地域事情に合わせた気候変動への適応策の在り方とは科学的知見に基づく地域特性を考慮した気候変動適応策立案支援システムの開発

2025年05月21日グローバルネット2025年5月号

元国立環境研究所 気候変動適応センター 准特別研究員
武庫川女子大学 環境共生学部 環境共生学科 講師
天沼 絵理(あまぬま えり)

国立環境研究所 気候変動適応センターセンター長
肱岡  靖明(ひじおか やすあき)

 昨今世界全体が記録的な猛暑や記録的な大雨に毎年のように見舞われるようになり、気候変動問題は今や「気候危機」とも言われています。気候変動の影響を軽減・回避するため、地域における適応策を実施する重要性はますます高まっており、その適応策の策定には、地域特有の状況に沿った科学的知見が求められます。
 本特集では、科学的知見に基づき地域特性を考慮した気候変動適応策立案支援システムのほか、地域の自然や生態系を生かした適応策について、すでに進められている取り組みも紹介いただき、今後の適応策の在り方について考えます。

 

気候変動に伴う平均気温の上昇や降雨の変動性の増大は、農業に対して深刻なリスクをもたらすと指摘されている*1-3。このような中、農業経営における気候変動適応策の一つとして注目されているのが「作物品目の転換」である。これは、既存作物から、新たな気候条件に適した作物へと栽培対象を変更する戦略であり、農業の持続可能性を高める有望な適応策の一つである*4-6。作物転換は、変革的適応策の一つとされ、生産設備や消費者の変革も必要であることが課題とされているが*7、品種改良や日除けなどの適応策と比較して、より長期間を視野にしており、農家にとっては有効な選択肢となり得る*5,8

しかしながら、多年生樹木作物の全球収量モデルは確立されていないため*6、既存の作物転換の実現可能性や費用便益を評価する研究の多くでは、果樹作物にはほとんど焦点が当てられていない。

そこで、本研究では、将来の気候条件下における農業経営による所得を推定し、適応策としての作物品目転換の可能性を検討することを目的とする。具体的には、日本で広く栽培されている10種類の果樹を対象に、特定の自治体において、所得最大化につながる作物転換の可能性を評価するため、果樹経営計画の推定を行った。本研究は、気候変動適応策立案支援システムの構築を目的とする課題全体の一環であり、「適応策選択ツール」の農業分野における第一段階として、開発を進めた。

手法:所得が最大となり得る将来の果樹経営計画の推定

果樹経営計画の推定にあたり、転換先の作物・転換時期・転換面積を目的変数として、対象期間の中で栽培中の果樹作物から別の果樹作物への転換を検討し、対象期間の総所得が高くなる場合は転換が発生するシミュレーションを行った。各果樹の予測作物収量データは本課題サブテーマ2「適応のための地域別の最適作物と環境負荷の評価」の成果、販売単価・経営費データは農林水産省公表の全国平均値を用いて年間所得を算出した。各果樹の未収益期間は収穫がないため所得は発生しないが、経営費は毎年発生すると仮定した。作物転換が行われる年にのみ適応(転換)コストが発生するよう設定した。対象期間は2030~2100年を基本とし、3種類のSSPシナリオおよび5種類の気候モデルによる結果を出力し、それらの平均値と信頼区間を示した。加えて、地方公共団体の意思決定の状況や背景が多様であることから、意思決定者のリスク選好を3種類想定し、それぞれの結果を示した。基本の結果を総所得重視選好とし、年間の赤字限度額を設定する赤字軽減重視選好、対象期間を2050年までとする短期間重視選好を設定した。本稿では総所得重視選好と赤字軽減重視選好の結果を紹介する。

結果例:青森県弘前市における作物転換計画

ここでは果樹産出額が日本最大である青森県弘前市の例を挙げる。栽培中の果樹作物をりんごと設定し、2030~2100年の総所得を最大化させる総所得重視選好の場合、りんごから一部~全部の面積をぶどう、および、ももに変更すると所得が高くなる可能性があるという結果になった。図1は、x軸が年、y軸が栽培面積における各果樹の割合を示しており、栽培中の作物であるりんごが100%だったものが、時間が進むにつれぶどうおよびももに転換が行われている結果を示している。

