そんなに急いで どこへ行く??”夢の超特急”リニア沿線からの報告?第10回 「大深度地下」差し止めも棄却(東京都)
2025年05月21日グローバルネット2025年5月号
ジャーナリスト
井澤 宏明(いざわ ひろあき)
「安全神話」は崩れたが…
JR東海が住宅地の大深度地下で進めるリニア中央新幹線の「第一首都圏トンネル」建設により生活環境が破壊されるなどとして東京都大田区と世田谷区の沿線住民24人が両区にまたがる約4㎞区間の工事差し止めを求めた訴訟の判決が3月27日、東京地裁で下された。髙木勝己裁判長は「工事により原告らに何らかの被害が発生する具体的な危険性があると認めることができない」として住民の請求を棄却した。
沿線住民によるリニア建設工事の差し止め裁判は、山梨県南アルプス市、静岡県でも起こされているが、一審の判断が示されたのは南アルプス市(甲府地裁が請求棄却、東京高裁で係争中)に次いで2例目だ。
JR東海は、リニア品川―名古屋間286 kmのうち東京都、神奈川県、愛知県の計50.3 kmで、直径約14mのシールドマシンによる大深度地下トンネルを掘る計画だ。「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」(大深度法)などによると、大深度地下とは地下室の建設や建築物の基礎の設置が通常行われない主に地下40m以深を指す。「通常は補償すべき損失が発生しないと考えられる」(国土交通省)ため、地権者の同意を得たり、補償したりする必要がないとされている。
JR東海は2018年3月、大深度法に基づき認可申請を行い、10月認可された。これに対して原告を含む730人が認可を不服として審査請求を申し立てたが、国土交通大臣は20年5月の弁明書で、住民らが工事に伴い発生すると心配する地盤沈下や騒音、振動などを「単なる抽象的な危惧感をいうにすぎない」と否定した。
ところが、東京都調布市の住宅地で20年10月、リニアと同じように大深度法の認可を受けた高速道路「東京外郭環状道路」(外環道)のトンネル工事により陥没事故が起き、大深度地下の「安全神話」は崩れた。東日本高速道路(NEXCO東日本)はトンネル真上の約30軒を買い取りや仮移転の対象とし、住宅を解体して地盤補修工事を進めている。が、当初予定していた2年がたっても終了の見通しは立たず、閑静な住宅地は更地が目立ち、工事現場のようになってしまった。
外環道事故を受けて21年6月に開いた住民説明会でJR東海は、事故原因について有識者委員会の報告通り「特殊な地盤条件となる区間」における「施工に課題があった」と説明。一方、「リニアには『特殊な地盤』に当てはまる場所はないと考えている」と違いを強調し、「『施工管理』をより強化する」と対策を示した。
「『外環さん』と違う」
さらに、これまで行ってこなかった工事前の家屋調査をトンネルの真上や両側約40mの範囲で行う方針も示した。住民からは追加のボーリング調査を求める声が上がったが、中央新幹線建設部の吉岡直行担当部長(当時)は「『外環さん』と違ってきちんと地質が把握できている」として、追加調査を拒否した。
そのようなJR東海の姿勢に不信感を募らせ、外環道の二の舞にならないようにとリニア沿線住民が21年7月19日に起こしたのが、今回の差し止め訴訟だ。原告の半数は大深度地下トンネル予定地の真上に、残り半数は直近か遠くても3キロ以内に居住している。
裁判で原告住民は、軟弱地盤に計画されているリニアのトンネル建設工事は、原告や同居する家族などに振動、低周波音、騒音、電磁波などの被害を及ぼし、自宅の陥没などによる生命、健康への被害、危険を与え、所有する土地や建物の財産価値を低下させると訴え、人格権(身体的人格権及び平穏生活権)と憲法が保障する財産権に基づき、工事の差し止めを求めた。
