日本の沿岸を歩く海幸と人と環境と第98回 魚市場はゲゲゲの最新衛生管理ー山陰道・鳥取県境港

2025年05月21日グローバルネット2025年5月号

ジャーナリスト
吉田 光宏(よしだ みつひろ)

境漁港は鳥取県の弓ヶ浜半島の先端にある。国内主要の特定第三種漁港(13ヵ所)の一つで水揚げ量12万tは全国3位(2024年)。松葉がに(成熟したズワイガニの雄)はもちろん、水揚げ量日本一のベニズワイガニ、同2位の生クロマグロのようなお宝水産物、さらにイワシ、サバなど日本海の豊富な海の幸がそろう。境港市といえば『ゲゲゲの鬼太郎』の作者、漫画家水木しげるが育った場所。アニメ主題歌に出てくるお化けは勉強も仕事もせず、のんびり暮らすが、漁港は正反対の多忙さだ。鳥取県営の境港水産物地方卸売市場。最新の衛生設備を誇っている。

境港水産物地方卸売市場の競り

8割超の巻き網漁の魚

市場に到着したのは昨年11月下旬の深夜1時半。岸壁ではまぶしい照明の中で3隻の漁船が魚介を水揚げしていた。屋上の駐車場で仮眠をとった後、4時半から鳥取県境港水産事務所の田中靖さんに市場を案内してもらった。

上屋うわやと呼ぶ市場施設は全部で9ヵ所あり、総面積は3万7,112 m2。北側に中海と日本海(美保湾)をつなぐ境水道があり、漁船が市場に着岸する。漁船の種類によって接岸場所が決まっている。

水揚げ量の8割以上は巻き網漁によるもので、イワシ、サバが多くを占める。卸売人は3社(境港魚市場㈱、鳥取県漁業協同組合、漁業協同組合JFしまね)で、競りは3社が公平になるように各社30分ずつで交代する。参加するのは、仲卸業者や小売業者、市場周辺の加工業者などを含めて69業者だ。

最初に案内されたのは沖合底引き網漁船用2号上屋で、この日は6隻が入った。市場の内部は長さ154m、幅30mの広いスペース。1号上屋、陸送上屋とY字型につながっている。午前5時半の競り開始を前に魚が運び込まれ、人々があわただしく動いていた。松葉がには、鳥取県船籍の沖合底びき網漁船が漁獲したもののほか、島根県船籍のかにかご漁船が島根県隠岐周辺の隠岐たい(水深200~400m)で捕った「隠岐松葉ガニ」も含まれる。隠岐では伝統漁法でズワイガニのかにかご漁は珍しい。

水槽に入れられた大きな松葉がには、甲羅に黒っぽい小さい粒(カニビルの卵)が付いている。無害であり、多いほど身入りがいいことを示している。

他にもカレイ類、マダラ、白バイ貝、キジハタ、カマス、シロギス、スズキ、ホウボウ、サワラなど色とりどり。サワラは長方形の容器からはみ出すほど立派なサイズが並ぶ。田中さんから「ヒラメは放流されたものは腹側の一部に黒い模様があることが多く、真っ白な天然ものと区別がつきますよ」と教えてもらった。多彩で大量の魚介を見ると、市場でも毎年1回、魚族供養法要を営んでいるのがうなずける。

容器は発泡スチロール

突然、大音量で場内放送が始まった。何を言っているのか聞き取れないが、競りの場所が変わるという案内のようで、競りの参加者が急ぎ足で移動する。

ベニズワイガニの水揚げが専用のかにかご上屋(2023年完成)で始まった。冬の厳しい海で1週間ほど漁を続けた漁船からカニを詰めたコンテナが次々に下ろされ、市場の中に並べられる。氷漬けされたベニズワイガニはゆでなくても赤い色なので迫力がある。