赤字軽減重視選好においては同様の設定に加え、年間赤字額限度額の-20万円を下回らない条件で2030~2100年の総所得を最大化させた結果、総所得重視選好と同様に、ぶどうやももへの転換によって高い経済性が示された(図2)。しかし、年間赤字を抑えるため、一回当たりの転換面積は小さくなり、そのことにより転換回数は増加し、計画はより後ろ倒しになるため、長期の計画となった。

考察

上記の結果から、将来の気候変動下において、地域によっては作物品目転換により所得増加の可能性があることが示された。リスク選好に応じた経営計画の違いを見ると、赤字軽減を優先する戦略では、一回当たりの転換面積の抑制と転換時期が後ろ倒しになる傾向が確認された。これは、地方公共団体や農業経営者が置かれた経営状況や地域特性に応じて、採用すべき適応戦略は一様ではないことを示している。ただし、本研究で示された結果は一つの経済的可能性のシナリオであり、実際の意思決定においては、地域の関係者との協働を通じ、詳細に以下のような課題を検討し、実行可能性の検証をしていく必要がある。

本研究の今後の課題を示す。第一に果樹の経済樹齢を踏まえ、長期的な経営計画において複数回の作物転換を見込む必要がある。第二に気候変動以外の経済・社会的要因(作物供給変化による市場価格の変動、労働力不足、制度的制約など)について限定的な考慮にとどまっている。第三に作物の品種ごとのデータが不足しているため、品種別の収量・経済評価も考慮可能となればより使いやすいツールとなる。これらの点はさらなるデータ収集・分析が必要である。

また、実際に地域で作物転換の意思決定を行う際には経済合理性だけでなく、地域特有のブランドや文化的価値の喪失リスク、販路・加工体制の整備なども重要な観点となり、多面的な評価が必要となる。

本研究の成果は気候変動適応策立案支援システムにおける適応策選択ツールとして、地域気候変動適応センターや農業関係者との協議の土台として活用し、具体的な適応策の実施可能性の検討を進めることを目指している。

  1.  S. N. Seo and R. Mendelsohn, “An analysis of crop choice: Adapting to climate change in South American farms,” Ecol. Econ., vol. 67, no. 1, pp. 109–116, Aug. 2008, doi: 10.1016/j.ecolecon.2007.12.007.
  2.  C. Varela-Ortega, I. Blanco-Gutiérrez, P. Esteve, S. Bharwani, S. Fronzek, and T. E. Downing, “How can irrigated agriculture adapt to climate change? Insights from the Guadiana Basin in Spain,” Reg. Environ. Chang., vol. 16, no. 1, pp. 59–70, 2016, doi: 10.1007/s10113-014-0720-y.
  3.  P. B. Shirsath, P. K. Aggarwal, P. K. Thornton, and A. Dunnett, “Prioritizing climate-smart agricultural land use options at a regional scale,” Agric. Syst., vol. 151, pp. 174–183, 2017, doi: 10.1016/j.agsy.2016.09.018.
  4.  W. Xie et al., “Crop switching can enhance environmental sustainability and farmer incomes in China,” Nature, vol. 616, no. 7956, pp. 300–305, Apr. 2023, doi: 10.1038/s41586-023-05799-x.
  5.  J. Rising and N. Devineni, “Crop switching reduces agricultural losses from climate change in the United States by half under RCP 8.5,” Nat. Commun., vol. 11, no. 1, pp. 1–7, 2020, doi: 10.1038/s41467-020-18725-w.
  6.  IPCC, “Chapter 5: Food, Fibre, and other Ecosystem Products,” Clim. Chang. 2022 Impacts, Adapt. Vulnerability. Work. Gr. II Contrib. to IPCC Sixth Assess. Rep., 2022.
  7.  U. Rippke et al., “Timescales of transformational climate change adaptation in sub-Saharan African agriculture,” Nat. Clim. Chang., vol. 6, no. 6, pp. 605–609, 2016, doi: 10.1038/nclimate2947.
  8.  M. M. Kling et al., “Innovations through crop switching happen on the diverse margins of US agriculture,” Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., vol. 121, no. 42, pp. 1–10, 2024, doi: 10.1073/pnas.2402195121.

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