これに対してJR東海は、工事対象の地盤には固く締まった極めて強固な「上総層群北多摩層」が厚く存在することがわかっており、外環道工事で陥没や空洞を発生させた「特殊な地盤」条件に該当する地質は存在せず、施工管理をより強化し徹底するから、地中空洞の形成、地表面陥没、地盤の不当沈下の発生による被害の具体的危険性はないと反論。土地価格の低下は単なる金銭上の損害で、差し止め請求権を基礎付ける理由として認められないとして棄却を求めた。
裁判官忌避申し立て中に判決
裁判は異例の展開をたどった。昨年10月8日の第11回口頭弁論で、原告側代理人の梶山正三弁護士がトンネル工学者の証人尋問を申請したところ、「今後の進行について裁判所の方で合議する」と裁判官3人は退席。戻ってきた髙木裁判長は「人証申請は必要ないと判断して却下します。弁論は終結して判決することにします。判決言い渡し期日は令和7年1月28日午後2時」と一気にまくし立てたが、その合間に梶山弁護士は「(裁判官)忌避を申し立てます」と発言していた。
「忌避の申し立て」とは裁判官が担当する事件について不公平な裁判をする恐れがあるときは、裁判官がその裁判に関与するのを排除してほしいと当事者が申し立てることをいう。民事訴訟法26条には「忌避の申立て(ママ)があったときは、(中略)決定が確定するまで訴訟手続を停止しなければならない」とある。
原告団によると昨年10月10日、「忌避の申し立て」により髙木裁判長が宣言した判決期日は無効になったと東京地裁民事12部から梶山弁護士に電話で連絡があったという。その後、東京地裁と高裁で忌避申し立てが却下、棄却され、最高裁の判断を待っていたが今年2月28日、原告側代理人の樋渡俊一弁護士のもとに判決期日を3月27日にすると民事12部から電話が入った。
原告団は3月10日、民事12部に対し最高裁決定前の判決期日指定は無効だと明らかにするよう申し入れ書を提出。17日には東京で緊急会見を開いた。
樋渡弁護士は「裁判手続きでは、当事者がまだ言いたいことがあったのに言わないで終わってしまうということがないように、主張が尽くされたかどうか弁論を終結する手続きが重要。終結がなされていないのに判決を出してしまうのは、異様なこと」と批判した。
原告側が髙木裁判長らに「忌避」を申し立てたのは今回が初めてではない。23年10月3日、「原告の求釈明に被告が答えるか否かについて、裁判所として何も言わない」という態度や、法廷でパワーポイントを使うことを認めない対応などについて「訴訟指揮権」の濫用で「裁判の公正を妨げるべき事情」があることは明らかだと訴え、最高裁まで争ったが退けられた。
原告団代表の松本清さん(79)は会見で「提訴から4年、我々一般市民がJR東海という大企業と司法に対して、リニア工事は危険だとアピールしてきたが、裁判長が高圧的態度でいじめに遭っているような印象だ。公平さを欠くやり方をされ、こんなことでいいのか世間に知ってもらいたい」と訴えた。同席した原告男性(73)は「私も松本代表も自宅地下をトンネルが通ることになっているが、安全性が保障されていない。中止を求めているが、この裁判でせめて安全性を引き出す成果をと思っていた。が、全く出てこない。このままでは納得いかない」と苦しい胸の内を明かした。原告は3月26日、3度目の忌避申し立てを行った。
迎えた3月27日、髙木裁判長は「原告側から忌避の申し立てがありましたが、『簡易却下』することとして判決を言い渡します」と述べ、原告の請求を棄却した。「忌避された裁判長の判決は認められないよ」。傍聴席からヤジが飛んだが3人の裁判官は退廷した。原告のうち17人は判決を不服として東京高裁に控訴した。
昨年10月22日には、東京都町田市小野路町の住宅の庭に水が湧き、気泡が噴出した。現場では「第一首都圏トンネル」の大深度地下トンネル掘削工事が進んでいた。「リニア中央新幹線を考える町田の会」の調査で、気泡の酸素濃度は1%。厚生労働省の資料で酸素欠乏症により「6分以内に死亡」とされる6%を下回っていた。JR東海は12月、工事が原因と認めた。

「家の下 勝手にトンネル掘らないで」。第1回口頭弁論前の集会
でアピールする原告ら(2021年10月26日、東京地裁前で)