水揚げされたベニズワイガニ

この市場の特徴は食の安全安心を最優先する高度な衛生管理が行き届いていることだ。国の高度衛生管理基本計画に基づいて2015年から整備が始まり、来年で全体の工事が完了する。床の色は緑色で清潔感がある。活ガニを保管するための冷海水装置は、海水と同じ塩分の冷水を簡単に作ることができる。魚市場のイメージであった木製箱は発泡スチロールの容器に、運搬用の台車は鉄製からステンレス製に代わった。ふたのない容器は床に直置きしない。もちろん入場者の着帽、入場時の手洗い、手と長靴の消毒なども徹底している。

1、2号上屋の2階には「おさかなパーク」があり、回廊型の見学通路から1階の荷さばきや競りを見ることができる。実物大の巨大クロマグロの模型が置かれた「まぐろデッキ」からは、6~7月に日本海で水揚げされる生のマグロの入札を見学できる。日本海や美保湾の魚の飼育展示のほか、漁港や市場の設備、周辺の観光施設の情報までたっぷり紹介している。

水揚げや競りなどを間近に見てもらう境魚港見学ツアー(1日2回、所要時間50分)は、消費者に海の環境や漁業への理解を深めてもらうのに一役買っている。

市場に隣接する境港水産物直売センターは競り落とされた魚介が売られ、中央のフリースペースでは、買ったベニズワイガニや店で刺身にさばいてもらった魚を食べることができる。

はく製が動き出しそう

市場の周辺を探訪した。西側には米子と結ぶJR境港線(17.9 km)の境港駅がある。そこから市場の方向へ延びるのが「水木しげるロード」。「水木しげる記念館」、さらに近くに「海とくらしの史料館」がある。巨大なマンボウ、ホホジロザメなどが生きているような姿を見せる。700種類4,000体の魚のはく製展示はため息がもれる。北海道で大発生しているオオズワイガニの口の形がズワイガニと違っていることを説明する展示もあった。

さらに境水道大橋を渡って島根半島へ。水面から高さ40mの橋の島根県側から境水道や市場の建物を俯瞰した。

境港は、江戸時代の天保年間、鳥取藩が領内のたたら製鉄で造られた鉄の積出港として整備したことから発展を始める。境鉄山融通会所などの金融機関を設置し、千石船が往来して繁栄した。その後、貿易や国際航路の機能が加わる。現在、西日本の日本海沿岸地域の物流と人流の拠点となった姿が眼前に広がる。

島根半島の東端には美保関神社。全国のえびす神社の総本山で海の神様だ。灯台のある展望台から見る境港市や日本海は、戦国時代、尼子氏と毛利氏が覇権を争った弓浜ゆみのはま合戦の舞台でもある。

再び境水道大橋を渡って引き返し、南の米子市方面に向かうと、観光拠点「夢みなとタワー」のそばを通って、弓ヶ浜を縦走する。この大型の砂州は「日本の白砂青松100選」「日本の渚100選」である。弓ヶ浜と美保湾の向こうにそびえる伯耆ほうき富士・大山。三保松原と富士山の景色といい勝負をしていると思う。

米子市から島根県安来やすぎ市に入ると、中国地方の「たたら製鉄」を紹介する和鋼わこう博物館、ユーモラスなドジョウすくいを見せる安来節演芸館を訪れた。

安来市は中海に面し、安来港から鉄を全国に出荷していた。船乗りが歌う民謡や船歌の影響を受け、さらに発展して安来節が誕生したという。安来港からの船は境水道を抜けて日本海へ出るので、境港市との関係をもっと知りたいと思った。

境港市一帯を探訪すると、歴史や観光など、さまざまな見どころがひしめいていることを知る。その中で境漁港は現在、最も活気がある場所だろう。漁獲水揚げ量日本一(1992年)の記録を持つ「水産大国」の漁港は、時代の要請に応えて進化を続けている。

境水道大橋から見る境港水産物地方卸売市場

タグ:,