地域事情に合わせた気候変動への適応策の在り方とは自然を生かした気候変動への適応と緩和~印旛沼流域での取り組み

2025年05月21日グローバルネット2025年5月号

国立環境研究所 気候変動適応センター
西廣 淳(にしひろ じゅん)

 昨今世界全体が記録的な猛暑や記録的な大雨に毎年のように見舞われるようになり、気候変動問題は今や「気候危機」とも言われています。気候変動の影響を軽減・回避するため、地域における適応策を実施する重要性はますます高まっており、その適応策の策定には、地域特有の状況に沿った科学的知見が求められます。
 本特集では、科学的知見に基づき地域特性を考慮した気候変動適応策立案支援システムのほか、地域の自然や生態系を生かした適応策について、すでに進められている取り組みも紹介いただき、今後の適応策の在り方について考えます。

 

気候変動への危機感が高まる中、災害リスクの軽減や水資源管理などの適応策と、温室効果ガス排出削減などの緩和策の双方を同時に追求することが求められています。近年、国際的な議論で話題になることが増えている「Nature-based Solutions(NbS;自然を活用した社会課題解決)」は、地形、水循環、生物など自然の機能を生かすアプローチであり、気候変動への適応と緩和の両立への貢献が期待されます。筆者らはそのモデルケースを確立すべく、千葉県・印旛沼流域で研究と実践を進めています。

谷津の湿地再生で発揮される多機能性

印旛沼流域には、台地が刻まれて形成された小規模な谷である「谷津」が500ヵ所程度存在しています。元来、谷津の谷底部は湧水を利用して水田として活用されてきましたが、高度経済成長期以降に多くが耕作放棄され、宅地造成などで埋め立ても進みました。

近年、耕作が停止し、樹木やつる植物が生い茂るようになった谷津を、小規模な湿地として再生し、グリーンインフラ(自然の機能を生かす社会基盤)として治水や水質浄化に活用しようという試みが始まっています(写真)。農地として活用されていた時代に設置された人工排水路を塞ぎ、水を谷底面全体に広がりやすくすることで、貯留能力の向上を通して洪水防止に寄与すると同時に、生物の生息環境がよみがえり、水質改善にもつながることがわかってきました。

写真  薮化した耕作放棄水田を湿地として再生した現場の一つ、八ツ堀のしみず谷津(https://www.shimz.co.jp/greeninfraplus/shimzyatsu/)。
管理の事前・事後の様子。事後は一部の区画で稲作も試行している。

筆者が代表を務めている環境研究総合推進費2-2302「気候変動適応と緩和に貢献するNbS-流域スケールでの研究-」(以下、NbS研究プロジェクト)では、これらの機能の定量化や、取り組み適地の地図化を進めています。

実証現場では、湿地を経由することで硝酸態窒素濃度が約40 mg/Lから10 mg/L以下にまで低減していました(Kato et al. 2024, doi.org/10.1007/s11355-024-00631-8)。さらにこの湿地では、7種の絶滅危惧種を含む多様な水生植物が土壌シードバンク(土壌中に保存されていた種子や胞子)から復活しました。また治水機能については、土水路や湿地を経由して排水される谷津は、コンクリート水路で排水される谷津に比べて高い貯留効果を持ち、水の流出時間が10倍程度遅れることが確認されました。これは下流における水位の急激な上昇を抑制する効果を持ちます。NbS研究プロジェクトでは、このような流出遅延機能を持つ湿地をどこに配置すると水害リスク軽減の効果が大きいのか、モデルを用いて検討しています。

このように「谷津の遊休農地の湿地化」は、水質浄化、生物多様性保全、防災に貢献する「一石三鳥」の取り組みといえます。さらに薮化していた遊休農地が開放的な場所になることで、人が入りやすくなり、自然との触れ合いや交流の機会を増やすことにもなるなど、「三鳥」にとどまらない効果がある取り組みにもなります。

