日本の沿岸を歩く―海幸と人と環境と第97回 空港と漁港つなぐカニ観光戦略ー山陰道・鳥取県賀露 

2025年04月17日グローバルネット2025年4月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

鳥取県はズワイガニのシーズン中は「かに取県」になる。豊かな漁業資源の中でもカニを看板にした観光客誘致が熱い。鳥取県の空の玄関口、鳥取砂丘コナン空港は鳥取港の複合観光ゾーン「マリンピア賀露かろ」と「かにっこ空港ロード」(1.6km)でつながっている。マリンピア賀露には海鮮市場「かろいち」、県内最大級の直売所「地場産プラザわったいな」、水族館「とっとり賀露かにっこ館」などが集まり、鳥取の魅力が凝縮されている。新鮮な魚介類、多彩な催しに加え、空港は人気マンガ『名探偵コナン』の聖地。県内外から多くの観光客を呼び寄せる秘密を調査しよう。真実はいつも一つ!(コナンの決めぜりふ)

「かにっこ空港ロード」の案内板

●多くの一般客集う空港

鳥取駅から7kmほど。日本海に面した鳥取港は賀露港とも呼ばれる。周辺には鳥取砂丘や因幡いなば白兎しろうさぎの伝説がある。少し離れた浜村温泉は鳥取県を代表する民謡「貝殻節」発祥の地だ。

国内主要都市から離れた鳥取県では空港は重要な「空の玄関」。県は、観光、にぎわい、ビジネスの拠点とする「空の駅」化を進めており、鳥取港とつないだ「ツインポート」の充実を図っている。空港の中には飲食や土産物店など各種テナントが入っており、搭乗客だけでなく、一般来場者も買い物や食事が楽しめる観光スポットになっている。昨年11月16日に賀露の港周辺で開催されたカニフェスタでは無料サービスのカニ汁1,000食がすぐになくなったという。

鳥取県は『名探偵コナン』の作者、漫画家青山剛昌ごうしょう氏の出身地であることから、鳥取空港は2015年から「鳥取砂丘コナン空港」の愛称を使い始めた。かにっこ空港ロードを整備し、空港と漁港双方のイベントに無料シャトルバスを運行する。

コナン効果は大きかった。空港の一般来場者は2023年度42万人で19年度以降、国内線乗降客数を上回っている。台湾からのチャーター便で親日のコナンファンもやって来る。

空港にはコナンのフィギュアや記念撮影コーナー、各種装飾などがそろっている。駐車場(900台)は無料だし、電動アシスト付き自転車を1日1,500円で借りることができるため、「かろいち」はもちろん、頑張れば白兎神社、鳥取砂丘へもサイクリングできる。

県庁空港振興室室長の安本善征さんは「漁港にある観光施設と一体になった空港は、全国でもここだけです」と、コナン空港の魅力に自信を見せる。

ちなみに青山氏の出身地である県中部の北栄町には「青山剛昌記念館」があり、「コナン駅」(JR由良駅)から「コナン通り」でつながる。JR山陰本線は「名探偵コナン列車」が走る。

鳥取県はズワイガニの漁獲シーズンに合わせて関西や首都圏などのデパートでのキャンペーン、メディアを使ったコマーシャルなどに力を入れている。山陰海岸ジオパークや鳥取砂丘のほか、中国地方の最高峰で伯耆加ほうき富士などと呼ばれる大山だいせん三朝みささ温泉や皆生かいけ温泉といった有名温泉もある。県東部にある空港の集客力がアップし、県内観光地のハブとなりつつある。

●中身詰まったカニ展示

さて、鳥取港に着いたのは夕暮れ近く。周辺に水産加工場があり、岸壁には100トンクラスの沖合底引き網漁船4隻が次の漁に備えて停泊していた。早朝の水揚げや競りは5日後の見学までお預けとなった。

