汚染、PFASに関する工場の周辺、廃棄物処分場の周辺での汚染が明らかになってきている。
今後の課題
日本において、2020年以降、PFASによる汚染が各地で新たに発見されてきている。それでも未測定の簡易水道や専用水道は多い。また河川、地下水で網羅的な調査がなされているわけではない。暫定指針値などを超えていても発生源の特定に至っていない。
PFAS汚染がある地域では、地域住民が具体的に情報を得られるようにすること、その対策を説明し、住民の不安とニーズに対応する必要があると考える。また健康リスクについて、海外に比べて日本での調査は少ない。曝露量が高い集団を含めて検討が必要である。
実態把握と汚染の防止に向けた取り組みが求められる。水道水だけでなく、河川などの環境基準、排水などを対象とした基準も汚染の拡大を防ぐために必要だろう。