放棄竹林をバイオ炭へ:里山管理でカーボンニュートラルに貢献

もう一つの注目すべき取り組みが、増え続ける放棄竹林の活用によるカーボンニュートラルへの貢献です。かつて里山の一部として利用されていた竹林も、近年は需要の減少で手入れされず放置される例が増え、「竹害」と呼ばれる問題を引き起こしています。竹が過剰繁茂すると周囲の森林に侵入して植生を単調化させ、生物多様性を劣化させてしまいます。植生の単調化は土壌への雨の浸透量を減少させることも指摘されています。印旛沼流域でもこうした放置竹林の増加が問題視されています。

竹林整備では、過密な竹を間伐あるいは皆伐し、落葉広葉樹を主体とした樹林へと置き換えていきます。近年、切り出してきた竹をバイオ炭にする取り組みが開始されています。バイオ炭とは「燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物」と定義されます。植物が成長の過程で吸収した炭素を、難分解な炭にすることで大気から隔離し、カーボンニュートラルに貢献する手法として注目されています。

バイオ炭は専用の炭化炉を用いて作成されることもありますが、NbS研究プロジェクトでは、50 cm 程度掘り下げた場所で竹を焼くという簡易な方法で作成しています。穴の中で勢いよく焼くことで酸素の供給が制限されます。この方法でも竹のバイオマスの約20%は炭化させることができます。大きなたき火の作業になるので、多くの人が参加するイベントとして実施できます。今年3月に開かれたイベントでは、親子連れを含む66名が参加し、半日で約1,180 kgのバイオ炭が作成されました。これはCO2に換算すると約2,124 kg分を大気から隔離したことになります。

こうして得られた竹のバイオ炭は、有機農業の資材として畑や水田にまいて活用されます。微細な多孔質構造を持つ炭を施用することで、土壌の通気性や微生物環境が改善され、作物の成長が良くなることが確認されています。

バイオ炭作成のイベントでは、インターネットでの呼びかけに応じた地域や都市域の方々に加え、バイオ炭を活用している農家も参加し、一緒に火を囲んで作業することで、新たな交流の機会が生まれています。この取り組みもまた、竹林整備(自然資源保全)、カーボンニュートラル、地域内外の人の交流(社会関係資本強化)といった多様な機能を持つものといえます。従来は厄介者だった竹林が、地域の自然資本として再評価され、気候変動対策にも寄与している点は注目に値します。

自然を味方につけたNbSの実践

以上見てきた谷津湿地の再生や竹林バイオ炭の取り組みは、自然生態系を賢く利用して気候変動の「適応」や「緩和」を実現しようとするNbSに該当します。これらの取り組みの現場は、産官学民の連携によって動いています。印旛沼流域の13自治体が参加する公益財団法人・印旛沼環境基金と国立環境研究所は2024年6月に連携協定を結び、地域の温暖化対策・適応策・生物多様性保全策に研究成果を活用する仕組みづくりを進めています。

また、民間企業や市民団体も積極的に参画しています。例えば清水建設株式会社やMS&ADインシュアランスグループといった企業が、地域での活動をオープンラボ(多様な主体が参入しやすい技術開発の場)や社員教育の場として活用し、CSV(Creating Shared Value;地域と企業の共有価値の創造)の活動に位置付けています。これらの企業は、自治体(富里市・印西市・白井市)や地元NPO・NGO(NPO法人富里のホタル、NPO法人谷田・武西の原っぱと森の会、おしどりの里を育む会など)などとの緊密な情報交換や現場での合同作業を通して、地域のニーズに対応した連携を進めています。また2024年度には、清水建設が地域と共に活動している「八ツ堀のしみず谷津」が自然共生サイトに認定されました。今後、これらの活動への参画が企業にもたらすメリットがより明確になることで、同様な取り組みが広がることが期待されます。

印旛沼流域の事例は、自然を味方につけることで気候変動に立ち向かう道筋を示しています。谷津の湿地が豪雨から命と暮らしを守り、竹林から生まれた炭が土壌に炭素を蓄える―このように地域の自然を再生することが、そのまま気候変動への適応策となり緩和策ともなるのです。人と自然の共生を図りながらレジリエントでカーボンニュートラルな地域づくりを進める印旛沼流域の挑戦は、日本各地で広がりつつあるNbS実践にとって貴重な先例となるのではないでしょうか。

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