レストランは営業中だったが、海鮮市場や直売所はほぼ営業を終えていた。まだ開いていた賀露かにっこ館に飛び込んだ。カニを中心にしたユニークな水族館で鳥取県が運営している。

目についたのは、鳥取県のトップブランド「五輝星いつきぼし」のタグが付いたカニのはく製。タグは大きさ、品質、型などが特に優れた松葉がに(ズワイガニの雄)に付けられる。2015年の制度創設後の第一号だ。競り落とされ、飼育後に標本になった。その後、19年には落札額500万円の五輝星が出た。ギネス世界記録に泡を吹いて驚いた五輝星くんは、東京で食べられたそうだ。

五輝星に認定された「特選とっとり松葉がに」

館には国内外の珍しいカニが展示してあり、立体水槽の中では世界最大のタカアシガニが長い脚を広げていた。日本近海の深海だけに生息し、成長すると4m近くになる。「松葉がに」でなく、本物のマツバガニにも会える。全身に細くて強い松葉のようなトゲがあり、名前に納得できる。

この他、ヒラメなどに直接タッチできる水槽、みこしなどを船に乗せて近くの千代川を下る船渡御ふなとぎょの神事「ホーエンヤ祭」の解説、カニのふんどし(腹節)を勘違いしたユーモラスな民話など、多彩で充実した展示が楽しい。しかも入場料無料である。

水族館「とっとり賀露かにっこ館」の内部

●カニ購入数量は日本一

鳥取県のズワイガニやベニズワイガニなどカニ全体の水揚げ量は491tで全国一位(2023年)。実に全体の3分の1を占める。松葉がになどを捕る沖合底引き網漁船が所属する漁港は県東部の岩美町の田後たじり港と網代あじろ漁港、鳥取港、県西部の境漁港。計23隻がある。鳥取県の漁船は、市場価値の高い活ガニの状態で港に持ち帰る装備が充実している。

ズワイガニは11月6日に解禁になり、12月末までは「親がに」(ズワイガニの雌、セコガニ)、3月20日まで松葉がにが水揚げされる。2月1日から2月末までは脱皮直後の松葉がにである「若松葉がに」(ミズガニ)の漁期だ。ズワイガニの資源は回復基調にあるが、鳥取県はいくつもの自主規制を強化している。ズワイガニを対象とした魚礁は1万1,000haも設置しており、県営魚礁としては広さ日本一だ。

「カニ食い県民」も多いようで、総務省家計調査(2021~23年)では鳥取市はカニの消費量が全国平均消費量の5倍、1,976gで全国トップだった。カニについてやたら日本一が多い蟹取県の面目躍如である。

ズワイガニの朝競りを見るために再び賀露を訪れた。午前8時から競りが始まった。カニの他にマダラ、タコ、赤バイ貝、アカエビなど豊かな日本海の恵みが運び込まれていた。鳥取県漁業協同組合賀露支所の支所長、岡部ただしさんによると、他にもハタハタやアカガレイなどのカレイ類、マアジ、サワラ、マダイなど沖合や沿岸の多様な魚の水揚げがある。

カニの競りは先に見た但馬と同じように活気がある。水槽をのぞくとトップブランド五輝星と対面することができた。水揚げ全体の0.01~0.05%しかいない希少さ。脚には威光のある黒色のタグが付いていた。

松葉がにの他に、親がにも多く水揚げされていた。松葉がにに比べると、親がにや若松葉がにはお手頃価格。岡部さんは「季節の味として手軽に味わえるので地元では親しまれています。親がには小さいけれど内子(卵巣)が抜群にうまい。若松葉がには松葉がにとは調理の仕方が異なっているので注意が必要。さっとゆでると強い甘みがあります」。地元のソウルフードの説明によだれが出そうだ。

筆者も後日、親がにのみそ汁を味わった。その美味に感激しながらも、同時に、親がにや若松葉がにの資源管理の難しさを知った。カニを心置きなく食べられる日が再び来ることを願うばかりだ。

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